お星様、お願いします
 出来ることなら、ずっとこのまま




*星に願いを*



「……お誕生日会?」


 定期テストによる部活休止が開けたその日。
 久々に訪れた銀華中テニス部部室の扉を開け放した途端、
 思わぬ光景が広がるその室内に、は思わず手を止め立ちつくした。
 ぽつり、と呟いたの言葉は、部室の喧噪に紛れ、答える者もいない。
 数秒たって我に返ったは、ぎこちなく動いて扉を閉め、改めて室内を見渡した。

 部屋の四隅から伸びた折り紙の輪で作られた飾りは、
 ロッカーやベンチの上などを経て、色々なところへ張り巡らされている。
 また至る所に、アクセントとしてティッシュで作られた花が飾られていた。
 カラフルに彩られたそれらは、一言であらわすならば、さながら幼稚園のお誕生日会のような飾り付け。


 今日は誰かの誕生日だったっけか? と首をひねりつつも、
 それでも記憶にある限り誕生日会など開いた覚えのないテニス部の面々に、疑問を覚える。
 突拍子もないことをする面子ではあるから今更不思議には思わないが、
 とりあえず行動理由くらいは把握しておこう、と
 はテーブルで何枚かの紙を前になにやら必死に考え込んでいる福士の横へ歩み寄った。


「ねぇ、福士」
「ん? おぉ、来たのか」
「さっきから居たんだけどね。つか、これ何のお祭り騒ぎ?」


 振り向いた拍子に、福士のかぶった三角帽子のてっぺんに付いた房が袖をかする。
 やたらフワフワした感触に腕をさすりながら聞くに、福士は心底驚いた、という顔をした。


「何を言ってるんだ。今日は世にもめでたい七夕祭りじゃあないか」
「…………あぁー」


 言われてはじめて思い至り、は力無く相づちを打った。
 それと同時に手に持ったままだった鞄をよいしょ、と手近の椅子に降ろし、腰掛ける。
 教科書やノートの詰まったそれは、結構重い。


「試験のことですっかり忘れてたよ。そっかー、七夕って今日だっけ」
「つーことで、短冊は一人3枚までだからな」
「福士持ってるの5枚だよね。2枚多いじゃん」
「俺は笹と折り紙買ってきたから特別なんだ」
「相変わらずずっこいね」


 部屋の隅に飾られた、既に下がった短冊の重みに負けつつある小振りな笹を横目で見て苦笑する。
 おそらく笹も折り紙も福士の入り浸っている百円ショップで見繕ってきたのだろう。


もそう思うか〜? 時代はやっぱ平等だよな〜」
「うっせーよ堂本。労働は正当に評価されるべきだろ」
「飾り付け全部オレらにやらせてるクセによく言うぜ」
「その材料は全て俺が買ってきた」
「てかね、ようやく期末終わって部活禁止解けたってのに、この騒ぎは大会控えてる部としてどうなワケ?」


 横から口を挟んできた堂本と福士が果てしなく不毛な口論を繰り広げているところに、
 は素朴に、しかし深刻に思える疑問を口にした。
 頬杖をつくの前で、口論していた二人の動きがぴたりと止まる。
 そのまま堂本はぎぎぎ、と顔を背け、反対に福士はうさんくさいほどに爽やかな笑顔を浮かべた。


「期末が終わったからこその騒ぎだろ、
「あぁ……まぁやっと解放されたわけだし」


 気持ちはわからんでもないが、と頷き掛けたが、福士はちちち、と指を振った。


「折角願いが叶うこの日なんだ。赤点取らんですむよう頼むのは当たり前だろう」
「って既にテストの点は神頼みかいっ!!」


 親指をぐっと立てて言い放った福士に、思わずツッコミを入れてしまう。
 頼まれる織姫・彦星もさぞかし迷惑だろう。
 そもそもテストが終わったあとで頼むというのもどうだろう。
 テスト前に頼めばいいというものでもないが。


「神頼みっつーか、星頼み?」
「織姫彦星頼みっつーのかねぇ」
「つか、一教科ごとに一枚で頼むと、短冊足りねーんだよな、オレ」
「えー、全部まとめてお願いしますで良いだろ」
「でもやっぱ教科別に頼んだ方が確実っぽくね?」
「センセが採点ミスって1点でも多くなってくれると助かるんだけどなー」
「勘で書いた物理の問3、当たってるかなー」
「あ、あれムズかったよなー。オレ確か答え200gになったんだ」
「げっ! 俺確か180gだったぞ!」
「俺それとばしたー」


 どこそこの問題はどうだった、と、飾り付けをしていた他の部員まで集まって答え合わせを始め、
 しかしどの部員も結局の所今日の 『星頼み』 にかけている、と知り、はテーブルに突っ伏した。
 銀華中テニス部員がお馬鹿なのは今に始まったことではないが、これは。


「あ、そうだ


 福士の声に突っ伏したままだった顔をのろのろと上げると、
 短冊をしっかりと握った福士と目があった。
 珍しく真剣な眼差しをしている福士に、我知らず鼓動が高鳴る。


「もし星頼みでもカバーしきれなかったら、俺らの補習対策、頼むな」


 古文の活用はどうだった
 数学の問題はテスト終了と共に忘れた
 英語の発音の○×は鉛筆を転がした
 etcetc……


 部員達の声をBGMに、は何かが切れる音を確かに聞いた、気がした。




「…………っ知るかー! あんたらの面倒なんか見きれないっつーの!!」
「えー、頼むよマネージャー!」
様!」
「うっさい!!」







 お星様、お願いします
 出来ることなら、ずっとこのまま

 こいつらとは、つかず離れずの丁度良い距離で居させてください
 迷惑被るのだけはマジ勘弁!!





*あとがき*

七夕話。
確か学生時代は期末試験の日程と被っていたなー、と考えたら銀華中が出てきました。
日付を見てみたら銀華を書くのは一年ぶりでした。おやびっくり。

2005.07.22 伊織



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