「宵闇の蛍」トップへ 第三幕:「雨天乱刃・弐」→

第二幕:「雨天乱刃・壱」



●状況説明5
投稿日 : 2000年7月12日<水>04時45分

・・・と、不意にビクリと蛍子が顔を挙げた。
雨音の他に、何か別の物音を聞いたような気がしたのだ。
だが、この場・・そう、奇しくも濁炎が“鬼門”と言ってのけたこの“場”・・そこに集った人々は、 皆とうの昔にその存在に気付いていた。

最も一番先に気付いていたのは、<陰陽師>明鶴院 藤麿だったのだが・・・。
そう、その“苦悶の声とも地響きともつかぬ低い連続音”は次第に大きくなり・・・やがて、 目に映る形をとって、彼らの前にその姿をあらわした。

20人あまりの兵と、きらめく衣を着た男、そして 巨大な「ヨロイ」。
それがこの“音”の正体だった。

●平 春星<陰陽師>題名:その男、陰陽師につき
投稿日 : 2000年7月12日<水>04時50分

紫紺の地に、銀糸で春の星座の縫い取りした狩衣を着たその男は、
その口元を銀箔仕上げの扇で覆いながら、ゆったりとした足取りで近づいてくる。

「ふン?…逃げた“瀬ノ尾の姫君”を乗せた式神を追って 来て見れば・・・。明鶴院 藤麿、そなたまでおったとはなァ。
どんな気持ちかな?かつての同僚に追われる気分は?まあ、安心しろ。これから 追われることはもはや、無い。
軍事機密を持ち出した罪は万死に値する・・・。」

そして、つと蛍子のほうを向くと、 「瀬ノ尾の姫君よ。
≪式神≫が落ちる不運が無ければ、逃げおおせたかもしれませぬが、 やはりあなたは“ここで死ぬ運命”だったのですよ。
我が主、桜 真幻殿は瀬ノ尾の 血をひく者は一人たりとも生かしておくな、とおっしゃる。
・・・御心配召されるな。父上とも母上とも、すぐにお会いできる・・・そう、“地獄”でな。」

ここまで言ってしまうと、無防備にも後ろを向き、その他の者達に向けるようにこう言い放った。
「このような人里離れた場所になぜ集ったのかは知らぬが・・・ 早う去ね。死にたくなければ、だ。」

●図式1

現在登場中のキャラクターの位置関係。(15kb)

●風理<鬼少年>●和彦<銃槍使い> 題名:軒より出る、影二つ
投稿日 : 2000年7月13日<木>02時48分

今まで一人壁にもたれ、他のものに関心を持たずにいた青年も、 地に響く重々しい振動が流石に気になったのか、
傍らに立掛けられていた、古臭くはあるが手入れは行届いている銃槍を手に、 軒下から雨降り止まぬ街道へ向かった。
そして、輝く衣装を身に纏った男が一人勝手に朗々と並べている その口上を、遮るようにして口を開く。

「運命がどうとやらは知らんが・・・・・。  先に居たのはお前達ではなかろう。
なぜ俺達が退く必要がある。  それともこの『人里離れた場所』がお前達のモノだとでも言うつもりか・・?」
手にした銃槍を手馴れた手つきで装着し、威嚇の為に銃口をほんの少し 彼らが立っている方向へと向ける。
ガチャリと安全装置が外れる音があたりに響いた。
「道祖神をいたずらに騒がせるものでは無い。立ち去れ。・・・・通行の邪魔はせん。」
そういうと、つつと脇に寄り、彼らの為に道を空けてみせる。

