*広い心で抱きしめて*「や、久しぶり」 「久しぶりですね。ケガなどないみたいでなにより」 「木手はあいかわらずみたいだね」 小さなバッグを片手に一人の女性が沖縄は那覇空港に降り立った。 幼なじみである木手永四郎を見ると簡単な挨拶で済ませた。 木手はその様子に何を言うでもなく眼鏡の奥の目でじっと彼女を見た。 女性は深呼吸をしてしみじみと言う。 「沖縄だ」 「ええ。前も言ってましたね」 「言った」 「さん、あなたも相変わらずみたいですね」 木手がそう言って微笑むと彼女もニッコリと笑った。 「今回はどちらに?」 「えーっとね、函館」 「……また随分と」 「過ごしやすかったよー。海が近くだけどこっちとは全然違う。木手も一度行ってみるといいさ」 「遠慮しておきます」 彼女、はこのようにひょっこりとどこかへ出かけることがある。 それも学校の長期休みをフルに使って、一人きり。 親の承諾は得てあるというものの 女性が一人で長期間旅行にでかけるというのはこの幼なじみにはあまり好ましく感じられない。 そうはいうもののはひきとめて止まるようなタマでもないので せめてこうして出迎えをかかさないのであった。 好ましく感じられないことといえばそれだけではない。 最近、木手にはもうひとつ気になることがあった。 「それで木手っ。彼、呼んでくれた?」 「…………誰のことです」 「えーっ何、一緒に出迎えてって電話で言ったのに」 「なんのことでしょう」 「……あれっ、あそこにいるのって彼じゃない?」 言うなり大きく手を振ってそちらの方へ走っていく。 木手が止める間もなかった。 「おーい田仁志くーん!」 手をぶんぶんと振ったままは田仁志の身体にダイブした。 の小さな体躯がすっぽりと彼の胸 (よりもう少し下の方) におさまる。 しかし勢いに押されて倒れそうになることなどはなかった。彼はこれくらいではびくともしない。 「……………なんだあ、いきなり。」 田仁志の一言はもっともだった。 今朝、部長がいきなり 「那覇空港に来なさい」 と言ったきり電話を切ったことから始まって 律儀にそのとおりに来てみたら、 ひさしぶりに会った部長のクラスメイトがいきなり突進してきたのである。 驚かない方がちょっと変だ。 「田仁志くん! やっぱり私あなたのこと好きだわ」 なんともいえぬニコニコと充足した顔で彼女は言った。 田仁志は木手のほうを見やった。木手はなにも答えなかった。 「ヘンなのが帰ってきた………」 木手の気になること。 それはが隙をみると部の田仁志慧とスキンシップをしたがることであった。 ■■■■■ 「まあ、別にあなたの趣味にどうこう言うつもりもありませんけどね」 「趣味って」 「シュミ以外のなんです」 「なに、妬いてるの?」 ひとまず息をつこうと木手の家に遊びに行く途中、の問題発言に多少彼はむせた。 「………なにを言っているんですか」 「べつに。ねえ田仁志くん」 「なんでそこで俺に言う」 「なんていうか旅行帰りに会いたいタイプなんだよねえ。我が中学のマスコットっていうかさ」 「うちの部員を勝手にマスコット化しないでくださいね」 「なにさー。言葉のあやでしょう」 口をとがらせるの横で田仁志は微妙な顔をした。 のバッグで揺れる笑顔の黒ネズミを見つめている。 「でもそれだけじゃなくて貫禄があっていいよね。ネコみたいで」 「ネコっ?」 「そう。ネコ。ボスネコ」 「ああ……」 道ばたをく右目にケガを持つネコが 「にゃあ」 と鳴いた。 田仁志は思った。 俺はネズミなのかネコなのか。 「木手もさ、昔ちょっとこんなかんじだったことあったじゃない?」 その言葉に田仁志が顔をあげた。 木手は首を横に振る。 「ありません」 「あっ、なにさー。今はちょっと細いからって」 「ここまでではありませんでした」 「田仁志くん、知ってる? こいつ小学校低学年の頃はもうちょっと可愛げがあったんだよ」 「…………はあ」 田仁志は中学で木手と出会った。 田仁志は木手のその前のことはあまり知らず、また考えたこともなかったことに気が付いた。 たしかに目の前に立つこの男に 『可愛げ』 とかそういったものはあまりないように見える。 そうそうあっても困るが。 「とにかくうちの部員で遊ばないでもらえますか。部室にみだりに出入りされると風紀が乱れます」 建前である。 話の矛先が自分に不利な方に向いたと知ったので話を早々に打ち切りたいのだった。 「遊ぶ?」 「大体女子が男子に気安く抱きついたりするのもどうかと思いますよ」 「木手ってそういうところは本当に昔から変わらないよね」 「一応、うちの部は不純異性交遊は禁止ですからね」 「一応なの?」 「毎度毎度来られるので部員が何人か」 「ああ……友達も一緒に行ってたし」 空が青い。 「正直迷惑だからね」 木手の眼鏡が太陽の光を乱反射した。 「だけどよかった。本当に禁止されたらどうしようかと思ってたもん」 「………………どういう意味でしょうね?」 は頭をかきかき言った。 「なんだかやっぱりよく分かってもらえてないようだから言うけど」 視線が移る。一瞬青空を仰ぎ見た。の頭が上向きになる。 「私、本当に田仁志くんのことが好き」 陽はまだ高い。 彼らの受難はこれから続くことになりそうだった。 *あとがき* というわけで続きます。 いままで書いた話にも気が付いたら続いていた話はありますが はっきりと『続く』話はほぼ初めてに近いです。 不安もいっぱいですが、おつきあいいただけると嬉しいです。 時期によっては函館より沖縄のほうが過ごしやすいと思います。 2005.07.29 石蕗柚子 <<戻る |