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●状況説明24題名:別れ道
投稿日 :
2002年6月18日<火>02時11分
「水神神宮」を去ること半日。青海都市部を避けて、一行は成瀬川河口付近の
大橋を渡り、青海領北部へと入った。
道すがら都方面から来たらしい、手荷物だけを持った、いかにも旅者では無さそうな
小さな集団や家族連れを、何組も追い抜いていった。
話しによれば、青海の領主朝比奈
明継が急逝したとのこと。
世情に詳しい目端の利く者達は、次々と都市外部へ、あるいは青海領外へ避難していっている
らしい。
・・・青海の地は、今や戦乱の雲に覆われつつあった。
青海のこの混乱で、追っ手の心配は軽減されたと判断した一行は、街道を一気に北上。
やがて人の姿もまばらになり、夕闇せまる頃、彼らの目の前に
今まで歩んでいた主街道と交差する道が見えて来た。
蛍子はその道を指差して、それを右に曲がると静(静は蛍子の乳兄弟で、
今回のこの騒ぎに半分巻き込まれる形で、途中から一行と行動を共にしていた)
の親戚の家があるのだと言い、よろしければ今晩は皆さん泊まっていきませんかと誘った。
「もちろん!そうすればお姉ちゃんも送っていけるしねっムグ」・・と後ろから
口を押さえられた風理は、なんだよっ、と言うように藤麿をにらんだが、
藤麿の(この面子で行ってみろ。静サンの親戚に迷惑がかかるだろうがっ)という囁きに、
むっとして、和彦さんはどう思う?と聞こうとしたが、彼と、そしてテンブも今はいないのだと
改めて気づき、急に黙ってしまった。
その間に霧子はそつなく、私たち全員がお邪魔するとご迷惑かかりますから、
と蛍子と静に丁寧に断っている。
濁炎と寂然は半日前の戦闘の負傷が相当こたえているようで、木によりかかりながら
成り行きを見ていた。
「・・・では、ここでお別れなんですね・・?」
蛍子は寂しそうにうつむいたが、あっ。と小さな声をあげると
懐から小さな白い円盤を取り出した。彼女はその中身については全く知らなかったが、
今回の全ての元凶なのだ、ということくらいは解かっていた。
「あの、藤麿さま、これはどうすればよろしいでしょうか・・・」
藤麿は円盤を黙って受け取ると、道の上へ置き、円盤の中央を銀の扇子で一突きした。
その中心から外周に向けて走るひびは、あるいは曲がり、あるいは真っ直ぐに。
それはまるで、ここから分かれて歩き出す者達の道を表しているよう・・・・
蛍子はそれを見て、心の底からほっとしたような顔をし、藤麿に礼を述べた。
藤麿も、実は自分の頭の中には今の情報をきちんと記憶しているのだ、というような
無粋なことを言う男ではない。黙ってただうなづいた。
割れた円盤のカケラはしばらくの間、その日最後の残照を映し雲母のように輝いていたが、
やがてその輝きもうすれ、やがてそれらはゆっくりと、宵闇より舞来るホタル達の輝きに
まぎれて消えていった。
ホタル達はそこに集う者達へ何かを告げるかのように、一つ一つと
光を増やしていく。そう「別れの時」が訪れたのだ。
●テンブ<ガンスリンガー>題名:Let me be with you
投稿日 :
2002年6月19日<水>02時56分
・・・結局、出ていくタイミングを失って、うだうだしているうちに
一行を見失ったテンブ。一応街中を探してみるも、まったく見つからず。
仕方なく、合流をあきらめ街道を北上。夕闇せまる頃、やっと今まで歩ん
