上本町


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(大福寺
大福寺

 上本町四丁目の大福寺門前には浪華仮病院跡の石碑が建っている。明治元年(1868)二月病院設立を命じられた大阪府は大福寺を利用して診察を開始した。院長は緒方惟準、蘭医ボードウィンを教師に招いて開設された。結局、この地で営業していたのはわずかに半年、現在の国立大阪病院附近に移転した。なお大福寺境内には儒医池内大学とその妻の墓があるらしいが、私が訪れた時、門は閉ざされており中に入ることはできなかった。

 大村益次郎が京都で襲われ、大阪に搬送されてボードウィンの執刀により足を切断する手術を受けたのも、この大福寺であった。
 その後、緒方維準は大阪にできた軍事病院の院長、明治十一年(1878)から明治十四年(1881)には大阪鎮台の病院長になっている。明治十七年(1884)からは東京に出て軍医監へと順調に出世したが、明治二十年(1887)に突然退役して大阪に戻った。上司である松本良順、同僚である石黒忠悳らと意見が合わなかったためと言われる。当時軍に蔓延していた脚気を撲滅するのに、兵食に麦飯を入れるかどうかという問題で確執があったらしい。