一方少年は、軒から出ると空から降りてきた少女の方へ走りよっていた。
「おねーちゃん!大丈夫!!」
彼のその甲高い声に反応して、坊の法衣を握り締めていた少女が一瞬顔を上げると、 少年は思わず息をのんだ。
(すっごく…キレイ…。まるでお人形さんみたいだ…。)
そんな少女がしきりに『殺さないで』と繰り返すのが余りにも哀れで、 何も出来ないと判っていても、声をかけずには居られない。
「殺さないよ。誰もおねーちゃんのコト傷つけようなんて、しないよ…。
 さっきのお侍のおじちゃんだって、おねーちゃんのコト蹴らなかったでしょ? ね??」
少年はその場に座り込み、少女と同じ高さに目線を合わせると、太陽のように微笑みかけた。

●明鶴院 藤麿<陰陽師>題名:切り札ならざる切り札
投稿日 : 2000年7月14日<金>18時27分

 星座衣の趣味の悪い白塗り男に声を掛けられた藤麿は 露骨に嫌な顔をしている。
相手のこれまでの悪行、即ち 研究のためと称する無駄な「鬼殺し」を知る彼なら、当 全の反応と言える。
 だがその間も、藤色の脳細胞は休みなく活動し、次に 取るべき行動を弾き出す。そして・・・。

「疾ッ!!」

 裂帛の気合と同時に、五つの球体がその袖口から飛び 出し、彼の長身を守るようにくるくると飛行する。
「お前の十数年に渡る愚行の成果、試させてもらおう!  研究は、役に立ててこそのものだからな!!」
 藤麿の、心から愉快そうな声に乗り、五つのうち三つ が、唸りを上げて雑兵たちの群れへと飛来した・・・。

●霧子<傀儡>題名:笑えるほど尊くて
投稿日 : 2000年7月15日<土>21時

しまった。
本当ならこんな所で足止めを食うはずではなかった。
もっと早く藤麿様を此処から連れ出さなくてはならなかった。
霧子は先まで手にしていた赤い傘を蛍子の元に置き、大ぶりの着物の袖を一振りする。

その手には深海を思わせる藍の傘。
「これでは何のために私がお迎えに上がったのか……」
傘を開きながら、藤麿の背後に、距離をおいて立つ。
「藤麿様…大丈夫なのですか?『愚行の成果』なんていうものを  そんな容易に使用して…」

霧子はまるで、初夏の夕暮れに飛び交う蛍の光を見るように 口元に笑いを浮かべ、藤麿の放った球体を目だけで追っていた。
「楽しむのはよろしいですけれど…盗み出した目的、  くれぐれもお忘れなく…藤麿様。」
他人が聞いたところで、気がつくことも無いであろう程度に 語尾に色を含ませ、脇から大きく踏み込む。
「この場はお任せくださいませ…」
……藍の一閃が走る。

●瀬ノ尾 蛍子<―>題名:雨天の太陽
投稿日 : 2000年7月16日<日>03時19分

霧子の赤い傘の下、蛍子は震えていた。
その寒さと、一触即発の緊張感と、そしてそんな中でもなお失われない、 太陽のような風理の、そのやさしさのために。
泣き笑いのような顔で、彼女は風理の小さな手をとり、 そっと「ありがとう」と言った。

●平 春星<陰陽師>題名:歪んだ笑い
投稿日2000年7月16日<日>03時27分

明鶴院 藤麿の放った球体が、20名ほどの兵のうち 5人をあっという間に切り刻む中、
平 春星は微動だにせず、 その視線を銃槍を手にした男、和彦のほうへ向ける。

「いかにも、この人里離れた土地は“我らの”ものだ。つい先日までは “瀬ノ尾”の領地であったがな。
今は我が主“桜”殿のものだ。 立ち去るのは貴様のほうだよ。…ン?」
しかし、彼は自らを襲った霧子の傘の一閃をなんなく避けた。
<傀儡>めが、でしゃばるでないわ…)ちら、と霧子を見るが、 再びその視線は和彦に向けられた。

