恋の病 B


     そんなこんなで数日過ぎた、ある日。
     別々の人物から相談を受けた二人は、ほぼ同時刻に鴨川ジムに顔を出した。


     「こんにちはー!あ、木村さん、今日は早いですね」
     「おう、板垣。でも、今日はアイツが一番乗りだぜ、オレが来た時にはロードに出てくトコだったからよ」
     「うわー。…先輩、今日もやる気に溢れてるなあ」

     あれから板垣も木村も、相談してきた彼等の恋愛事情について、誰にも他言はしてはいない。
     だが、この後に起こる事態で二人は互いに彼等の事情を知る事となる。



     「お前もこれからロード出んだろ?なら一緒に行こうぜ」
     「あ、はい!分かりました、行きましょう!!」


     いつものロードワークのコース、江戸川グラウンドを真っ直ぐに流して行くと遠くに人の姿が見えた。
     あの後姿からして、間違いなくアレは先にロードに行った彼――、幕之内 一歩だった。
     ロードに出掛けてから暫く経つというのに、こんな所に居る彼に木村は疑問を持った。
     そんな木村を知ってか知らずか、板垣は暢気に話しかけた。



     「あっ!木村さん、あそこに居るの…先輩じゃないですか?」
     「――だな。にしても、どうしたんだ?あんなトコで突っ立って…。休憩でもしてんのか」
     「でも、これで合流できそうですね!お〜い、せんぱ…」

     「待て、板垣」



     木村は、大きく手を振り一歩を呼ぼうとする板垣を制した。
     一歩に重なってこちらからは良く見えなかったが、どうやら誰かと話をしている様子だ。
     重なっていた体が静かに揺らいだ事で、彼が誰と話をしていたのかが木村と板垣にはすぐに分かった。


     「…宮田」
     「…宮田さん」


     思わず、二人はグラウンド下の土手の茂みに身を潜めた。
     遠目だった事もあり、会話をしていた彼等はこちらに向かってくる木村と板垣には気付いていないようであった。

     (…オイ、板垣!お前なんで隠れてんだよ!!)
     (…そういう木村さんこそ、何で隠れる必要があるんですか!?)

     そんな事を小声で言い合いながら、中腰で土手下を歩き、二人は彼等との距離を少しずつ縮める。
     匍匐前進宜しく、木村と板垣は土手を上り芝生からそうっと顔を出し、彼等二人の横顔を見上げると。



     頬を赤く染めて、たどたどしく宮田に話しかける一歩。
     ……ここまでならいつもと何ら変わりはないのだが、宮田を映すその瞳は潤み、
     憧れ以上のものが多分に含まれた視線で宮田を見ていると言う事に、木村は気が付いた。

     そして、かたや板垣も。
     もじもじと宮田に話しかける一歩を、あしらう様に聞いている宮田の態度はいつも通り。
     だが、色白の彼の頬がわずかに色づいている事と、彼の切れ長の鋭い瞳が
     一歩に向けられた時に切なく細められたのを、板垣は見逃さなかった。


     「―――じゃ、じゃあ宮田くん。また、ね」
     「……あ、ああ…」


     お互いに自覚してしまった分、いつも以上に妙に余所余所しくなった会話も終わりを告げ、彼等は別れた。
     宮田はもと来た道を戻って行き、一歩はジムの方へ帰って行く。


     「「…………」」


     双方が小さく見える所まで行った所で、木村と板垣はのそりと土手を上がって来た。
     服に付いた芝生をパタパタと叩くと、二人同時に揃ってこう呟いた。


     「「―――やっぱり、相思相愛…」」
     「じゃねーか…」
     「だよなあ…」


     互いの口から出た小さな呟きが、同じ音で紡がれ重なり、木村と板垣は思わず顔を見合わせる。

     「木村さん…。ボク、何も言ってないですからね?先輩との約束は必ず守るって言いましたし!」
     「板垣…。オレだって、何も言ってないぜ…?宮田に闇討ちにあうのはゴメンだからな…」


     互いにそう言うと、二人は肩を震わせて互いに吹き出してしまった。


     「「気付いてないのは、本人達だけなんて」」
     「…笑えるな」
     「そうですね」



     この分ではまた、互いに相談事を持ちかけられそうだ、と二人は笑いあった。