*定型文*「なんでスキー客は冬の最後に思い思いのシュプールを描くの」 「はあ?」 またが言い出した、と内村は思った。 練習休みの日曜日。窓には雨の粒がぽつぽつと張り付いている。 一切の音が部屋の中と外に分けられていて二人は奇妙な居心地を感じていた。 内村京介は椅子の上であぐらをかいて多少背が曲がっている。 彼はやせて骨張っている手の甲から伸びた指で銀の鎖をもてあそんでいる最中そのようなことを言われて 鎖と爪の間をじゃりといわせた。 内村の小学生からの友人であるはごくまれにこういった突拍子もないことを口走る。 そのたびに内村は適当にかわしているのだがあまりやりすぎてそれを勘づかれると それもそれで面倒なことになるので、彼は慎重に聞き流すことにした。 「どうしていつも遺族はあらためて哀悼の意をあらわにするの」 「ああ、まあ日本の古くからの慣習だからな」 続けて、季節の挨拶みたいなもんだろうと内村。 「学校でもやたらと時節に関連づけて帰り道での変質者に気を付けろと言うだろ」 「春は陽気で増えるし夏は暑さで増えるし秋は気温の変化の激しさで増えるし冬は寒さで増えるね」 「それとおなじだ」 「年中増え続けてるじゃないの!」 「おそろしい世の中だな。気をつけておけ」 「要は便利だから定型文ですませてるんだね」 「わかってるんじゃないか。それとは別にふえてるけどな変質者」 「怖いね」 「そうだな」 「ところで内村はこういったことをどう思いますか」 「……こういった、ってなんだ」 「なんとなくで済ませてしまうような定型文でのおはなしです」 「まあいいんじゃないか。色々面倒くさいし。 おれはその物事をそのまま言われたほうがしっくりくるけどな」 「つまりスキー客は思い思いのシュプールを描かなくていいの」 「そういうことだ。シーズン最後らへんのスキー客が来て帰ったでいい」 「なるほど」 わかりました、とは言った。 えへん、とひとつ咳払いをして内村の帽子の下を睨む。 「タバコを吸うのはやめて」 彼女は言って、おもむろに口にくわえたそれを取った。 「……………おい」 不機嫌な感情をそのままに内村は取り返そうとしたがは渡さず続けた。 「よく言われるのはまず内村が未成年だということだけどさ」 内村の手が止まった。 「その前に私は内村のことが好きなんだ」 は近くにあった灰皿にタバコを押しつけて火を消した。 「内村。カラダは大事にして」 は内村の前に向き直った。 彼は口ごもることになってしまった。 *あとがき* おひさしぶりになってしまった内村。 中毒をなめたら痛い目に遭います。なかなか治りません。本当に。一種の薬物ですからね。 お堅いことを言うことになってしまいますが、まずは吸わないことかと。 2004.01.21 2005.03.07手直し 石蕗柚子 <<戻る |