馬 町


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(佐藤政養招魂之碑

佐藤継信・忠信之塚

政養之碑
馬町の交差点から東に少し入ったところに佐藤継信・忠信之塚と政養之碑があることを示す石碑が建っている。佐藤継信・忠信の兄弟はともに源義経の忠臣である。佐藤政養は先祖である佐藤継信・忠信ゆかりのこの地を生前に購入していた。佐藤政養は明治十年(1877)八月に五十七歳で病没したが、残された妻がこの地に勝海舟篆額の招魂碑を建立した。佐藤政養は、出羽庄内遊佐町升川の出身で、勝海舟の門人となり、海舟の開いた神戸海軍塾の塾頭も務めた。維新後は鉄道係に任命され、初代鉄道助に就任。鉄道開通に尽力した。

佐藤政養招魂之碑

表面は摩滅して文字は読み取れない
(関西テーラー
たばこ製造工場発祥乃地碑
馬町の交差点を西に進むと赤レンガ造りの関西テーラーの建物の前にたばこ製造工場発祥乃地碑が建てられている。当地に村井兄弟商会のたばこ製造工場が建設されたのは明治三十三年(1900)のことであった。当時最新の製造設備を備え、二千人の従業員が働き、一日千万本のたばこを生産していた。村井吉兵衛は煙草の製造販売により巨万の富を築き、印刷、石鹸、製糸にも事業を広げた。のちに煙草は政府の専売となったため、村井は工場を政府に売却し、その資金で銀行を開設した。大正十五年(1926)、六十三歳で病死するまで、実業界で活躍した。