*広い心で抱きしめて 2*



一日目は唐揚げだった。
「やっほー木手。おじゃましてるよ」
「………あなたはなにをしているんですか」


すっかり陣取られた部室内ではちょっとしたピクニックが行われていた。
いや、ここは屋外ではない。これはお弁当会とでもよぶべきか。
部員全員がピクニックシートをしいた床に直にすわり
の手作り(と思われる)唐揚げに手を伸ばしている。
非常に、わきあいあいとした光景であった。


「木手もたべるといいさ」
「………そうではなくてなにをしているかときいているんです」


部室入口で立ち往生した格好の木手はくいとメガネをあげて言った。
ゆゆしき事態である、と木手は思った。
なぜ部外者のがこんなにもやすやすと部室に入っているのか。
またそれを許し、その事態にいままで気付かなかった自分に腹が立った。


「なにってお弁当」
「それはわかります。なぜこの部室でそれをするんです」
「わからないことをいうね。この部屋はなにをしている人らがいる場所さ?」
「言わずもがなのことを聞きますね。テニスです」
「テニスをするのにはお腹が減るだろうさ。それならとおもって」


どうおもってなのだろう。木手は理解に困った。


「それならばここ以外の場所でおねがいします。ここはテニス部員の入る場所ですのでね」
「ああ、そういうともおもっていたんさ」


そうしてはぴらり、と木手の目の前に一枚の紙を出した。

そこにはこう書かれていた。


『 比嘉中学校 入部届け

テニス部 マネージャー

  』




「な」


木手の驚きとも抗議ともつかぬ声があがった。
いや、彼は 『 あげようとした 』 。


「この唐揚げうまいね。店でも出せるんじゃあない?」
「たしかにうまいさー。どこで教えてもらったの?」
「親に教えてもらったのが最初さあ。だけどもその味だけだと足りないから試行錯誤した。要は自己流さ」
「すごいなぁ。オレも教えてもらおうかな」
「うん教えてあげるよー。明日は別のもの持ってきますからねー」
「お・か・わ・り!」




「それで、木手は食べないの? 唐揚げ」


そこで否と答えることはできた。しかしそれは木手にとって単なる『逃げ』でしかなかった。
それは 『 今 』 『 ここで 』 『 唐揚げを食べない 』 ということでしかない。
『 ここで食べ物を食べてはいけないということではない 』 。


「いいです。いただきましょう」


はすでにテニス部部長である木手以外のテニス部員すべてを味方につけていた。
これに反するということはやろうと思えばたやすいだろう。
しかしそれは全国大会でテニス部員たちが意識を改革するまでの話であった。

それまでの比嘉中学テニス部はいわば封建制度であった。
スパルタにつぐスパルタ。
理不尽とはっきりわかるほどのスパルタを強いる 『 絶対悪 』 の早乙女顧問がいる間
テニス部は木手をキャプテンとしたしっかりとした力関係があった。
いや、なくてはならなかったともいえる。

しかし全国大会での試合を経験したあと
早乙女顧問のスパルタ教育は意味をなさないとすべてのテニス部員が言うことが出来るようになった。
これは大きな前進である。
それでも早乙女顧問の指導をうける者もいる。しかしそれは以前のように強制されたものではない。
早乙女は以前のような恐怖政治の頂点ではなくなったのだ。

そのパワーバランスはこのようなところまで及んでいた。
顧問から身を守るため、また結束を固めるために圧倒的に強い権力を持っていた木手。
その力は、いまや民主主義の名の下に形骸化しているように思われた。


「これも時代でしょうかね」
「なんか言った?」


ピクニックシートの上で幸せそうな部員たちが部長に問うた。


「いいえ、なんでもありません」


― 唐揚げは、確かに美味だった。





*あとがき*


ようやくようやくの二話目でございます。

おまたせいたしました!

石蕗柚子



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