*螺旋*




 青春学園男子テニス部コートでは、毎朝の恒例行事がある。



ちゃーん、おっはよー!」
「うわっ!! ……おはようごさいます、菊丸先輩。
荷物持ってるときはやめてくださいって何度言ったらわかってもらえますか?」

 飛びつかれてもなんとかバランスをとったの腕には、籠いっぱいのボール。
 一つもこぼれていないあたり、慣れとはなかなかに素晴らしい。


「んー? よしよし、んじゃオレが手伝ったげよう」
「そういうことを言ってるんじゃなくて…あ、センパイ、それ私の仕事ですから!」


 ひょいっと籠を持ち歩いていく菊丸から、はなんとか取り戻そうと籠を抱え込む。


「えー? だってこれ、ちゃんには重いっしょ」
「重くっても私の仕事なんです。菊丸先輩はちゃんとストレッチしててください!」

「エージ、さんを困らせるなよ」
「あ、大石先輩おはようございます」

 コートに入ってきて菊丸を諫める大石。
 他の部員たちにも指示を出しながらたちの元へやってくる。




「困らせてなんか無いってば。手伝ってんの」
「お心は嬉しいですが、仕事の邪魔されれば困ります」
「邪魔!? ちゃんひどーい」

 よよよ、と泣き真似をする菊丸に大石は苦笑してしまう。


さん、そろそろ手塚も来るし、ちょっと急いでもらえるかな」
「はい、わかりました。それじゃ菊丸先輩、ちゃんとストレッチしててくださいね」
「ほーい、わっかりました、っと」

 拗ねモードから一転、笑顔になった菊丸は、
 に手を振ると返事通りストレッチを始めた。
 大石も体をほぐしつつ、菊丸に声をかける。


「毎日やってて、エージも懲りないな。」
「えー? だってあの籠重そうだろ?」
「そういうことじゃなくて…あんまり度が過ぎると嫌がられるぞ?」
「あはは、だいじょぶだいじょぶ。オレはちゃん大好きだし!」
「だからそれ、理屈になってないって…」




 会話の内容は少しずつ変わりつつも、ほとんど同じで。

『マネージャーは菊丸先輩のお気に入り』

 というわかりやすい事実の元、この事は繰り返されている。





■■■■■





ー、タオルもらえるかー?」
「タオルなら桃のはベンチのとこに置いたと思ったけど」
「オレのタオル、汗だくでぐしょぐしょになっちまってさぁ」
「あれ、不二先輩も。 え、もう休憩時間でしたっけ?」
「ううん、僕たちが少し早めに区切りつけただけ。休憩にはまだ時間あるよ」

 桃城に渡されたタオルは確かにすでに吸水性は望めそうもない。
 不二にドリンクを、代わりのタオルとドリンクを桃城に渡し、受け取ったタオルを手早く洗う。


「サンキュー、悪いな。ふ〜、水浴びでもしたい気分だぜ」
「今日暑いしね。やっぱり1枚じゃ足りないか」
「って、ひょっとして全員分余分に用意してあるの?」

 驚く不二だが、確かにの足下には新しいタオルとドリンク。


「一応。ホントは全員に個人でも用意してもらいたいんだけどね、桃?」
「…スイマセン」
「冗談。天気いいから早く乾いてくれるし、問題ないよ」


 言いつつ先ほどのタオルを干していく。
 確かに今日の日差しなら、すぐに乾きそうだ。




「そういやさぁ、毎日アレやってっけど、実際の所どーなんだ?」
「は? 何が?」

 不二から練習内容を聞いてスコアをつけていたは、
 あまりの歯切れの悪い桃城の言葉に眉根を寄せる。


「いや、だからー。エージセンパイのこと」
「菊丸先輩? が、なに?」
「何って…だから、どう思ってんのかなーって」
「…桃、なにか悪い物食べた?」

 さすがには手を止めて桃城を凝視してしまう。
 半ば冗談の言葉だが、
 「このごろ暑いしなぁ」とも考えてしまうに罪はない。たぶん。


「オマエは俺をなんだと思ってるんだ」
「食欲魔人」
「あははっ、的確だね」
「うわっ、ヒデーっすよ不二先輩」

 思わずに詰め寄る桃城だったが、不二の言葉に脱力してしまう。
 それを見てにっこり笑うは書き終えたスコアをしまい、
 タオルとドリンクの最終チェックを始める。だが。




