「一歩ぉ、先に上がるぞ」
「お疲れ様でした、木村さん」
「おお、後はお前と宮田だけだからな。鍵、忘れんなよ」
木村の背を見送って一歩は首に掛けたタオルで汗を拭った。
宮田の姿は見えない。地下のジムで一人トレーニングを続けているのだろう。
一歩は最後が宮田と二人、というのに正直ホッとしていた。
ジムのシャワー室で素っ裸になるのには慣れたが、一歩がシャワーを浴びていると鷹村を始めとして
誰彼となく一歩の尻を触っていく。
木村は通過儀礼だと笑っていたし、青木に至っては鷹村に前を握り込まれて振り回されていたから、
それに比べればましかもしれないけれど、宮田とはたいがい時間が合わないので、シャワー室で一緒になったことがない。
一歩はベンチに腰掛けてグローブを外した。
そろそろ上がろうと思っていたし、宮田とシャワーがかち合うのはなんだか気恥ずかしい。
そんなことを言えば、また鷹村に「ホモくさい」とからかわれるだろうけれど。
荷物をロッカールームにまとめて置き、フェイスタオル一枚を持ってシャワー室に移動した。
早く終わらせようと一番手前のシャワーブースでタオルを引っかけ、コックをひねる。
すぐに冷水が出てきた。体を震わせているうちに水がお湯に変わる。
湯気が出るようになってようやく体の力を抜いた。
一旦湯を止め、備え付けの石けんを泡立てて頭を洗う。
頭を流し終わって、体を洗おうと水をまた止めたときにシャワー室の扉が開いた音がした。
宮田だ。一歩は体を一瞬跳ね上がらせて、奥の壁に張り付くように移動する。
仕切りしかないシャワー室では隠れようがないことはわかっているが。
壁に頭を付けて小さくなって宮田がシャワーを使い始めるのを待つ。
「ひゃあっ」
突然、右の尻を掴まれて一歩は悲鳴を上げた。
「うるせぇ」
「み、宮田くん」
宮田が真後ろに立っている。せまいシャワーブースの中で一歩は少しでも体を離そうと壁ににじり寄る。
宮田は手を放そうとしない。それどころか、腕に力を入れて一歩の体をさらに壁に押しつけようとする。
シャワー室のタイルに顔を押しつけながら、一歩は顔半分で後ろにいる宮田を振り返った。
いつも通りの無表情。
「なんだ」
「あ、あの…放して」
「なんで」
何故、と返されると思わず一歩は黙り込む。
反論が思いつかず、一歩の目に涙がにじんだ。
宮田が舌打ちしたかと思うと手を放す。
体にかかっていた力から解放され、一歩は壁に手をついて体を支えた。
「鷹村さんだと文句言わねぇだろ」
宮田はそう言うと一歩のブースを出て行った。一番奥でシャワーの音が聞こえ始める。
一歩は水音を聞きながら床にしゃがみ込んだ。