でいた主街道と交差する道が見えて来たわけで。
「さーて、どっちにいくかね・・・。」
そのとき、はるか後方から不意に呼び声。「・・・様。テンブ様ぁ!」
振り向くと高価そうな着物を着た、二十歳くらいの女性が息をきらせながら
走ってくる。
「穂香サン!?」
―鉄 穂香、桜家剣術指南役・鉄家側室の娘で、今回の一件の前に青海で
行き倒れていたテンブを助けている。そのまま雪崩式に恋に落ちるも、そこはそれ
許されぬ恋というやつである。そんなわけでテンブは拙い天羅語の置手紙(全ひらがな)
を残し、こっそり出てきたところ空から女の子が落ちてきたり、片足斬りおとされたり
と大変な事件に遭遇したと。まあそんなところだ。
「テンブ様。どうして私を置いていってしまわれたのですか?あの夜の契りはなんだ
ったのですか?こんなお慕い申し上げておりますのに・・・。」
女の涙は武器だ、などと言った国主もいたらしいが、少なくとも涙は剣よりも
強いと思う・・・。
「あの・・穂香さん・・・」と何か言いかけるのを遮って・・・
「私も連れて行ってくださいませ。私と・・・この子と。」
そういって少しうつむき、着物の帯の辺りに手をやる穂香。
「子ぉ??」っと声を上げそうになるのをやっと抑え、全神経を集中して頭の中
を整理する。
「いいのか?」
もう一度、小さくうなずく穂香。
「そうだな、一緒に暮らそう・・・・三人で。」
少しだけ抱きしめる手に力を強めたその時、妙に視線を感じることに気づく。
チラッとそちらに視線を向けると・・・あんなに探していた一行が目の前にいる。
しかも無言で。
「エ・・・っと、いつからそこに?」
どうやら「この子と。」あたりからのようだ・・・よりによって。
「あ・・ああ、そう。紹介するよ、えっと・・・。」
「妻の穂香です。いつも主人がお世話になっております。」
・・・数分と経たぬうちに、藤麿、霧子あたりを中心に、すっかり打ち解けたようで
その様を傍で見ていると、風理が テンブさん、これ・・・。っと近づいてきた。
それはあの時に渡したテンガロンハットだった。テンブはそれをじっと見て、それから
もう一度風理にかぶせてやる。
「似合うじゃねぇの。これはお前が持っときな。いらなくなった頃、また取りに来る
からサ。」
それは絆、それは願い、友と呼べる人に出会い、そして再び出会えるように。
「よし!それじゃあいくわ、またナ。・・・それと、サンキュ。」
仲間達に向けて大きく手を振るその笑顔に、もう曇りは無かった。
●寂然<外法師>題名:因果巡れど縁尽きず
投稿日 :
2002年6月28日<金>19時45分
心地よい風が吹いていく。
傷による発熱、酷使された肉体が優しい風に吹かれて弛緩し、微睡みそうになる。
煙管をくわえたまま、懐から木片と小刀を取り出し、削り、刻みだす。今朝からは暇を見つけては行っていることだ。
「鬱陶しい雨も、何もかも洗い流してくれると思えば悪くはない…」
煙を吐き、ふと空を見上げて呟く。
「そして、どんなに酷い雨の後にも、必ず虹はかかるもの。
それを見つけられるかどうかは、人の子よ、お前次第だ」
あのとき、言わなかった言葉の続き。
かつて法師が外法師になったときに、古き種の老いた長が語った言葉。
にぎやかな声が聞こえる。
黄金色の髪の男が、妙齢の女性に抱きつかれて皆の笑顔の中にいる。
「虹は、見つけられますかな?」
傍らで痛みに顔をしかめる偽法師に、
気配だけが感じられる誇り高き傭兵に、
聞くとはなしに聞いてみて、返事を待たずに小刀を懐に仕舞う。
