ミーン、ミーン、ミーン、ミーン。



     うだるような暑さの中、忙しなく鳴く蝉の声が、ますますこの夏の暑さを増長させている。
     流石に朝晩は過ごし易くなっては来たものの、あと僅かで八月も終わりになるというのに、日中のこの暑さはまだ終わりそうになさそうだ。
     じりじりと日差しの照りつける午後の暑さの中、涼しそうな顔をしながら、海沿いに続く道を歩いている一人の男が居た。

     「……くそ。……暑い…」

     どうやら涼しそうな顔はしていても、暑さは他の人間と同じように感じるようだ。
     右手に持った大き目のスーパーのロゴ入りのビニール袋が、彼の生活感をあまり感じさせない秀麗な姿と相俟って、実に不思議な光景を醸し出させる。
     そしてその白い半透明な袋からは、緑と黒の縞模様が僅かに透けて見えていた。
     それを、不必要にワシャワシャと動かすとその男はもう一言呟いた。

     「……おまけに、重てぇし…」






     夏の、ある日のハナシ。
   



     話は一時間程前の、宮田家に遡る。

     「ただいま…。…って、何?…これ。父さん」

     本日のバイトから帰って来た宮田一郎は、ミネラルウォーターのペットボトルを自室に持っていこうとして台所に来ていた。
     宮田の目の前にあるのは、自身の存在を誇示しようと言わんばかりに、どどんと食卓のテーブルの上に鎮座ましましている大きな西瓜だった。

     「ん?西瓜だろ。見ての通り」

     宮田の父は、その西瓜をどうにかして冷蔵庫に入れようと、冷蔵庫内を悪戦苦闘しながらスペースを空けていたので宮田に目を向けないで応えた。

     「それは見りゃ分かるよ。…じゃなくて!何でこんなものがウチにあるんだよ」

     そう言うと宮田は、ポンポンと西瓜の頭を二、三度軽く叩いた。
     良く西瓜は叩いた音で良し悪しが判別出来る…。と、言うが、宮田はそう言うスキルは生憎持ち合わせていなかったので、
     叩いてはみたが良いものかどうかは分からなかった。
     どうにかこうにか、西瓜の入れそうなスペースを作れたらしく、漸く宮田の方に向いて父が続けた。

     「ああ、一郎。これは今しがた、お向かいの横田さんの家から頂いたんだ」

     近所付き合いをあまりしていない割に、お向かいからこういう物を貰うのは、往々にして田舎から山程送られて来た。という事だろう。
     父親の話を聞いていると、やはりその通りで、自分の家だけでは食べきれなくなった事と、
     こんなに沢山あると(モノがモノだけに)置く場所が無い、という事でウチの他の家にも配っているとの事だった。





     「息子が普段から摂生してるってのに、こんなに水分と糖分の多いものを貰わなきゃならないなんて、近所付き合いも大変だね、父さんも」

     そう言って父親に向ってシニカルに笑うと、宮田は今度はその西瓜を人差し指と親指で小突いた。

     「――まぁまぁ、そう言うな一郎。試合が近い訳でもないし、減量もまだ始めてないのだから、少しはお前も近所付き合いに貢献しなさい」

     よいせ、と父が気合を入れて西瓜を冷蔵庫まで運ぶと野菜室に入れ、空けっぱなしの引き出し口を閉めようと動かした所。

     「一郎」

     「どうしたの、父さん」

     「……マズイな。…大きすぎて、閉まらない」

     「…………………」

     空けっぱなしの野菜室からは、『早く閉めて下さい、冷蔵庫内の温度が上がっています』と言っているかのようなブザーが、
     『ピーッピーッ』と宮田家の台所に響いていた。












     ジャリ…と歩みを止めて一軒の木造の平家建ての家の前に立つと、宮田はその家の、昔ながらのガラスの引き戸の玄関の戸をからりと引いて
     店内に入り、中に向って声を掛けた。

     「……オイ、居るか…?」

     「あ、宮田くん!早かったね、いらっしゃい」

     その声に気が付いて奥の部屋から顔を出し、廊下を歩いて来た高校生のような幼さを残した風貌の彼―――、幕之内一歩は。
     この家に訪れた男―――、宮田一郎とは『ライバル同士』という間柄と。




