カーテンの隙間から零れる朝日に目を瞬かせると、宮田は瞼を開けムクリと体を起こした。
……一体なんだと言うのだ。今の夢は。
先程まで夢の中にいた為、いまだハッキリしない思考を抱えながら欠伸を噛み殺す。
その見ていた夢とは…、さらわれた一歩を救出する夢だった。
…しかも夢の中での自分と一歩は……恋人同士、と言う事になっていた。
冗談にしたって質(たち)の悪い夢見に、朝の弱い宮田はますます機嫌が悪くなった。
しかしそんな想いとは裏腹に、彼の思考は今、自分が見た夢を鮮明に巻き戻していた。
助け出した後、一歩に駆け寄りその体を抱きしめた。
抱きしめたその感触や一歩の体温が、いまだに宮田の腕の中に生々しく残っている。
女性のふくよかで柔らかな身体とは違う、筋肉に覆われているしっかりとした身体。
なのに、それが自分の腕の中に不思議なほどしっとりと馴染む。
自分を見上げてくる一歩の眼差し、何か言いたげに緩く開かれたふっくらとした厚みのある、色の良い唇。
そんな事を思い出していたら、ふいに胸の辺りがざわざわと騒いだ。
苛立ちに顔を顰めて、宮田は薄い掛け布団を蹴飛ばすとベッドから出た。
自分の胸の中を騒がせている感情が、何なのか解らなく宮田は戸惑った。
何を、そんなに――――。…ざわめくと言うんだ?
「……クソッ」
宮田は小さくそう呟くと、艶のあるその黒髪をクシャクシャと手で乱した。
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ぱちり、と一歩が目を覚ますと、そこには見慣れた板張りの天井が広がっていた。
夢と現実との境がまだハッキリしていない自分を覚醒させる為、一歩は上体を起こすと頭を軽く振った。
頭がだいぶハッキリしてきたと同時に、
先程まで見ていた夢を思い返してカァ…ッと一歩の頬は紅く染まった。
その夢の内容は、さらわれた自分を宮田が助けに来る…と言うものだった。
…そして、その夢の中で自分と宮田は……恋人同士、と言う事になっていた。
冗談でもある筈のない夢見に、一歩はしっかりしろ、と冴えた頭で冷静に自分の頬をパチン、と叩く。
釣り船屋故に寝起きは良い方の一歩だが、クリアになっていく思考とは裏腹に、想いは先程の夢に舞い戻ってゆく。
助けに来た宮田の腕の中に飛び込んで、彼の胸に顔を埋める。
自分よりも幾分か背丈のある宮田が、まるで自分を包みこむように抱きしめる。
顔を寄せた胸から聞こえてくる心地良い彼の心音と、抱きしめてくる腕の強い力が今でもすぐに思い返せる。
そして、そこから見上げた彼の表情。あの鋭い瞳が細く柔らかく弧を描き、口元は僅かに微笑を湛えていた。
それらが今思い出しても夢というにはあまりにもリアル過ぎて、一歩の胸は鼓動が早まった。
な、何をそんなに。…夢、夢なんだから……。
「…はぁ…」
一歩は小さく溜息を吐くと、曲げていた膝に顔を突っ伏した。
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夏の朝は早い。
たとえそれが普段ロードワークをする時間よりも、1時間も早くに目が覚めたとしても
窓から差し込んでくる朝の光は明るく眩しく、二人に平等に降り注いでいた。
もう一度、目覚ましがなる時間まで布団に潜り込んでいても良かったのだろうが、
このモヤモヤした晴れない気持ちを持て余したまま、思いに耽る事を宮田も一歩もしたくは無かった。
それだったら、いっその事何も考えずに一心不乱に走りに出た方が得策だ、と考えたのだった。
こんな早朝から起きている人、…ましてや河川敷を散歩している人など居る筈も無く、宮田も一歩も互いに違う場所で苦笑をした。
そして大きく息を吸い込むと地面を蹴り、真っ直ぐに続く道を走り始めた。
宮田は、河川敷を南に。
一歩は、河川敷を北に。
ほぼ同じ時刻に目を覚まし、ほぼ同じ時刻にロードを開始した二人が偶然でも何でもなく出会うのは時間の問題で。
あんな夢を見た後すぐに、お互いに会ってしまう事になるなんてそれこそ夢にも思わない出来事。
それさえも必然だったのだろうか?それとも陳腐な言い方でいうなれば、運命だったのだろうか。
夢は、願望が現れるらしいと言ったのは何処の誰だったか。
二人はまだその夢の意味さえも分からないでいた。
朝からの強い日差しに、今日も一日暑くなりそうだ、と二人は思った。
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秋祭りに設置しておいた、宮と一歩は恋人同士(笑)、
鷹村率いる悪の軍団に攫われた一歩を宮が救出する…と言うADVツクレールのゲームクリア後のお話です。
何も変わらないけれど、何かが変わった二人、でした。
何となく、こんな匂わせるような終わり方でも良いかなと。