【夏の宮一】
B浴衣
住宅地の中にあるちいさな児童公園。
その片隅にあるベンチに腰掛け、所在無げにしている男の姿は、
児童公園というシチュエーション・夕刻という時間帯を考えればこのご時世、
下手をすれば通報されてもおかしくは無かったろうが、
子供達を迎えにくるお母様方には控えめながらも感嘆の溜息と賞賛の眼差しを向けられこそすれ、
おおむね問題なく受け入れられていた。
思わず目を惹く秀麗な美貌、すらりとした肢体は飾り気のない服装の上からも十二分に鍛えられている事をうかがわせ、
何より身にまとう雰囲気がそこに居るだけで空気を変える。「こんな格好いいひとが悪い人な筈が無い」という訳だ。
人間外見ではない、と言うが、ガワの良さで得をすることはやはり多い。
その得をしているひと、宮田一郎は、すこし眉を寄せ、携帯電話の時計を覗き込んだ。
何時に、と厳密に決めた訳ではないから多少は遅れるだろうと思っていた。それでも落ち着かなく、何度も時計を覗いてしまう。
今日は、宮田の想い人ーーー幕之内一歩からの誘いだったから。
『あの、明後日の夜なんだけど空いてる、かなぁ?』
控えめな声音で電話をかけてきた一歩。
声の調子から、あの特徴的な眉を下げているだろうことが伺えて、思わず微苦笑しながら宮田は用件を尋ねた。
『・・・・あのね、新町のほうにある稲荷神社、知ってるでしょ?明後日の晩に縁日をするんだって、よかったら、一緒に、行かない?』
声がだんだん自信無げにちいさくなって、最後には消え入りそうになっていた。
一歩は、宮田が賑やかなことが苦手だと思っているから、それを慮ったのだろう。
宮田は一歩の誘いなら、かなり無理をしてもきいてやりたいし、その用意がある。
照れくさいから、面と向かって言ったことは無かったが。
もちろん、今回も仕方ないな、というポーズをつくって誘いを受けた。
電話越しでもわかる喜色に、口元を緩ませながら。
縁日のある神社は、待ち合わせの場所であるこの公園から十分ほど離れた木立のなかにある。
先ほどから、これから参道に向かうのであろう人々が、公園の中を通っていく。
宮田はその様子を見るとも無しに見ていた。
恋人同士らしいふたり連れ。ちいさな子供の手を引いた若い家族。
孫にせがまれたらしい老夫婦。中学生くらいの男の子たちの集団は大声で何事か話しながら。
やがて、植え込みの向こうから、華やかな色彩の群れが現れた。
深い紺地にあでやかな牡丹の染め抜き、目も覚めるようなピンクに南国の鳥と果物模様、白い線描きの流水紋に淡い紫と臙脂の金魚。
おそらく高校生くらいだろう少女達は、慣れない下駄に覚束ない足取りで、
それでも幾分得意げに歩いてきた。公園の中に入り宮田の姿に気付いて、すこし目を見張り、
それから弾けるように笑いさざめいて、時折振り返りながら通り過ぎていった。
「浴衣か・・・・・」
数週間前、幕之内家を訪れたときのことを唐突に思い出した。
一歩の母寛子が、縁側に座って、縫い物をしていたのを。女性が手仕事をするのが単純に珍しくて、
つい見ていた宮田に、寛子はくすり、と笑って手にしていたものを広げて見せた。
薄青に、紺のとんぼを染めた意匠の、男物の浴衣だった。
『亡くなった主人のものなんだけどね、一歩にどうか、と思って』
ああアイツに似合いそうだ、と感じたのを覚えている。
そうか、幕之内はあの浴衣を着てくるかもしれないな
「・・・・・ごめん、待たせちゃったね」
息を弾ませて一歩は駆けてきた。
初めて見る一歩の姿に、宮田は暫し見蕩れた。
落ち着いた色合いの浴衣を纏った一歩は、普段よりも幾分大人っぽく見えた。
人ごみの中を歩く。
参道へ続く道路は、何度か来た事があるはずなのに、オレンジがかった照明と色とりどりの提灯で全く知らない場所に見えた。