「まあ、いずれにしましても」
木から離れ、首を鳴らして伸びを一つ。
異装の男の曇りなき別れの言葉が聞こえてくる。
もはや自分が見届けるべきものはここにはないようだ。
「皆様に。御仏の導きがあらんことを」
人が悪い笑みを浮かべて合掌。
ひときわ強い風が吹き、
風が止んだときには外法師は姿を消していた。
後に残されたのは、一枚の木片。
気高く決意する姫と、皮肉気に暖かく微笑む死神が、浮き彫りに描かれた一枚の木片。
●和彦<銃槍使い>題名:星蛍の夜
投稿日 :
2002年8月12日<月>18時22分
「…ぼくも欲しいな。赤ちゃん。」
テンガロンハットの端を握り締めた風理が呟く。
黄金色に輝く髪はとうに見えなくなっている。
しかし、彼の見せてくれた新しい生命の誕生という神秘的な出来事は、
生まれてこのかた、自分より小さな子を、ましてや乳児を見ることなど無かったオニの子の中で、
鮮やかに煌いているようだった。
「だそうだが。弟や妹の予定は無いのか?」
その言を聞いて、藤色の衣の青年が、斜め後方――和彦の居る方向――を振り向いた。
面白がるような口調で、「オチチウエ?」と続ける。
隠れていたわけではない。
旅に必要な物を買出しに行ってた都合上別行動を取っていたが、テンブの足取りはかなり正確に把握していたつもりだ。
迷ったわけでもない。
ないのだが……往来で堂々と交わされる色恋話に他人事ながら羞恥を覚え、出るに出られなかったとも言い難い。
下草を分け、街道脇の木々の間からバツが悪そうに姿を現した銃槍使いは、至極機嫌が悪かった。
「……俺はまだ十九だ。そんな大きな子が居てたまるか。」
驚きの声を上げて駆け寄ってきた、自分の存在に気づいていなかったらしい“そんな子”を、
立ち寄った民家で貰った桃をやって追い払ったところで、
「で、お前はまた独りで何処かに行ってしまうつもりなのか?」
と、傍らから若い陰陽師が問い掛けてきた。
好奇心に満ちた子どものような瞳で、こちらを見下ろしている。
和彦は、この手のタイプが苦手だった。
好奇心が旺盛で、他人の個人的な部分にまでもずかずかと入り込み、満足しないと一歩も引かない。
更に困るのは、本人に悪気があるわけではないところだ。
さっさと追い払うには、好奇心を充足させてやるしか、ない。
方法としては、質問には素直に答える…といったところか。
「……いや。行かなければいけない所は在るが、あれと共にでなければ意味が無い。
蛍子殿には悪いが、引きずってでも連れて行く。なにせ其処は…」
「ね、早く行こう!!和彦さん。……連れてってくれるんでしょう?……ぼくの村!!」
諦めの境地で重い口を開き、言葉を紡ぎ出したところで、
いきなり体ごと胸の中に飛び込みしがみついてきた少年に続きの台詞を取られ、絶句する。
神通力でヒトのココロでも読んだのだろう。
和彦は、会話を終らせるきっかけができたことに安堵しつつも、
この節操無しの能力の使い方ももう少しどうにかならないものかと、ため息をついた。
―――それは、4年前にこの世から消えた里。苦く辛い想い出の場所。
その意図的に無意識的に忘れ去っていた始発点は、此処よりあまり遠くない地に在る。
そろそろ、伝えなければいけない。
故郷に護られ続けたが故に故郷を知らない幼子に、異界の中の故郷を。
きっと、もう、大丈夫。
お前も、俺も―――――――――
最大の目的も果たし、年若い者達から解放されたは良いが、最後の用事がまだ済んでいなかった。