     『恋人同士』と言う、相反する二つの間柄を持っていた。









     「――――そういや、オフクロさんは?」

     「あ・母さんなら、商店街の会合が有るとかで、今さっき出掛けてったよ。
     夕方過ぎくらいまで掛かるみたいだから、今日は店も早終いなんだ。……宮田くんに宜しく、って言ってた」

     「……そうか」

     宮田は幕之内の母親、寛子には二回程会った事がある。
     一つ目は、高校の卒業式の日。
     もう一つは、一歩の四度目になる防衛戦の前に。

     その両方共、宮田は一歩に会いに行ったのだが、一歩はその二回共、自宅には居ず、(結局の所、一歩には別の場所で会えたのだが)
     幕之内家の戸を叩いた時に出て来たのが、母親の寛子であった。



     初めて彼の家の戸を叩いた時、一歩の母親が出迎えてくれたので、宮田は自分の名を名乗って、一歩の所在を聞こうとしたのだが。
     寛子の方が開口一番に、

     『あら……。…あなた、もしかして宮田くん?』

     と宮田に逆に聞いて来たのだった。


     どうして自分の事が分かったのかは、次に続く寛子の話ですぐに分かった。

     『いえね。一歩がいつも試合のビデオを見たり、雑誌で読んでは、
     宮田くんはボクと同い歳なのにスゴイなぁ…。とか、宮田くんって格好良いなぁ…。とか言ってるから…』

     『おまけに何回も何回も、一歩ったらビデオで巻き戻しては見てるもんだから、私も宮田くんの顔覚えちゃってね。
     ―――それにしても、実際に見てみると本当に…、カッコイイわねぇ…宮田くん』



     そんな事を寛子から言われて、気恥ずかしさで微妙に首まで赤くなった宮田は、
     自分のいない所でまでそんな事を言っている(しかも母親に)一歩に対して、
     後で会った時に一発喰らわしてやる…。と、ボクサーにあるまじき事を考えてしまったものだった。














     「……それにしても…。宮田くん、急にウチに来るって言うから驚いたよ…。何かあったの?」

     玄関から茶の間に入るように宮田を促しながら、一歩は首を傾けながら宮田に話し掛けた。ペタペタと廊下を歩く自分以外の足音が耳に心地良い。
     宮田家の騒動から、時間にして三十分程経過した所で、宮田は一歩の家に電話を掛けていた。
     電話の内容はと言うと。

     『これからお前の家に行くから、家に居ろ』

     ……という非常に簡素な宮田らしい内容だった。

     「…オレもこんなクソ暑ぃ日に、お前の家に来る事になるとは思わなかったぜ…」

     「ええ?何それぇ…。うう…、酷いよう…宮田くん…」

     案内された茶の間に着くと、宮田は溜息を一つついて腰を降ろした。

     とても恋人同士とは思えないような会話だが、これでも二人は一年くらい前からお付き合いを始めた恋人同士である。…一応。

     付き合い始めたのは一年くらい前からだが、お互いに想い合っていた時間は、付き合い出した日数を遥かに上回る程で、
     『両想いなのに、片想い』
     と、いう事をこの二人は数年の間やってのけていたのであった。

     そして、自分達が両想いだったとやっとお互いに気付いて、晴れてお付き合いする事になったというのにも係わらず、
     その進展のスローペースっぷりには、周りも呆れるほどであった。

     付き合い出して半年で、やっと手を握って。
     その二ヶ月後に、初めてのキス。

     そして――――。野暮な話だが、『恋人同士』として所謂、二人で行う最後の砦も三ヶ月前にやっとの事で陥落したのであった。


     そんなこんなで、どうにかこうにか恋人同士としての全ての事を完うし、
     身も心も結ばれている二人だが、ボクシングという世界の中ではれっきとしたライバルでもあるので、
     普段の会話内容はあまり甘いモノとは言い難い。
     言い難い、というよりも寧ろどっちかというと、その反対なように思えるのは気の所為では無いだろう。


