冬なのだから当たり前の事なのだが、今日の夜は一段と冷え込んでいるような気がした。
レジカウンターから表を眺めると、ガラス扉の向こう側で、街路樹のもう葉の落ちた銀杏並木の枝が緩やかに揺れている。
通りを歩く人々も寒さに身を縮ませながら、着ている上着の合わせ目を掴んでいる。
仕事から帰ってきたサラリーマンやOL姿の人達も、今日の寒さには急ぐ足を止め、自宅へ向う僅かな間の暖を取ろうと、
今、自分が仕事をしているこの場所にポツリポツリと入って来ていた。
「……今日は、随分と冷えますね」
幾人かの買物客は、店内を物色しているようで、レジに来る気配をまだ見せようとしない。
僅かな手持ち無沙汰の時間に、レジスター前にいる彼は、隣でもうじき来る宅急便の出荷に荷物をまとめていた男性にポツリと呟いた。
「そうだね、……少し、温度上げようか」
宛名、宛先の記入洩れを確認し終わった人の良さそうな穏やかな雰囲気の、自分の父親よりかは幾分か若い、
この店の店長と名乗る男は彼の言葉を聞くと、バックルームの方に向って行く。
余り変わる事の無く適温に設定された空調のボタンが、今日は珍しく動かされた。
レジ上にある空調設備から勢い良く暖められた風が吹き出し、店内全体に緩く広がっていった。
昨日まで我が物顔で居座っていたクリスマス商品のコーナーは、夜にはもうお正月用品に取って代わられていた。
クリスマス、と言っても、クリスマス用品が売れるのは当日より前日まで…特にイヴの時が一番盛り上がる。
当日の方はどちらかと言えば、イベント特有の盛り上がりも過ぎて穏やかに過ぎていく。
クリスマスの余韻に浸る暇も無く、コンビニエンスストアの商品回転率はシビアで早いのだ。
「…そうそう宮田くん。悪いんだけどそこ、だいぶ捌けちゃってるから、補充しといてくれるかな。私はちょっと裏に行ってくるから」
「あ、はい」
レジカウンターの少し横にある、業務用の中華まんの蒸し器を指差すと、
店長は宮田のひとつ返事を聞いてまた別の仕事をするべく店の奥に入って行ってしまった。
この寒さの為か、先程から中華まんの類は程好く売れ、残りは後わずかになってしまっていた。
今まで客足が途切れずレジに並んでいたので、補充の暇が無かったのだが、今は先程に比べてだいぶ落ちついてきたので
宮田は手を洗うと、今店長に言われた仕事をサクサクと進め始めた。
水滴の付いたガラス戸を開けると、ホカホカと熱い湯気が蒸し器から踊り出してくる。
コンビニやスーパーの鉄則は、『日付けの古いものは前に』という陳列方法が主だ。
棚の列の手前にあった中華まんを、店員から掴み難い奥の位置に移動させていると、ふと、宮田は何か言い知れない近似感を感じた。
「…………?」
今、自分がトングで掴んでいる、甘くて、温かくて、柔らかくて、ふっくらとしているモノは。
ここ以外でも何処かで見た事が無かっただろうか?
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「あ、宮田くん。…こんばんは」
「……おぅ。」
自分の提供する労働時間も恙無く終了し、宮田はかねてから予定していた一歩との待ち合わせ場所に到着した。
防波堤の端に腰掛けて居た一歩の隣に宮田も腰を降ろす。
薄暗い闇の中、海風と北風が交じり合い、潮の匂いの含んだ冷たい風が宮田と一歩を掠めていった。
一歩は着けていたマフラーを顎まで上げると、寒さに首を竦めた。はぁ、と吐いた息は白く煙らなかった。良く見ると、鼻もわずかに赤味を帯びていた。
その様子は、一歩が一体何時からここに来ていたのかを伺わせ、宮田は手にもっていた袋を一歩に渡した。
「……え…、…何?宮田くん…」
「お前、どうせ待ち合わせより早く来てたんだろ?……コレ、やるよ。バイト先の貰いモン」
「ええ!?どうして分かったの宮田くん?」
宮田にズバリ言い当てられ、一歩は心底驚いていたが、宮田は『分からいでか』と、心の中で苦笑した。
宮田がバイト先から貰って来たモノは。
先程、バイト先でコレが何を連想させるのかがわからず、穴が開く程見つめながら宮田は考えていた。
そこへ、裏から戻って来た店長に、
『…どうしたの宮田くん、神妙なカオして。……ああ、今夜は寒いからねぇ。あったかいモノ、食べたくなるよね。
残ってたヤツなら時間終わったら一つ、持って行って良いよ。私からのクリスマスプレゼントも兼ねて、ね』
と、微妙に勘違いされながら、それの所有権を受けたのであった。
一歩は小さめなコンビニ袋をカサリと開くと、中にはもう一つ薄い白い紙の袋に包まれた温かい物が姿を現した。
袋の口も縛っていた為、それはまだ人肌よりも少し温かいぬくもりを持っていた。
「え…、…コレって…」
「…………あんまん」
他に何があるんだ、と言うように宮田は一歩にぶっきらぼうに一言だけ呟いた。
「わぁ、あったかい…。…いいの?宮田くん」
「オレは甘いの苦手なんだよ。いいから、お前食え」
言葉はキツイ物言いだが、隠されている宮田の照れと優しさに、一歩ははにかんで笑うと包装してある紙の袋からそれを半分程出した。
「…ありがとう、宮田くん。…頂きます」
「…………ああ」
下に付いている敷き紙も剥がすと、一歩は徐に口を開けて、『あむ』と噛みついた。
途端に、暗い闇の中に白い湯気が微かに立ち上り、空に向ってすぐに消えていった。
「わ。まだ中は結構、熱いや…」
ハフハフとあんまんを食べながら、一歩の頬は、その温かさにほんわりと赤くなっていった。
もにょもにょと動く一歩のほっぺたを肘を付きながらぼんやり眺めながら、宮田は。
………甘くて、温かくて、柔らかくて、ふっくら……。
漸く、先程の近似感の正体が何であるか悟り、込み上げて来る笑いを堪えた。
そして、それと同時に隣の一歩の頬を両手で包むと自分の方に向け。
「宮…田、くん…?」
イキナリな宮田の行動に一歩は『どう、したの…』と言葉を続かせたかったのだが。
「………共食い」
と、言う宮田の笑いを含んだ声に遮られてしまった。
「え!?なぁに宮田くん、それってどう言う――――、」
そして今度はその言葉の意味を尋ねようと、一歩は唇を動かした所で――――――。
今度は、宮田の唇で遮られてしまった。
聖なる日に交わしたキスは、あんまんの味が、した。