自分のするべき事でも無かったが、折角手に入れたのだから何かの役に立てばと思う。
せめて、心安らげる様に。
ふと辺りを窺うと、木に寄りかかった濁炎と目が合った。
丁度良いとばかりに、手にした物を無造作に濁炎の眼前に突き出す。
その手には、何処から見つけてきたんだか、小さな花が幾重にも咲き乱れた夏菊の束。
どうすんだコレと怪訝な顔で見上げる濁炎に、ちら、と法師が残した木片に視線を遣ることで答える。
そして押し付けるだけ押し付けると、後は興味がないとばかりにその場を離れた。
蛍が群れを成して、幼子らの周りを舞っている。
弱々しく儚いはずの光が、なぜこんなにも見る者の瞳を引き付けるのだろうか。
心地良い夕涼みの風に吹かれ、揺れる光の群れを見つめながら、
聞くとはなしに聞かれた問いの答えを、だれに答えるでもなしにそっと呟いた。
「近過ぎて見えぬ時も、虹は絶えず其処に在った」
●風理<オニ少年>題名:ゆびきりげんまん
投稿日 : 2002年8月13日<火>02時06分
「綺麗だね。天にも地にも、お星様が一杯あるみたいだ。」
日は落ちても辺りが真の闇につつまれるまでには、まだ少し間がある。
まだ遊んでいたい気持ちと、もう帰らなければいけないという気持ちと、両方が鬩ぎ合う。そんな時分。
風理は瑞々しい果実に齧り付きながら、空を見上げていた。
別れ難い想い。
しかし、それでもヒトは別れることを選ぶのだろう。明日の日に出会う為に。
果実の最後のひとかけらを飲み込み、汁の着いた掌を服の裾で拭う。
そして、意を決してクルッと振り向き、風理は蛍子の目の前に立った。
「どうしても行かなきゃいけないんだ。
それに、ぼくは全然役立たずだから、もっともっと強くならなきゃ……。」
しどろもどろに別れを告げる風理の言葉を、蛍子は、黙ってずっと聞いてくれた。
そして、最後に微笑を浮かべ「また会おうね」と優しく言ってくれた。
淋しさに、思わず瞳から溢れそうになった涙を、息を止めてグッと飲み込む。
「ひとつだけ…お願いがあるんだ。」
辺りを伺い、大人たちが気にしないフリをしているのを確かめてから、
それでも一層蛍子に近づき、囁いた。
ぼく、大きくなったら絶対強くなって、活躍して、偉い人からぼくだけの刀、貰うから。
そうしたら、その刀に…
―――蛍子お姉ちゃんの名前をつけてイイ?―――
その刀で、濁炎さんみたいに守って見せるから。と。
重大な告白でもするかのような表情がおかしくて、二人とも笑った。
笑いながら、でも蛍子は一度大きく頷いてくれた。
それは、ふたりだけの秘密。他愛も無い、些細な、でも、大事な秘密。
その力の為に色々なものを亡くし、複雑な想いを抱くだなんて考えたこともない、
ただ純粋に大人の持つ力に憧れる、子供の利己的な夢だけれど。
「そうだお姉ちゃん。左手、貸して。」
そうして差し出された華奢な手首に、風理は己が身に付けていた飾り紐の一つを結びつける。
『なあに?』と、先程の笑いが消え去らぬ笑い顔で、蛍子が尋ねると、
風理は飾り紐をくるっと回転させ、立てた人差し指で結び目をちょんと押さえた。
「また会えるおまじない!!」
実に、楽しそうだった。
和彦が、出発を告げる。
一拍遅れて、風理がそれについていく。
いつもの旅立ち。いつもの光景。
ただいつもと違うのは、風理の頭を覆うのがテンガロンハットだということと、
別れを惜しみ、再開を願い合う者達が居るということ。
何度も振り返り、腕がちぎれる程に手を振る。
そうして二つの影は、太陽の沈んだ方角へ去っていった。
