東 寺


(東寺

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東寺 五重塔
 東寺五重塔といえば、東寺のというより、京都の象徴的な建造物である。鳥羽伏見の戦争が勃発すると、新政府薩軍は東寺に本営を置き、総大将西郷隆盛は五重塔から望遠鏡で戦況を見ていたという。
(都城六勇士の墓

都城六勇士の墓

左には上原勇作篆額の顕彰碑がある
 東寺の西、JR東海道線に沿って西大路駅の方に歩いていくと狐塚と呼ばれる墓地がある。この日、橋本、岩清水八幡、淀、伏見周辺を歩き回った私は、痛む足を引きずりながら狐塚を探し求めて歩いた。本当に足が棒になったようであった。
 慶應三年(1867)12月21日夜、伏見を巡邏中の都城の兵6名が新選組の一隊と遭遇し銃撃戦を誘発してしまった。責任を問われた6名は、切腹を願い出たが許されないまま、26日に自決した。