Gateau aux la fraise



     開いた箱から顔を出したのは、真っ赤な大きな苺の乗った、真っ白な生クリームでデコレーションされたショートケーキ。
     しかも、ご丁寧に『お誕生日おめでとう!』と書かれたチョコプレート付きだった。

     「―――お前」

     一つ溜息を吐くと、宮田は複雑な表情で一歩を見た。
     真正面から宮田に見つめられた一歩は、照れた様子で頭を掻きながら言葉を続けた。

     「折角だから、プレートも付けて貰っちゃった。本当はね、名前も入れてもらおうかと思ったんだけど…、何だか照れちゃって言えなかったんだ」

     「ああ、助かったぜ」

     「…え?何で?」

     「何でもない」

     不思議そうな顔をしている一歩には申し訳ないが、この歳にもなってそんな事をされたら恥ずかしくて死にそうだと、宮田は名前入りでなかった事に安堵した。

     「……それにしても、食えないんだから別に買って来なくても良いんだぜ?」

     腰を上げながら宮田はそう言うと、カチャカチャと食器棚から丸い小振りな平皿とフォークを出してきた。
     ローテーブルにそれらを置き、ヒョイ、と優しくその洋生菓子の側面を片手で持つと、フォークの添えてある平皿の上に彼はそっとのせた。
     ゼラチンの塗られた苺がキラキラと光り、まるで赤い宝石のようだ。

     「気持ちだけ受け取っとく。だから、お前食べていいぞ」

     向かいに座っていた一歩の方に皿を移動させると、赤い宝石ののったそれは一歩の目の前に置かれてしまった。
     うう、と返答に詰まってしまいながらも、一歩は自分の想いを素直に告げた。

     「でもでも、やっぱり特別な日だからお祝いしたいよ!誕生日って言えば、やっぱり苺ののったケーキ…、だと、思うし…」

     モジモジと身を小さくする一歩の態度とは裏腹に、どうしても宮田に何かプレゼントをしたかったらしい彼の言葉は珍しく強めだ。
     握り拳まで作ってまで力説する一歩であったが、段々と語尾が小さくなっていくのがやはり彼らしくて、宮田はまた可笑しくなった。



     「……ったく、誕生日に何を貰うかより、誕生日に誰と一緒に過ごしたかの方が大事なんじゃねーの?」

     「え!?」

     あまりの彼らしさに、つい気が緩んでしまったのか、宮田がポロリとこぼした台詞は普段の彼なら滅多に言う事はないもので。

     「…今のって…。そ、それって、それって…?」

     耳を疑った彼の言葉を理解しようとする一歩と、チッと小さく舌打ちする宮田の後悔に、ひととき沈黙が流れた。

     先に沈黙に耐えられなくなったのは、宮田の方で。

     「……ナイフ持ってくる。」

     「――え?宮田くん?」

     「気が変わった。…半分、半分だけなら食う」

     妥協案をいきなり切り出した宮田に驚き、立ち上がった彼の顔を見上げた一歩は、また驚いた。

     「!!!」

     一歩の方に向こうとせず、さっさとキッチンへ向かっていく彼。
     もう一組小皿とフォーク、そして果物用のペティナイフをお盆に載せて持ってきた宮田は、一歩には目もくれず下を向いてそれらをローテーブルに置いていく。
     ここまでして自分と顔を合わせない宮田の態度と、先程見上げた時に一瞬見えた宮田の顔。
     この突然の趣旨変えは、クールな彼の照れ隠しだと言う事に一歩はすぐに気がついた。

     先に口を開いたのは、一歩の方で。

     「み、宮田くん…。顔…」

     図星をつかれた宮田はピタリと手の動きを止め、ようやく一歩に向かって顔を見せ、反撃に出た。

     「うるせえっ、お前だって赤いだろうが!」

     「……え!?」


     驚いた一歩が慌てて自分の顔を押さえる。触れた頬は、カアッと熱を持っていた。
     まさか宮田がそんな風に思ってくれていたと言う事実が嬉しくて、勿論、一歩の顔も赤く。
     つまり、互いがこの苺のように赤く、頬を染めているのであった。


     「「……………」」

     今度は先程よりか、幾分か長く沈黙が流れた。


     「あ、あはは…。ボク達、苺みたいだね」

     「…否定はしねえよ」

     ぎこちない会話の一歩と、バツが悪く横を向いてしまった宮田だったが、かちり、と二人の目が合った瞬間、同時に噴いてしまった。
     お互いにお互いの事を想い合っている事がこんなに幸せなんて。


     「宮田くん。誕生日、おめでとう」

     「……サンキュ」


     一歩ははにかみ、宮田は照れくさそうに、互いに静かに笑い合った。



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     苺のショートケーキはやはりスタンダード。
     赤くなりながらも二人ではんぶんこ。
     生クリームのように甘い感じに仕立ててみました。