●濁炎<世捨て人>題名:タイガノハテノミナサキトセム。
投稿日 : 2002年11月2日<土>02時23分
海を目指す旅だった。
どうやら道の終わりは此所らしい。
梢に紛れた暗がりで、俺はひっそり鼻を啜りあげて、そうゆう自分を自分で笑ってみる。
なにおれないてんの。
せっかくこんなイイ光景が、目の前にあるってのに。
名残りを惜しむ姫君と鬼っ子達を、蛍が照らす。
幾つかの交換と約束を見届けたあと、灰色な印象の坊さんはやたらと清々しい笑みを浮かべ、遠ざかって行った。
からかわれて照れ笑いする男女は、これから新米の父母になるのだと言う。
生まれたものや育まれたものがある。
朝日の昇らぬ夜はないし、寄せた波は返すのだし、冬の後には必ず春が。
ああ、でも。
いなくなっちまった。
「何をぼうっとしているのだ馬鹿者!」
馬鹿殿に蹴られた。
しかもわざわざ腹に空いた大穴の近くだ。覚えてやがれ。
「だって、穴が塞がってねぇンだもん。」
「僕の打った『夜叉鴉』を甘くみるなよ濁炎。僕の式はその程度の刺し傷切り傷刀傷ごとき立ち所に
癒してしまう筈なのだ!さあ立て!」
「じゃなくて、ホラ、こっちのさぁ‥」
ちょっと笑いながら、親指で胸を指し示す…が。
「‥お前などどうせ最初から穴ぼこだらけだ!なあ霧子!」
「自由の風がぴゅうぴゅう吹き抜けてますわ♪」
藤麿は間髪入れずそれを鼻で笑い、隣の霧子(なんだか四日見ぬ間にまた美人になったみたいだ)にまで
見事にきっぱり肯定される。
「そりゃ…ありがとよ…。」
懐から色眼鏡を探り当てて掛ける。それを見て、陰陽師が怪訝そうに、僅かに眉根を寄せた。
海を、目指していた。
今更どうしてそんな風に思ったか、どうして、今更、他人と関わりあまつさえ一度捨てた剣を取ったか。
でも、多分…ここまで来て、良かったんだろう。
そういや涙と海の味が似ているのはよくできたもので。
一度口にしたが最後、死ぬまで乾いて求め続ける。
心なんて一生不安だ。
体なんて吸い上げては零す、虚しい循環機関だ。
ならせめて、足下、俺が去ったその跡に、涙を吸って湿った大地に、
小さな花でも咲くといい。
もがきながら散った光だって、ちっとも惨めなんかじゃない。
傭兵に手渡された小菊は、木彫りの肖像の横に良く似合った。
「…泣いてるのか?」
「うん?」
覗き込まれた視線を、色眼鏡の奥から細めて返す。
「さあな…海の水じゃねぇの。」
そうだ、あとで藤麿にちゃんと解雇してもらわにゃ。
駄目だっつわれたらどうしようか…どうなっちゃうんだ俺。
解らねぇけど、解らないままで構わない。
微笑みながら、もう一度、人の輪へと目を向ける。
夜が深まるにつれ、蛍は一層つよく光る。しめやかで綺麗な光景。海の残り香。
どうやら道の始まりは此所らしい。
●霧子題名:星のメロディ
投稿日 :
2003年1月6日<月>01時20分
人の出会いはめぐりめぐる。
それは永遠に途切れる事の無い道。
その道に瞬くは幾億の命の星。
出会う星 出会えなかった星 すれ違う星 消え行く星。
今もこの瞬間大空へと解き放たれてゆく大きな星たち。
薄闇の中可愛らしい誓いを立てる小さな星たち。
彼らもまたその先先で、出会いを繰り返し繰り返し
めぐりめぐるのだろう。
霧子は傘を片手に、しゃん、と背筋を伸ばした。
誰に向けて、という訳ではなかったが、そうでもしないと押しつぶされそうだったからだ。
ー私は、星になれない。星を生み出す事も無い。
そっと胸元に触れる。そこにはコロリとした小さな感触があった。