     「外、暑かったんじゃない?待ってて、今冷たいもの持ってくるから…」

     と言って慌てて台所に行こうとする一歩を制して座らせると、

     「…コレ、やるよ」

     ガサリ。と今まで自分が持って来ていたビニール袋を、テーブルの向いに座った一歩の目の前に突き出した。
     イキナリ目の前に宮田の手が突き付けられたので、一歩は普段から丸い黒めがちな瞳を更に丸くして、一度瞬きをすると、
     パアッと瞳を輝かせてから、僅かに頬を赤く染めて恥ずかしそうに微笑んだ。

     「え!?…あ、ありがとう宮田くん!」

     「…別に」

     その表情があまりにも嬉しそうに自分に向ってはにかんだので、宮田はとても直視していられず、一歩から視線を外した。
     横を向いた宮田の耳が、微かに赤く染まっていた事に、一歩は気付いてはいなかったが。

     ガサガサと袋から中身を取り出すと、一歩は「わぁ」と声をあげた。

     「半分で、悪ぃけどよ」

     袋から出てきたものはラップフィルムに包まれた、切り口から淡い朱色を覗かせている、半分に切られた大きな西瓜だった。











     結局、宮田家のどでかい貰い物の西瓜は、其の侭では冷蔵庫には入らない…という結論で二つに分けられる事と相成ったのだった。
     元々大きな西瓜だった事もあり、二人暮しには半分でも手に余る程の多さ…、
     おまけに分けてしまった事により、早くに食べなければいけないし、場所も取る…
     という事で、宮田は幕之内家に訪れたのだった。

     ――――――本当は、理由付けなんて他の事でも良かったのかもしれない。
     たまたま今日、家に西瓜があったから。
     それを、一歩に会いに行く口実にしただけだ。

     普段の二人はボクサーでもあるが故に、試合や練習、家業の手伝い、バイト…等で、
     なかなかお互いのスケジュールが合わずに、付き合っているにも係わらず、時間を取って二人で会う、と言う事があまり出来ないでいた。
     一年も付き合っていると言うのに、『恋人同士』として二人で会う事はまだ、数えるほどだ。


     なので、ただ単に、宮田はたまらなく『彼』に会いたかった。
     それでも宮田の中のプライドや、素直になれない不器用さが、理由や口実が無いと会いに行く事をさせてくれなかった。



     本当は、一歩に会いたくて会いたくてしょうがなかった。

     宮田の本当の理由はそれだけ。

     たったそれだけだったのだから。













     「気にしないでよ!半分でもこんなに大きいんだもん、十分だよ。…それにしてもこの西瓜、赤くて美味しそうだね〜。宮田くん、もう食べた?」

     イキナリな宮田の来訪と、しかも自分に手土産まで持ってきてくれた事に対して、一歩は嬉しくて些か興奮気味だ。

     「……いや、まだ食ってない」

     そんな嬉しそうな一歩とは対照的に、しれっと宮田は言い放った。

     「えッ!?まだ食べてないの?……じゃあさ、じゃあさ…、すぐに冷やすから一緒に食べようよ!
     ……あ…、宮田くんの…時間が、あれば…だけど…」

     宮田はこの西瓜を持って来ただけで、それだけの用事が済んだら帰ってしまうだろうと一歩は思っていたので、
     彼を引きとめられる口実が出来た事に嬉しくなりながらも、一歩生来の内気さと遠慮深さ故か、最後に尻窄みに言葉を付け足した。

     「……別に今日はもう、予定は無ぇよ。ジムも休みだし、バイトも終わったし」

     一歩に自分が帰る事を引き留められているような物言いに、些か心が浮き足立ったが、わざとぶっきらぼうな口調で宮田は答えた。
     その言葉に一歩はやや曇らせていた表情を、パッと明るいものに変えて宮田に話し続けた。

     「良かった…。ボクも今日は午前中にジムに行って来たから、もう今日は何にも無いんだ!ね、良かったらゆっくりしていってよ!」

     いま、麦茶持ってくるね…!と言って、一歩は貰った西瓜を持つと、
     バタバタと慌てて吊り船屋の店内に向った後、茶の間を通って今度は台所に向って行った。
     おい、俺はもう用事は無ぇんだからそんなに慌てんなよ…と、宮田が言おうとした所で、一歩は何も無い畳の目に躓いた。
     あはははは…、慌てるとロクな事無いねぇ…と、照れ笑いで誤魔化そうとする一歩に宮田は呆れながらも、

