駅からさほど遠くない、アイボリーとブラウンの暖かみのある外壁の一軒の店。
     こじんまりとした佇まいが、いかにも隠れ家的で日々の喧騒を忘れさせ、穏やかな気持ちで過ごせそうな雰囲気を醸し出している。
     
     その店の中で、グローブと言う無骨な物ではなく、繊細で美しい物を握る男の手があった。木村達也だ。

     昔からのお得意様からの依頼で、今木村は此処で仕事をしていた。
     そのお得意様の友人が喫茶店を開くと言う事で、お祝いものの花を幾つか頼まれ店内と外の入り口に飾る事になっていたのだ。
     店の入り口には、大きくて、なるべく派手目な色のハッキリした物を。
     店内には、店の雰囲気を邪魔しない、けれど上品で人の目に留まるような種類の物を。
     お店の雰囲気は依頼主から大まかに聞いていたので、室内に置くアレンジメントは今朝の早朝に作っておいた。
     手際よく、カウンター席の端に篭付きのアレンジメントフラワーを置く。
     ベルベットのような質感の深い赤ワイン色のバラに、かすみ草と白のアルストロメリア、それからレザーファン。
     渋くて落ち着いたこの空間になかなか合っている様なアレンジに出来た、と木村は心の中で『よし!』と一人呟いた。

     店内は持ってきたものを飾るだけだったが、もう一つの方が厄介なので木村は早々に次の仕事に取り掛かった。
     外に出ようと木枠とガラスの格子の扉に手を掛けると、上についていた呼び鈴がカラン…と優しく響いた。
     入り口近くの場所にスタンドを設置すると、木村は車に積んで来たバラにユリ、
     オンシジウム、スプレーカーネーションと小花を少しとアレカヤシを運んできた。

     それを配置を考えつつセンス良く上手く纏め上げると、豪華な花飾りが出来上がった。
     開店するまでに綺麗に飾り終える事も出来、木村はふぅ…、と腰を叩いた。


     「いやー、ありがとう。これだけ綺麗に飾られると、店がより一層引き立つってもんだ」

     裏で開店準備の支度をしていたこの店のオーナー兼マスターがニコニコしながら、木村の働きっぷりを見ていつの間にやら裏口から出てきていた。

     「駅が近いから、そちらの商店街の方にはたまにしか足を向けなかったんだけど…、
     いやぁ吉岡さんも良い花屋さんを教えてくれた。今度ウチで花を使う時は、是非よろしくお願いするよ!」

     木村の仕事ぶりが非常に気に入ったようで、初老の男性は笑顔で花飾りを眺めると、木村に店内に入るように促した。

     「いえ、こちらこそ気に入って頂けたようで…、どうもありがとうございます」

     ボクシングで認められた時と同等に、やはり自分が花屋の仕事をした時に認められるのは嬉しいものだと木村は照れた。
     扉の呼び鈴がまたカランカラン…と鳴ると、木村はマスターに勧められてカウンター席に座った。

     「まだ開店まで少し時間があるから、どう?一杯淹れるよ?」

     カウンター越しに挽いたばかりのコーヒー豆とネルを両手で持つマスターに、申し訳無さそうに木村が返事をする。

     「……すいません。今日はこれからまた配達の仕事が入ってるんで、この後すぐ店に戻らないとなんなくて…」
     「―――そう、じゃあ残念だけど仕方ないね…」

     本当なら、ここで一杯飲んで気持ちを解していくのもいいと木村は思ったが、仕事を後回しにするわけにはいかない。
     断りの言葉を言った木村だったが、この緩やかに流れる雰囲気はまたゆっくりと味わいたいと思い、その後にこう付け加えた。

     「今度、ゆっくり飲みに来ます。…その時は、マスターのお薦め、淹れて下さい」

     マスターの瞳がゆっくり弧を描くように細められ、『…じゃあ、その時はとびっきり美味いのをご馳走してあげよう』と木村と約束を交わしたのだった。









     片付けも終え、車に乗り込むとマスターに見送られて発進した。
     そろそろ喫茶店も開く時間のようでいつの間にか来たバイトらしき子が二人、店の中で準備をしていたのが窓越しに見えた。
     住宅街を少し走ると、間もなくJR駅の北口が見え始めてきた。
     木村はハンドルを切ると、ギアをセカンドからファーストに戻した。ここから先は、車があまりすぐには動けなくなるからである。