「第一、私が用があるのは“瀬ノ尾の姫君”であって、お前ではない。」
と、ここで薄い唇の片端をひきつらせるような笑みを見せる。
「しかし立ち去るならば、その鬼子は置いて行け。生きていても何の役にも立たないが、私に預ければ役に立つ“モノ”にしてやろう。」
くくく、と喉の奥で笑う。その笑い声はやがて、≪式≫を起動させるための “呪”へと変わっていく…

●濁炎<世捨て人> 題名:トクナガルルハコトワリナレド
投稿日 : 2000年7月18日<火>13時19分

「鬼子」‥鬼の子供、ね‥。
やっぱりなぁ‥
銃槍を持った若い男−の隣、小さい体を必要以上に伸ばして 精一杯の威嚇(?)をしている少年を見やる。
‥隠すなら、もうちょっと巧くやらにゃあ‥な。
頭の中でだけ呟いて、濁炎は、色着き眼鏡の縁を軽くずり上げた。

・・・・『鬼』
この天羅ではそれは、狭義であればとある少数民族を指して言うことば。
しかし広くは『異形のもの』を指す言葉だ。
『修羅』『羅刹』・・『夜叉』・・・
どれも似た意味をもって、同じ畏怖をもって呼ばれる名。
『鬼め…鬼の子めッ!』
残響。
ひとのこころの闇。

(逃げたいな‥逃げちまおうかな‥?)
目の前で陰陽師が二人、睨み合っている。足元には血塗れの少女。
どうにも空気が重苦しく、勝手に動悸が早くなる。
ここは嫌だ。
嫌な事を思い出しそうだ。
息苦しくて、濁炎は墨染めの衿元を、知らず知らず握り締める。
鬼を呼ぶ門は、此処にも在る。
‥己の中に。

●雷哮<蟲サムライ>題名:問
投稿日 : 2000年7月19日<水>03時10分

「なぁ、あんた」
兵を率いる陰陽師に、男が声をかける。
「この餓鬼を殺す気、なんだな?」
怒りも無ければ、愉悦も無い、確認するかのような問いかけ。
「おい、餓鬼。お前は生きてぇのか?」
くるりと振り向き、陰陽師に無防備な背を晒す。
「生き抜きてぇか? この世の地獄を見て、なお、生きてぇと思うか?」

男の暗い、闇色の瞳に、一瞬何かがよぎる。
「生きるために地獄を創り出すか、それとも永久の安息を得るために死を選ぶか」
それは、己の過去への慙愧の念か、血の中に己の身を沈める事への期待か。
「お前はどちらを選ぶ?」
男は少女に、試すように問うた。
(そう・・・『お前』はどちらを選ぶ?)

●明鶴院 藤麿<陰陽師>題名:他力本願
投稿日 : 2000年7月19日<水>18時59分

「新兵器は、奇襲に使ってこそ真価を発揮するのさ!!」
霧子を見もせずに、藤麿は答える。
その色違いの両目は、せわしなく動き、戦況の観察に勤 めている。
  ・・・サムライは、馬鹿に売られた喧嘩は必ず買う。
  ・・・法師は、後ろにいてもらった方が役に立つ。
動いているものとそうでないもの、動くだろうものを予 期し、数で勝る相手に対抗する手段を見出そうと、
藤色の 脳細胞は唸りを上げて視覚情報を処理する。
  ・・・動いていないのは、二人か。
即断即決。
大男は、球体を操り、雑兵を三人ばかり、色 眼鏡とテンガロンハットの方へと追い立てる。

雑兵たちが、自暴自棄の刃を、彼らへと振り上げた・・・。

●寂然<下法師>題名:間
投稿日 : 2000年7月19日<水>23時47分

ぬっと錫杖が突き出された。
少女と、男の間に、だ。
相も変わらず煙管をくわえ、あたりで行われる殺戮を気にかけた風もなく。
只、問う男と、問われた少女だけを見て、破戒僧は言葉を発する。
「サムライ殿、その問は今すべきではないのではありませんかな?」

煙管をくわえた口元はコレまでどおりにやけているが、 しかし目は確かに真剣に。

「かような修羅場において、生きるの死ぬの問われても、 果たして悔やまぬ答が出せるものですかな?
迷わずに出される答は、どれほどの意味を持ちますかな?」

 ・・・悟りに遠き人の身なれば、迷いはけして恐れるものではない。
 否、迷うことが出来ぬ者に、偽らざる答が出せようか?