     『もう少しだけ、彼と一緒に居たい』

     という気持が、自分だけではなく、一歩も同じ気持だった事に、宮田は心の奥が擽ったくなった。







     西瓜は半分にしても結構な大きさで、一歩の家の冷蔵庫でも場所を取りそうだった為と、
     すぐに冷えると言う事で釣り船屋店内の業務用フリーザーに入れられた。
     一歩が持ってきてくれた麦茶を飲みながら、宮田はあれやこれや一生懸命話す、一歩のくるくる変わる表情を眺めながら話を聞いていた。
     話の内容は、何て事の無い世間話から、最近の自分の事、
     鴨川ジムのいつものメンバーの事、世界の上位ランカーのボクサーの事や、この間TVで放映していた試合のビデオを二人で見て研究したり。
     たまの二人で過ごせる時間なのだから、少しは甘い語らいの一つでもすれば良いものの、そこはお互いボクシング馬鹿。
     どう転んでもボクシングの話ばかりになるのが、この二人のいつものパターンである。




     宮田が一歩の家に来るまでに鳴いていた蝉の鳴き声も、今ではだいぶ大人しくなり、
     その代わりに庭先の縁側に吊るってある風鈴が、時折風に揺れて鳴る、ちりん、ちりん。という音と
     茶の間の隅に置いてある扇風機が首を振りながら鳴らす、ふおん、ふおん。と言う音だけが、静かに時が流れる幕之内家に響いていた。






     一歩が出した麦茶の氷がだいぶ溶けて、その中の一つが、カラリと音を立てた。
     緑と、黄色の小花をあしらった、如何にもお客様用というような薄くて丸みを帯びたガラスの茶杯に沢山の水滴が滲み出た頃、
     一歩は宮田が持ってきてくれた西瓜を、四つ割(丸々一つの西瓜から見れば八割だが)に切り分け、
     その数個を皿に盛り、お盆の上に乗せて茶の間に運んで来た。

     後、やや小さめな皿二枚と冷たいおしぼりをふたつと、塩も。





     「宮田くん。ほら、だいぶ冷えて美味しそうだよ。」

     ニコニコ顔で嬉しそうに、一歩がテーブルにお盆で持って来た物を並べる。
     全て並べ終わると、一歩はちょこんと宮田の真向かいに座り、じぃ…。と宮田を見た。

     「………?……何だよ」

     宮田は一歩が持って来た西瓜に手を付けずに、宮田の顔を何かを伺うかのように見ていたので、少々訝しんだ。
     普段から目つきの鋭い宮田の眦がピクン、と動いた。
     これは宮田が機嫌が悪くなりそうになる時に出る癖のようなもので、本人はあまり意識はしていない。



     だが、これを見た一歩は、すぐに彼の感情を察知したのか、何やらゴニョゴニョと言い出し始めた。
     一歩は宮田をおずおずと覗き込むように見ると、手にしていたお盆の縁を、両手でくるくると廻しながら、

     「え……。あの、だってこの西瓜、宮田くん家で貰った頂き物なんでしょ?」

     「…まぁ、そうだな」

     「……で。宮田くんは、貰ったけどまだ食べてないんでしょ?」

     「…そうだな」



     そこで一歩は、やや俯いていた顔を上げて、宮田に向ってハッキリと、こう言った。

     「…だからね、宮田くんに先に食べて欲しいの!貰った家の人が食べてないのに、ボクが先になんて食べられないよ!」

     「………な…」

     宮田はそのあまりにも一歩らしい理由に、ガクリと肩の力が抜けていくのを感じた。
     一歩は元来、生真面目な所があり、それは普段の幕之内一歩としても、ボクサーの幕之内一歩としても、往々にして見られる事のあるものだった。

     宮田は、一歩のそんな生真面目さが、もう少し緩和されても良さそうな所だとも思いながらも、好きな所の一つでもあった。

     「だから…。宮田くん、先に食べてよ」

     自分の意図を漸く口にする事で分かってもらえたので、一歩はますます宮田に西瓜を勧めた。

     「…分かったよ…。…ったく…お前は…」

     近々試合がある訳でもなく、減量を始めている訳でも無かったが、
     宮田は普段からウェイトに気を使っているので、必要以上にはあまり甘い物を摂取しないのが常である。
     元より、宮田はあまり食べ物には執着しないタチなので、それに対してはさして気にもしていなかったが。