     ここから自宅まで帰る道のりは、どうしても駅のロータリーを廻って帰らなくてはならない。
     喫茶店は駅の北口側で木村園芸は駅の隔てた南口側の為だったからだ。
     駅と繋がっているショッピングセンターのある通りは早朝も車が幾らか通ってはいたが、まだスムーズに流れに乗れる。
     しかし、このショッピングセンターが開店し始めた頃になると、路線バスや人の流れ・タクシー・そして乗用車と
     だいぶ通りが賑やかになって来るので、多少の混雑を覚悟しなければいけなかった。


     特に今日は日曜日という事もあってか、人の流れが一段と多いような気がした。
     そう言えば、先週の金曜日から今日に掛けて売り出しをするような事を、お袋が広告を眺めながら言っていたな…と木村は思い出していた。
     窓から外を見れば人の動きも段々増えてきていて、駅が賑やかになり始めていた。
     車も段々と動きが鈍くなり、木村はブレーキを踏んだ。
     溜息を吐き出して、車の時計を見る。デジタルの時計がチカチカと光っている。
     車の時計は、10時15分。暇つぶしに音楽でも聴こうと思い、カーオーディオのスイッチを入れようとした時だった。

     駅の改札に続くショッピングセンターのショーウィンドウ脇に、見覚えのある人物が佇んでいたのを木村は見付けた。
     その人物は丁度サングラスを外した所のようで、それを見ていた周囲の女性達が皆、
     色めき立っているのが車のガラス越しからでも良く分かった。
     すらりと伸びた長身に、艶のあるサラサラとした黒髪。そして、女性だったら誰もが見惚れるような整った顔立ち。
     木村の元ジムメイトで、今やフェザー級・東洋チャンピオンの宮田一郎がそこに居た。

     グレーのVネックのロングカットソーに、黒の1ボタンジャケット。 そして細身の黒のデニムにショートブーツ。
     ジャケットの胸ポケットには先程外したと見えるサングラスが差されていた。
     両手を親指だけ出してデニムのポケットに入れ、壁に凭れるように寄りかかっている。
     こんなシンプルな服装と立ち姿なのに、ここに居る人間が宮田と言うだけで、まるでモデル並みの存在感を放っている。
     男の木村から見ても、こんなに様になっていると、腹立たしい気持ちは寧ろ清清しいほどに湧いて来なかった。

     そんな宮田の周囲を見回すと、いかにもここが待ち合わせです、といった風に宮田の近くに来てチラチラと彼を盗み見るOL風の女性に、
     遠巻きではあるが、視線は宮田から離さずキャアキャア数人で彼を見る女子高生らしき姿。
     そして会話に夢中になりながら其処を通っていた子連れの母親達も、『アラ…』と彼を振り返って見て行く始末だ。

     「……アイツ、本当にスゲーな…。しかし、それに気が付いてねぇってのがもっとスゲーわ……」

     女性達からの熱い視線など全く意に介する事無く、宮田はポケットから片手を出し、自分の腕時計を何回か確かめ辺りを見回した。
     クールな表情からは欠片も感じさせないが、どうやらかなりソワソワしている様に木村には見て取れた。
     その様子は、誰かと待ち合わせをしている事を暗に伺わせ、女性達はこんな格好良い人を待たせているのは
     一体どんな子なのだと宮田の見やる方向に興味の眼差しが送られた。

     「ほ〜、宮田も一丁前にデートとはやるねえ。ボクシング一筋!かと思ってたけど…。一郎くんも大人になったモンだ」

     木村も類に漏れなく、宮田の待ち人が、一体誰なのか興味があった。
     鴨川ジムではそんな話題はひと言も出なかったが、高校時代から付き合っていた彼女がいたのかも知れない。
     もしくは、川原ジムに移籍した後に彼女でも出来たのか。
     後で会った時に散々冷やかしてやろうと思い、木村は宮田と同じ気持ちで相手が来るのを見ていた。

     カーオーディオのデジタル時計が、パッと10時30分に動いたその時、遠くを眺めていた宮田の表情がふと、穏やかで優しい色を持った。
     それは、木村が今までに見たことが無い宮田の顔だった。

