*泉の苦悩*




 俺、泉智也。玉林中のテニス部に入ってる。
 どれくらいの腕前かって? まあ、それなりの腕前だと自負してる。
 これでも玉林中の名ダブルスといわれてるんだ。
 ……一応。

 なんだその眼は。
 いうな。わかってる。あの試合のことはいうな。
 地区予選のことだろ。……恥だ。
 あれはどう考えたってダブルスじゃないだろ。
 そんな相手に負けた俺っていったい……いや俺たち、か。
 布川はそのことをきちんと自覚してんのか?

 それだからこそ俺はあれ以来練習を欠かしていない。

 ストリートテニスコートには毎日行ってるけど。

 遊びじゃねえ! あれだって立派なテニスの練習だ。
 わかってる……わかってるんだ。これだけじゃあだめだってことくらいは。

 ダブルスはコンビネーションが大事だ。
 それをうち崩されたあの試合以来布川はかわっちまった……
 どんなふうだって?

 ………………いわせないでくれ。

 ………………………どうしても聞くのか? わかった。
 聞くからには覚悟して俺の悩みを共有してくれよ。

 逃げてもムダだ。




 あの髪型のことは知ってるな?
 ああ、あの前髪が二本だけぴょろっとでてるやつだ。

 あれな。
 地区予選で負けて以来、だんだんのびつづけていってるんだ。

 …いま笑わなかったか?
 冗談じゃねえよ。マジだ。
 そののびっぷりは尋常じゃない。お菊人形って怪談あるよな?
 なんだかそれを思い出させて俺は怖い。

 その前髪を俺は 『悪魔の触覚』 とよんでる。
 俺はあの触覚を憎む。
 あの触覚が一センチ、また一センチとのびるたびに
 俺とあいつの距離が遠のいていくんだ。

 そのうちあいつの触覚は腰まで届くんだろうとおもう。
 そのときまで俺はあいつとダブルスをくめているんだろうか。
 俺は俺を信じられねえよ。あいつと俺の間柄はそんなもんで……
 髪型くらいでかわっちまうもんなのか、ってよ!

 俺はあいつがいつかストリートテニスコートにラジカセを背負ってやってきたとしても
 うけいれられるんだろうか。
 俺はあいつがいつか 「coolがhotになっちまったぜ…」 とほざいたとしても
 かわらずにいられるんだろうか。
 俺たちはいいダブルス仲間で、友達でいられるのかな。

 なんでそんなに真剣に悩んでるのかって?
 だってどうかとおもうだろうが! あの髪型よぅ!
 俺はあの感性がわからねえ!
 だけど、その一言、その一言がいえねえんだ!
 おまえにはわかるか?



 あ、ところであんた名前なんていうんだ?
 か。わるいな、とりみだしちまって。
 あいつの名前は布川公義っていうんだ。きみよし、な。
 ……今、はじめてしっただろ?
 …………いいんだ。話、きいてくれてうれしかったよ。じゃあな。




*あとがき*

ごめんなさい。(土下座)

2004.10.01 石蕗柚子



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