はぐれないように、と差し出した手を、すこしはにかんで一歩は握ってきた。てのひらは柔らかく、そして温かかった。
歩き疲れて、参道の奥にある石のベンチに腰掛けた。
「熱いね・・・」
吐息をついて襟元を寛げる一歩。鎖骨から胸元までが露になる。
上背のある宮田からは、その奥の・・・淡く色付いたちいさな果実も覗けた。
「やっぱり慣れないと駄目だねえ、足、くたびれちゃったよ」
苦笑して肩膝を立てる一歩。下駄を脱ぎ、足裏を揉んでいる。はだけた裾から引き締まった内腿がかなりきわどいところまで現れた。
一歩はそのことに全く気付いていない。
夜店をひやかし、お参りまでして帰り道。
図ったようなタイミングで下駄の鼻緒が切れた。泣きそうな顔でうずくまる一歩。
「泣くなよ」
落ち着いて声を掛ける宮田を見上げる瞳は、潤んでいる。
宮田は懐からハンカチを取り出すと、糸切り歯で裂いて手際よく鼻緒を接いだ。
「これで良いだろ・・・?」
やたら男前に下駄を差し出す宮田を、一歩は頬を染めて見ている。
神社を抜け、人気のない道に出ると、一歩はすこし足を引き摺るようになった。
見れば、一歩の足指の付け根は擦れて、うっすら血が滲んでいる。宮田は眉根を寄せた。
「これ以上その下駄で歩くのは無理だな・・・」
ここから釣り船幕之内までは遠すぎる。ことにする。宮田のうちのほうが近い。近いはずだ。間違いない。
この状態の一歩を更に歩かせるわけにはいかない、絶対駄目だ。ああどうやってもそういうわけにはいかないのだ。
べつに他意は無い。ほんのすこしだけ一歩を休ませるだけだ。
そう、ひととして当然のことをするだけ。ドコにも疚しいことなんてない。あるわけないってば。
この上なくさりげなく、かつ自然に、口元に渋い笑みすら浮かべて宮田は言った。
「・・・・・・オレのうち、寄っていけよ」
何故か誰も居ない宮田家。宮田の自室に明かりが灯り、暫くして再び消えて・・・・・・・
嗚呼、浴衣万歳!!
* * * *
「ごめんねー!!待ったでしょう?」
「いや、オレも今(妄想から帰って)来たとこ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一歩はまるっきり普段着(ジーパン・Tシャツ・スニーカー)だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・お前はロマンというものがわかってない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
宮田がその晩えらい不機嫌だったわけを一歩が知ることは、多分無い。
* * * *
浴衣のネタは外せないでしょう、ということで。
【つっこみどころ】
@ボクサーの手がやらかいわけないでしょうドリームにも程が
Aどこまで広げたらそこまで見えるんですか(広げすぎです)
B果実てあなたてゆーか漢なら潔く 乳首 と
C一歩さん今日下着何
D一郎さんなんで鼻緒の接ぎ方しってるの(水戸○門?)
Eおやくそくがいっぱいです
ひろいこころで読んでいただければ幸いです。
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浴衣スキーな管理人のリクエストに、また護国さんが応えて下さいました。
【つっこみどころ・お答え】
@夢は起きても見られるものです。ドリーム上等。
Aビバ、チラリズム。
B果実でも赤い実でも乳首でもどんと来いの心意気。
CではTバックで。いや寧ろ、 穿 い て い な い と言う方向で。(和装の基本)
D もしくは暴れ○坊将軍でひとつ。
E予定調和の美学は大変素晴らしいです。
護国さん、ありがとうございました!