     「――何だよ、アイツ。…あんな顔も出来んじゃん。」

     ひゅう、と口笛を吹いて木村はいよいよ彼の視線の先にいる待ち人を見ようとしたその時―――――――、







     出発時間まで待機していた何台かのバスが動き出し、渋滞の波が急にひいて行ってしまった。
     詰まっていた前の車が動き出した事により、木村の車もそれに従い発進しなければならなくなった。

     「……っあ〜〜〜!、クソーー!!気になる〜〜!誰なんだーーーーーーー!!!」

     正直、宮田にあんな顔をさせる相手が一体どんな子なのか非常に気にはなったが、交通法には従わなければならず。
     捨て台詞を吐きながら、木村は仕方なくその場から車を動かし駅前をカーブした。
     バックミラーでちらりと先程の場所を見やると、いつもどおりのクールな表情をした宮田と、それに向かい合っている後ろ向きの人物が見えた。
     ちらりとしか見えなかったが、宮田よりも幾分か背の低い、黒いツンツンとした髪。
     オレンジ色のフード付きパーカに、フェードブルーのストレートジーンズ。背中にはアイボリーのデイパックを背負っていた。
     宮田に比べると相手はやや野暮ったい服装だが、宮田のモノトーンの服装とは対照的に
     その人物の服装はとても明るく、まるでそこに花が咲いたかのような色味があった。
     
     もう少し二人を見ていたかったが、自分の車に引き続きカーブした後続のトラックでバックミラーは遮断され、
     木村にその後の彼らを見ることは叶わなかった。

     一瞬だったので、その待ち人が女か男かまでは判別できなかった木村だったのだが。

     「…ん?あの後姿…。なんだか見たコトあるような…、無いような気がするな…?」

     家路に着くまで、木村は何とも言えない非常にモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
     どうしてもあの後姿に見覚えがあったのだ。あのツンツンした髪に、あの服装のセンス。そしてあのデイパック…。
     どこかで、どころではない。昨日、木村は確かに見たのだ。










     鴨川ジムで。



     いやいやいや、そんな訳が無い。二人が仲良く待ち合わせして出掛けるなんて。
     しっかし宮田のヤツ、待ち合わせの15分前から来てるって…どんだけ楽しみにしてんだオイ。
     ――って違う!!なんで宮田の相手をアイツにしてんだよ!!
     仮に、そう。もしも万が一百歩譲って今来たのがそうだとしても、たまたま、偶然会っただけで約束して待ち合わせなんてする筈ないって!
     にしても何だよ、オレが今見たあの笑顔は。…ってか、そういう顔をたまには本人にも見せてやりゃー、アイツも喜ぶだろうに…。
     ――そうじゃなくて!!お前らライバルじゃ無かったっけ!?
     ちょっ…待て…、宮田よ…。お前もか、お前もアイツと同じでアレなのか?
     だから!なんでアイツに限定してんだよ!!男か女かよく見えなかったじゃん!!
     きっとアレだ、ほら他人の空似?ボーイッシュな女の子って今流行りだし!
     そうそう、そうに違いない。そうだ、そう言うコトにするんだ、オレ。


     色々な思考とツッコミが頭の中を駆け巡り、軽く混乱していた木村は思考と車を一旦停止させた。
     そうしないと、あまり考えたくない事柄まで考えてしまいそうになったからだった。
     あまり考えたくない事柄を考えそうになりながらも、車庫入れだけはキッチリ完璧に決まった自分に木村は拍手を送りたくなった。

     「………。……さ、て。次の配達に行かないとな…」

     頭をブンブンと振り、木村は気持ちを切り替え自宅の車庫から出ると、裏口から店へと戻っていった。
     店用の車と、溜息を一つ残して。





     **********************************************************


     そんな(木村にとっては)なかなか衝撃的な事件が起こってから、数日経ったある日。
     店の手伝いも終えて、いつもの通りに鴨川ジムに顔を出す木村の姿がそこにあった。

     「こんにちはー。あ、木村さんお疲れ様です!」

     ロッカールームに響くのほほんとした一歩の声に、帰り支度をする木村はロッカーから顔を出した。

     「おぅ一歩、今日はいつもより遅いんだな。」

     「ええ。今日、学くんがちょっと都合が悪くなってしまって…。なので、店の手伝いをしてからココに来たんで。
     木村さんは、今日はもう上がりですか?珍しく早いですね」