懐に忍ばせたのは自分の分身であった彼女のカケラ。
『妹の形見、みたいなモノだな』
藤麿の声が聞こえた気がした。濁炎の声だったかもしれない。
誰かが発した言葉なのかどうかも霧子は分からなかった。ただ、そう思いたかっただけなのかもしれない。
誰かに、そう言ってもらいたかったのかもしれない。
その二人はなにやら解雇がどうのと話している。
霧子が空を仰ぎ見ると、うっすらと星星が瞬き始める所だった。
二人の声が途切れた。
「…星、すげぇなぁ」
「あぁ」
見ると、胸ぐらを掴み合ったまま空を見ている。(結局話がこじれたようだ)
霧子はくすりと笑う。
胸の穴がふさがらないサムライ。
傲慢な隻腕の陰陽師。
切なくなるほどの輝きをたたえる彼らの傍でほのかに照らされてみよう。
そして、今離れ行く星達の行方を見届けよう。
生きてゆく意味。妹との約束。
霧子は背筋を伸ばしたまま
一人、また一人と遠くなる影を見送る。
飛び交う蛍の光が、地上に星空を創っていた。
●明鶴院 藤麿<陰陽師>題名:Star Gazer
投稿日 : 2003年1月26日<日>14時42分
誰もが、蛍を見ていた。その光を、誰かが星のようだと言った。
蛍の光と、星の光を結び付けられる心は、自由だ。
世の理の全てを知りたがり、己が手中にせんとする陰陽師たちが、
真に欲するモノ。それは自由だ。
「星」という言霊が、その藤色の脳に一つの名を呼び起こす。春星・・・。
かつての兄弟子。そして敵。オニの心の臓を贄に、地上に星を呼んで見せた男。
自分さえいなければ、彼はもっと自由だったかも知れない。
自分が、その可能性を奪ったのだ。
肘から下を失い軽くなったはずの右肩に、その命の重みが圧し掛かる。
肩だけではない。懐にしまった、一枚の鏡。腰には、黒塗りの太刀。
人を殺した。それを忘れない為の形見たちは、いつまでも彼の心を苛むだろう。
だが・・・その思いは脳の襞にたくし込む。忘れない。だが、縛られまいと。
「星」という言霊が、別の言霊を導く。宿星・・・。
天地の紗は互いに対応し、星の運行は人の運命と軌を一にするという。
ゆえに、陰陽師は人の命運さえも星の動きから読み取る事ができる。
「…星、すげぇなぁ」
濁炎の感嘆の言葉に、軽く同意して彼は天空へと視線を移す。
澄んだ目で、旅の道連れ達の星を探す。
ある者の星は、不可思議に瞬きながら、また多くの星を引き連れていくようだ。
ある者の星は、ついに共に行く星に出会い、長くゆっくりと行くだろう。
ある者の星は、今は小さいけれど、いずれさらに輝きを増すだろう・・・。
星達は、また出会い、別れていく。それは天の星達の宿命。地の人々の因縁。
最後に、天才は一つの星を見つけて眉を曇らせた。
亡国の姫の星・・・それは紅く輝く火星だった。
占星師が、「螢惑星」と名づけ、戦を呼ぶ禍つ星と恐れる火行の星。
螢惑星は、やがて風を纏った星と呼応し、ぶつかり合い・・・・・・・。
その先は、大言を吐いても所詮齢18に過ぎぬ男には、読めなかった。
だから、陰陽師は祈る。例え未来が「未知」だとしても・・・。
そこに、光明よ、隠されてあれ、と。
不遜なる者の祈りは、天神地祇に届くだろうか・・・。
去る者が去り、残されたのは自分と、旧知の男と、姫と・・・そして。
寄り添う者の小さな背にそっと、健在な左の手を当てる。
顔には、お決まりの不敵で邪悪な笑みを刻み。
「さて霧子、これからどうする?
深山幽谷に分け入って、仙人にでも会いに行こうか?