外法師は、法の外に身を置く故に、法を愛しく想う。
人を、迷いを、愛しく想う。

●テンブ<ガンスリンガー>題名:はた迷惑
投稿日 : 2000年7月21日<金>01時30分

球体に追われた兵士のうちの一人がこちらへ向かってくる。
「・・・まったく。なんだって巻き込むかネェ。」
さっきの背の高いニイちゃんの方を見つつ、ひとりごちる。
兵士はいまいち素人くさい太刀筋で刀を何度も振り下ろす。
テンブはそれを毎回ギリギリでかわしながら兵士に向かって話しかける。

「どーよ?このまま殴り合うふりしながらフェードアウトってのは?」
兵士は必死の表情でさらに刀を振りつづける。
テンブも左の目じりを少しピクつかせながら続ける。
「こんなところで殺伐と生きなくてもいーんじゃないノ?お互いサ。」
兵士は「くっ!」とか言いながら悔しそうな表情を見せた。
渾身の攻撃があたらず、その上飄々とした口調でこんなことを言われれば 頭にこない者もいないだろうが・・・。

テンブは心にないことを言うとき左の目じりを無意識に動かしてしまう癖を持っていた。
が、彼自身はそれに気づいてはいない。
(まあ、あんな物騒なこと言ってるヤツほっとくぎりはないけどネ。)
一瞬、真剣な目を見せ、次の太刀をかわしたと同時に足を出してやると、 それまで対峙していた兵士はけつまずいて林の中へと消えて行く。
(もう向ってこないでくれよ。)
心の中でそう呟きながら、愛用の銃に手をかけ向き直った。

●平 春星<陰陽師>題名:自尊心
投稿日 : 2000年7月23日<日>03時16分

濃密な“紗”の気配があたりに漂う・・・
すでに術の展開は終えていた。あとは起動させるのみ、なのだが。
・・・気に食わなかった。
この状態のなにもかもが。
誰一人として自分の降伏勧告に従うものがいない。

<陰陽師>明鶴院 藤麿はともかくとして、 武器の安全装置をはずしてこちらをにらむ<銃槍使い>も、
小ざかしい<傀儡>も、進退を決めかねている<世捨て人>も。
なにより、蛍子<鬼少年>を間に置いたまま、 こちらを見ようともしない<蟲サムライ><下法師>は、
彼の自尊心を著しく傷つけていた。

最後に、<ガンスリンガー>がこちらに見なれない武器を向けたのを 見て、平 春星は、目を細めた。

「全員死にたいらしいな。」

瞬間、彼の意に背く者達の中心に、効果半径、三間(約6m弱)の≪爆裂式≫が叩きこまれた。
その爆風を受けて、彼のきらめく紫紺の狩衣が大きく、揺れる。

●雨月<ヨロイ>題名:漸撃
投稿日 : 2000年7月23日<日>03時21分

キュイイイイ・・・

平 春星の放った≪爆裂式≫に呼応して、 その濛々たる炎と煙の間から巨大な<ヨロイ>“雨月”が姿を現した。
“獲物”を見つけ、疾走輪の駆動音が一層高まる・・・

そして、その鋼鉄の腕から繰り出されるヨロイ太刀の容赦無い漸撃は、
最前列にいた<ガンスリンガー>テンブを襲った。

敗者は言う。「今は引こう。だがまた会える、すぐに。
勝者は見る。血と泥濘の中に残された小さな姿を。
……次回、第三幕。「雨天乱刃・弐」

「宵闇の蛍」トップへ 第三幕:「雨天乱刃・弐」→