     ――――だがしかし、何よりここで自分が西瓜を一切れでも良いから食べないと、一歩が絶対に西瓜を食べないだろうと言う事は
     想像に容易かったのと、出掛ける前に父に言われた、『近所付き合いに貢献しなさい』という台詞が思い出されたので、
     宮田はふぅと一息ついて、その切られた中の一つに手を伸ばすと。









     しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく。





     と、勢い良く西瓜に齧り付くと一言。

     「……美味い」

     と、呟いた。
     それを見て一歩は両手を合わせて、小さく『いただきます』と言うと、一つの西瓜を手にして、
     しゃくっ、と食べ始めた。



     緩く吹いて来る、夏特有の蒸し暑いような、湿気を帯びたような風に、ちりーーーーーん、ちりん。と風鈴が涼しげな音を二度、奏でた。






     「ねぇねぇ。宮田くんって、西瓜に塩掛ける人?お塩、持って来たけど使う?」

     「……あんま、気にしねぇ」

     種を皿に出しながら、答える宮田の言葉があまりにも宮田らしかったので、一歩はふふと微笑ってしまった。




     「…それにそのまま食っても美味いから、別に要らねぇよ」

     「そうだね。本当に美味しいね…」

     普段からのウェイト管理の為、父親も気を使ってか、食べ物であまり余分なものは買って来ない。
     宮田は久し振りに西瓜を食べたような気がした。
     一歩に会いたくて、たまたま西瓜を理由に、殆ど押しかけの様に会いに来てしまったのだが。
     こうやって、誰かと一緒に何をするでもなく、穏やかにのんびりと時間を過ごしたのは何時以来だろうか…。と、ふと考えている自分に宮田は苦笑した。










     甘い甘い西瓜の果汁が、飢え乾いている宮田の心と身体の中にじわっと広がっていく。
     優しいような、何処か懐かしいような、甘い、味。









     「あ!そう言えば!!明後日、宮田くんの誕生日だよね。プレゼント、迷っちゃってて……。宮田くん、何か欲しい物ってない?」

     二切れ目の西瓜に手を伸ばしながら、一歩は宮田に話しかけた。

     「……いい、別に要らねぇ。」

     久し振りに食べた西瓜の甘さと美味しさに、宮田の手もまた、二切れ目の西瓜に無意識に伸びていた。

     「え!?…あ…。…もしかして…、ボクから貰うの……イヤ…?」

     宮田のその言葉に、一歩は落胆の色を隠せず上目遣いで、宮田を見遣った。

     「そういうコトじゃねぇよ、……お前からは…もう、貰った」

     何を貰ったかなんて事は、意地っ張りで素直ではない宮田は一歩には絶対に言わないだろう。

     「……え…?ボク、宮田くんに何にもあげてない、よ…??」

     もし見えていたら、一歩の頭の上には十個くらいのハテナマークが付いているだろうというくらい、一歩は首を傾げた。

     「とにかく。…もう、貰ったっからいらねぇよ」

     いいな、と言ってまた西瓜を食べ出した宮田に対して一歩は少し不満顔だ。いつもの丸い、ふくよかな頬がぷぅと膨らんで、ますます丸くなっている。

     「ええ〜!?…もう…宮田くんてば、プレゼントはいらないって言うし、
     おまけに、『もうボクから貰った』なんて言っても、ボク何にもあげてないし、なんか納得いかないよう……」

     その子供のような一歩の剥れる仕種に、
     先程食べた西瓜の優しい甘さの所為だろうか。
     宮田は、とても静かに穏やかに一歩に微笑うと。

     「……サンキュ」

     と、小さく呟いた。









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     宮田くんの誕生日祝いとして、2004.8/23〜8/29までの期間限定企画ページにUP。その後、加筆修正してサイトに再UP。
     この頃は、宮田くんは実は一人暮らしと言う事実のかけらも垣間見られていませんでした…(懐)


     いつも張り詰めた境界線にいる彼に。
     西瓜と、ほんの僅かな安らぎを。
     宮田くん、誕生日おめでとう。