それから ―現役引退後の作曲活動― 
 洋画家小菅章雄(1934~2009年02月19日)日展会友、特選2、光風会評議員
兄が逝く紅梅悲し二月雨
 平成21年2月19日(木)午後1時30分、兄章雄が入院先の病院で死去した。
平成20年(2008)年5月に脳梗塞で入院、左半身不自由になっていた。
当然酒の飲み過ぎだ。兄は酒を飲むと正体不明になった。食道癌は刺激の強いウイスキーを毎晩飲んだからであり、脳梗塞もウイスキーで血管がボロボロになったからだ。58歳で死去した父より長生きしたが74歳はまだ早い。
     
 小菅章雄(1934~2009)略歴
1959日本美術展覧会初入選
1963東京銀座文藝春秋画廊にて第一回個展開催
1967 光風会推挙
1976銀座アートギャラリーにて個展開催
1983 日本美術展覧会特選受賞
1984 文化庁主催第18回現代美術選抜展に出品
1991 日本美術展覧会特選受賞
1992 文化庁主催第26回現代美術選抜展に出品
1994 光風会会員・評議員、日本美術展覧会委
    嘱作家、埼玉県美術展覧会運営委員
2009 2月19日脳梗塞で死去。74歳。
 

            ニューヨーク旅行先にて


 王鐸書法による集字唐詩

昨日平成23年7月27日、弟の書道家小菅鶴邨(久雄)からメールで下の写真が送られてきた。
こんにちは。6年を掛けてまとめて来ました。「王鐸書法による集字唐詩選」も、やっと出来上がり本日届きました。
写真を添付します。次回は王鐸の辞書を発刊を予定しています。
何時になるか解りませんが、まだまだやり残した仕事があるようです。よろしく。 小菅鶴邨


返信メール 小菅鶴邨 様
待望の「唐詩選」の完成おめでとうございます。私も一部手元におきたいので、注文の方法をご連絡下さい。
次は「王鐸の辞書」ですか。根を詰めると身体に触る年齢になってきています。
頑張りは無用にして、その日の疲れを感じたら明日に回す方が、かえって能率・効率的です。
亀や牛の如く進むのでも、いずれ完成すると思います。命あってのものだね。お互い長寿を心がけましょう。 泰雄
 
                                      書道家 小菅鶴邨の作品           小菅秩嶺作品展にて↓
     
        小菅秩嶺作品展
 小菅秩嶺作品展を見に、久しぶりに秩父に帰省しました。亡父小菅秩嶺は昭和期の秩父の書家、昭和33年日本美術展覧会で特選苞竹賞受賞を中心に昭和24年から9回連続入選。特選以後無鑑査作家でした。秩父商業高校時代の教え子の門下生から社会人門下生に至るまで、多くの弟子に囲まれる人格者でもありました。今回の作品展は、絶筆である陶淵明詩「歓農」や「般若心経」(小鹿野町鳳林寺に奉納)をはじめ、見応えある作品が展示されております。秩嶺の書風は、楷書をはじめ・行書・調和体・仮名と幅が広く、見る者の心が洗われてくるように思われます。このことこそが没後50年経った今でも多くのファンの引きつけてやまない所以でありましょう。2016年7月18日(日)まで秩父市八尾百貨店5階催事場にて開催。小菅秩嶺は書道家津金鶴仙に学ぶ、毎日書道展審査員、「蒼雲会」を主催。埼玉大学教授。秩父の夏雲が近くに感じられる一日でした。

小菅秩嶺コスゲ チツレイ 昭和期の書家 埼玉大学教授。
生年:明治41(1908)年8月30日 没年:昭和41(1966)年11月13日 58歳。
出身地:埼玉県 本名:小菅 武雄 学歴〔年〕:埼玉師範卒
経歴:津金鶴仙に学ぶ。埼玉大学教授、
毎日書道展審査会員などを務め、蒼雲会を主宰した。

日本本美術展覧会特選(書)受賞者 (昭和33年~現在から一部分を転載)
副賞=苞竹賞は昭和33年度~昭和45年度まで授賞。以降廃止。
西暦   和 暦      展覧会名称 作家名
1958   昭和33年   第1回日展 天石東村・安藤搨石・酒井康堂・杉岡華邨・ 中野蘭疇・三原研田・三村秀竹
1959   昭和34年   第2回日展 小菅秩嶺・小林斗盦・近藤摂南・中平南谿・ 西谷卯木・松下芝堂・三田清白・深山龍洞