     「ああ、今日は割りに早くに来たんで、今日はここらで終いにしようと思ってな…」

     二人はそんな会話を交わしながら、一歩は背負っていた荷物を木村の隣のロッカーにしまい込み、木村はロッカーの中の荷物をバッグに入れていた。

     「あ、そうそう!木村さん、今日…誕生日ですよね?」
     「…んあ?あーー…。そう言えばそう、だったな…」

     この前の日曜の事がやはりどこか頭から離れなくて、木村はすっかり自分の誕生日の事を忘れてしまっていた。
     一歩に言われて、今日が自分の誕生日であった事に気付くと木村は頬をポリポリと掻いた。

     「良かった!木村さんと入れ違いにならなくて…。はい、木村さん。これ、誕生日プレゼントです!!」

     ロッカーの中に一旦置いていた紙袋をゴソゴソ出すと、一歩は木村の目の前に誕生日プレゼントを両手で差し出した。

     「何だ一歩、覚えててくれたのか。ありがとな!」

     差し出された紙袋をやや照れながら一歩から受け取ると、袋の口を開いて木村はその中にあるプレゼントを覗き込んだ。
     あまり大きくない紙袋の中身は、緑色の包装紙にゴールドのリボンが施された、地元からやや離れた有名デパートにしか置いていないブランドの物だった。
     地元のショッピングモールよりも、品数においても品質においても良い物(勿論それなりに値段もいいのだが)が置いてある事もあり、
     木村もたまにこのデパートへは車で買い物に行っていたのだった。
     なので、一歩にしては珍しい誕生日プレゼントのチョイスに、木村は僅かに驚いた。

     「へ〜〜。お前、あそこまで買いに行ったのか〜…。悪りぃな、気ィ遣わせちまって」
     「いえ、ボクも普段はそんなにそこまで出掛けないんで……、…楽しかったです」

     その、一歩の最後の言葉に妙な引っ掛かりを感じて、木村は彼の顔を見やると――――、うっすらと頬を染めている。
     勘の良い木村は、一歩のこの台詞と表情でピンと来た。

     「あーー…、一歩。もしかして、だけどよ…。コレ買いに行ったのって…、今週の日曜日か?」
     「え?はい、そう…ですけど…?」

     やはり木村が考えていた事はビンゴだった。
     よくよく考えたら、自分は配達を終わらせた後にジムに行ったが、その日一日、一歩はジムに来なかったではないか。

     「どうしたんですか…?木村さん??」


     先程の木村の問いかけに、頭にクエスチョンマークをいくつも付けて首を傾げている一歩に、
     自分が考えている事が本当にそうなのか、木村は一歩に鎌を掛けてみた。

     「…そりゃー楽しかったよな。憧れの宮田くんとデート、だったんだもんな〜…」








     「きッ・木村さ――――――@*%+#$¥!?!?!?!!!!!!!!」




     もはや言葉にならない声を叫んで、ボンッっと音が出そうなくらいに、一歩の顔は真っ赤になった。
     分かり易すぎる、彼のその態度と表情に木村はプッと吹き出した。




     「ちちち、違いますよ!木村さん!!宮田くんはボクの買い物に付き合ってくれただけです!
     木村さんの誕生日プレゼント、何がいいか分からなくて…。悩んでたボクにアドバイスしてくれただけですよ!!」

     この時点で、日曜日に宮田と待ち合わせをして出掛けた…と言う事実を、
     思いっきり木村に暴露していると言うことに、動揺している一歩は全く気付いていない。

     「ホラ、木村さんって何でも持ってそうだし…、ボクあんまりセンス良い方じゃないから…。
     宮田くんなら木村さんとも付き合い長いし、センスも良いから…。たまたま、ロード中に会ってそう言うコト話したら…付き合ってくれるってコトになっただけで…」

     モジモジと両手の人差し指を擦り合わせながら、俯き加減で事の顛末を一歩が話し始めた。
     確かに宮田はクールに見えるが、その実、結構面倒見が良い。
     一歩がボクシングシューズを初めて買った時、何も分からず高い物を売り付けられそうになった時に助けてくれ、
     あまつさえシューズを選んでやったと言う事を、昔、一歩から聞いた事があった。
     木村も、対間柴戦のタイトルマッチの時に宮田にスパーを頼み込み、付き合ってもらった事を思い出していた。
     ………しかし、元ジムメイトに贈る誕生日プレゼントの相談…と言う事は、普通ライバルにすることか?
     と、木村は一歩にツッコミを入れたくなった。