それとも、蒼海へ出て、竜宮でも拝みに行くか?」
小さな、真っ直ぐな女が見上げ、首を傾げてしばし考えた後、同じ顔で微笑む。
「両方ですわ」
答えを聞いて、苦笑。自分は、この女には一生敵わぬ・・・それも悪くない。
姫に短く暇乞いをし、最後に「陰陽を学べ」と助言する。
世の理を知れば、天羅に真に悲しむべき事などない事が、この世は素晴らしいも
のだと言う事が、きっと分かるはず。そう信じて。
長身隻腕、異装の陰陽師は、傘を携えた女と、墨染めの男を従えて旅立った。
(どの道、似合わぬ色眼鏡と墨染めの男は暇なのだ。僕が用を言いつけない限り)
その胸には荒れ果てた地への憂い、その脳には、世を革める処方を詰め込んで。
世界を変えるなど容易い事だ・・・一歩後ろを着いて来る、この二人がいれば。
陰と陽。二つながらに抱いたまま、若き天才は歩き出す。
その行く末が、例え修羅への道であろうとも・・・明鶴院藤麿はこの時、
確かに「満ち」足りていたのだ。
●瀬ノ尾蛍子題名:宵闇の蛍
投稿日 :
2003年3月3日<月>03時27分
―― 皆、行ってしまった。
黄金色の髪の<ガンスリンガー>は、彼の妻とそのおなかの子と共に。
全てを見届けた<外法師>は、ただ一枚の木片を残して。
ささいな、でも大切な約束を交わした<オニ少年>は、
彼の相棒の<銃槍使い>と太陽の沈んだ方向へ。
藤色の<陰陽師>は、彼の愛する女<傀儡>と、
色メガネをかけた<世捨て人>を連れて。
去り際の影が後手をひらひらと振りながら、宵闇の青い影の中に
溶けていったのを最後に、あたりにはシンとした静寂がおとずれた。
皆、行ってしまった。それぞれの行くべき道に。
私は・・・と視線を彷徨わせて蛍子は苦笑する。
自分はとうに選んでいたのに。あの時。
『生きるために地獄を創り出すか、それとも永久の安息を得るために死を選ぶか』
<“惨光”の雷哮>はその時そう訊ねた。
眼前の死が私を見つめ、問う。
“さぁ、お前の答えを選べ”と。
死にたくない。死ぬのは怖い。生きていたい。
“なぜだ。人は皆、死ぬ。”
なぜって、それは・・あぁ、それは、きっと。
「戦うために。この“世界”と。私はここにいるんだって、叫ぶために。」
『......上等だ』、という声とともに走った鋭い左の甲の痛み。
『ならば、そいつを見るたびに思い出せ。己の想いと、やがて訪れる死の刃音を』
雷哮さん、と口の端までのぼった言葉を、しかし蛍子は声には出せなかった。
すり抜けていった男の背が遠くなる・・・雷哮さん。
・・・願わくば彼が、そしてこの地上から去っていった全ての人たちが、
愛する人の元に還れますように。
すっかり日の暮れた道の少し先には、提灯を持ったまま辛抱強く待つ
乳兄弟の静の姿があった。
自分は一人じゃない、そう蛍子は思う。たった一人で戦う必要は無いんだと。
それに・・まだ痛みの残る傷跡のすぐ下、左手の手首にあるのは、約束のしるし。
<オニ少年>風理のくれた飾り紐だった。
ありがとう、風理君。私を『守って見せる』って言ってくれて。とても嬉しかったよ。
でもすこしズルいよ。だって、
だって、「私だってあなたのこと、守りたいのに。」
だから今、一歩あるき出す。
この一歩が明日の守りたい“あなた”へつながっていると信じて。
命はそうしてつながっていくと、今はわかるから。
●状況説明25 題名:かくて世界は
投稿日 :
2003年3月3日<月>03時29分
和神14年(帝紀2654年)。
天羅西方大陸の小国「桜」は隣国「瀬ノ尾」への突然の進行を開始。
六日に及ぶ攻防の末、ついに瀬ノ尾は陥落する。
同年、長年同盟の関係を結んでいた「九鬼」およびこの地の名代を擁する「青海」をも併合。
大陸の一小国にすぎなかった桜国は、わずか一年の間に西方大陸東端の一大国家となった。
和神15年(帝紀2655年)
中央大陸「鬼哭国」、間空仁道の起こした“間空の乱”に端を発した大戦乱は
天羅世界全体に大きな変化を与えた。
“二月の夜”に続く“鬼告の乱”とその混乱のさなか、世界の影の支配者たる
神宮家は二派に分裂する。
北には、かつて秘伝であった様々な技術、特に明鏡技術を開示した北朝神宮家。
南には、昔どおりに秘密主義を貫く南朝神宮家。
時代の大きなうねりの中、天羅は新たな戦乱の時代を迎えることとなる。
〜天羅万象掲示板Cross
Road第一話「宵闇の蛍」/了〜
参考:天羅万象・零ルールブック
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