谷町四丁目



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(舎密局跡
舎密局址 ハラタマ胸像

 舎密とは、オランダ語の「化学」の音に漢字を当てたもの。幕末、江戸に洋書調所(理化学校)を開設する計画が、維新の混乱により実現せず、その計画は大阪で実現に移された。明治二年(1869)五月、オランダ人ハラタマを招いてこの地で開講された。その後、学制の改革に伴って名称も変遷があったが、明治二十二年(1889)京都に移り、京都大学の前身になった。

 ハラタマがここで教鞭と取ったのは、約五年に及んだ。平成十二年(2000)、日蘭交流四百年を記念して、この地にハラタマの胸像が建てられた。また歩道を遮るように生えている樟の大木は、舎密局があった当時からここにあったものである。
舎密局址 樟