     まぁ、一歩の話がそこまでなら、しょうがなく付き合ってやったのかもしれない。
     …………が。その後一歩が言った言葉で、木村は思わず仰け反りそうになってしまった。


     「そ、その後お昼を一緒に食べて、スポーツ洋品店で買い物して、本屋で雑誌買って、
     宮田くんがCD買うのに付き合って、お茶して帰って来ましたけど…。デ・デートなんて、そんな…」


     なーるほど…。要するに、オレは宮田にダシにされたって訳ね…。


     木村は額に手を当てると盛大に溜息を付き、諭すように一歩に口を開いた。

     「分かった分かった、だから少し落ち着け…。ま・大体の経緯(いきさつ)は分かった。
     そっか…そんなに悩んで選んでくれたのか…。サンキュな」

     木村は一歩の頭をヨシヨシと子供をあやす様に撫でた。その事で一歩は少し落ち着きを取り戻した。

     「それじゃあ、有り難く戴いて行くわ」

     ショルダーバッグを肩にかけると、木村は一歩から貰った紙袋を片手でヒョイと持ち上げた。

     「―――はい。木村さん、それじゃお疲れ様でした!」

     ニッコリと笑う一歩があまりにも無邪気すぎて、木村は最後に少しだけ意地悪をしたくなった。
     ロッカールームから出て行こうとする刹那、木村は着替え途中の一歩に振り返りこう告げた。

     「――なぁ、一歩。ひとつ良いコト教えてやるよ」
     「はい?」

     「お前が最後に言ったコト、それを世間一般ではデートって言うんだぜ」

     「――――――――!!!!!!!!!!!!!」

     「じゃあな、お先〜。――そうそう、宮田にもヨロシク言っといてくれ〜」

     ロッカールームのドアをぱたんと閉めると、木村は今自分が言った事に対して彼がどんな表情をしているのかを想像し緩く笑った。
     そうして木村はここへ来たときは持っていなかった、一つ多くなった荷物を持って鴨川ジムを後にした。



     彼等がどんなに相手の事を想い合って、執着して、拘っていた事を木村は、いや、二人を良く知る人間は分かっていた。
     しかし、その想いは強く純粋すぎて、長い年月と共に、どうやら二人に別の感情までも抱かせ、育たせてしまっていたようだ。
     ただし、その事についてお互い気が付いていないようだが。

     あまりそんな事は考えたくは無いと思っていた木村だったが、
     彼等にとっての互いの存在の強さや、相手の事を唯ひたすらに想う純粋な感情を思うと
     例え二人がそう言う気持ちを持ってしまったからと言って、それが間違いや気の迷いだ、とは木村には思えなかった。
     ライバルとして敵対する者同士として、惹かれれば惹かれるほど、もう一つの想いも固く強く。


     「……ロミオと、ジュリエットかよ…」





     こんな所で表現されるのは、かの文豪に対して失礼か…と考えながら木村は朱色に染まる空の中、自宅に帰った。
     自室に入りショルダーバッグを置くと、早速一歩に貰ったプレゼントを開けてみる。
     リボンを外しカサカサと包装紙を剥がす。
     箱を開けて見ると、そこには。



     「………宮田のヤツ、ダシにした割には良いモン選んでんじゃねーか」




     木村は箱から出したそれ、を手に取ると、車のキーと自宅の鍵を付け替えた。
     それを上着のポケットに入れ、自分の車に向かう。
     何だか、無性にあの喫茶店に行きたくなった。

     木村は車のエンジンをかけると、この前約束した通り、とびきり美味いコーヒーをマスターに淹れてもらおう…と思ったのだった。





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     木村さんへのプレゼントは、キプリスのシルキーキップ(グリーン)というキーチェーンです。
     宮田くんと一歩が二人でお金を出し合って(SSには書きませんでしたが実は二人で出し合ってます)
     買えるくらいの物で、しかも木村さんに似合うイメージの物を探しまくって、
     私的にコレ!と思ったのがこのブランドのキーチェーンでした。
     木村さんって、一点豪華主義ってイメージと、良い品は長く使い込みそうな雰囲気があったので。
     珍しく、自分で思っている一歩の舞台になっているあたりの地域を意識してみました。