「僕も興味あるな。ちゃん、エージのことどう思ってるの?」
「…不二先輩、いじわるですね」

 話をもどされたは、内心ため息をつきつつ不二を睨む。
 どこ吹く風の不二と調子を取り戻した桃城に先を促され、
 一度目を閉じたはゆっくりと言葉を紡ぐ。




「…家族。


失いたくない、たいせつな仲間。
妹を可愛がってくれてるお兄ちゃん。
いつも元気な、尊敬する先輩 


……こんなところ、かな」




「…………」
…」
「そろそろ休憩時間入るから、それじゃあ」


 二人の視線を振り切り、はコートへ向かう。
 折しも、コートから手塚の声が聞こえてくるところだった。





■■■■■





「お疲れさまでーす」
「げぇ、今日もキツかったな〜」
「堀尾くん、ちゃんとやらなきゃダメだよ」

 放課後練習終了後。
 季節柄暗くなるのはまだ先だが、空が夕暮れ色に染まりはじめている。
 コートに残っているのは既に数人のみだった。


「コラ、後かたづけもきちんとやらないとダメだよ」
「あ、先輩」
「まぁ、ボールの数は確認したから、
ネットと一緒に片づけてくれたら、今日はもうあがって良いよ。」
「え、良いんですか?」
「うん、コート整備も終わりだし、残りは私がやっておくから」
「ラッキー! じゃお先に失礼します!」
「あ、堀尾くん! あの、それじゃ」
「お疲れさまでした!」

 頭をさげてボールとネットを持っていく1年たちに
 「帰り道気をつけてね〜」と手を振る
 細々した片づけを終え、コートを出ようと振り返ると、
 フェンス入り口に見覚えのある人影があった。


「お疲れさまです。忘れ物ですか?」
「……いや」
「後かたづけなら終わりましたよ。
今日も暑かったんですから、帰ったらゆっくり休んでくださいね」
「……話、あるんだ」


 ほんのかすか、の体がこわばる。
 だがすぐにいたずらっ子のような笑顔を浮かべ、小首を傾げた。


「ひょっとして、桃と不二先輩関係ありますか」
「………」
「話しちゃうかな、とは思ってましたから。あはは、恥ずかしいなぁ」
「何を、怖がってるの」


 く、っとの眉根が寄る。
 瞬間、横をすり抜けようとしたの腕を大きな手がつかんだ。





「放してください」
「俺、兄貴じゃないよ」
「お願いです、放してください」
「俺の言葉、届かなかった?」
「菊丸先輩っ…」
「ただの 『センパイ』 でいるつもりないっ!」





 菊丸の脳裏に桃城と不二の言葉がよみがえる。

『アイツ、仲間だって言って…自分に言い聞かせてるようでしたよ』
『僕たちは部員で彼女はマネージャー。
そのことを、エージが考えている以上に彼女は考えてるよ』





 何故? 気持ちを閉じこめてまで、何を考えなくてはならない?





「オレは、ちゃんが大好きだよ」
「…ありがとう、ございます」
「返事を、キミの答えを聞かせて」





 腕から伝わるぬくもりが温かすぎて





「私、…私はテニス部、大好きなんです。

 これ以上の特別な気持ちもったら、私動けなくなっちゃいます」


「…どうしても?」





 なみだといっしょに





「だけど失いたくないんです。だから」
「え」
「…だから、側にいて、動かなくなったら叱ってもらえますか?」





 ことばがこぼれおちた





「……あははっ! モチ、任せとけって!」

 思わず抱きついた菊丸の腕の中、
 驚きと恥ずかしさで固まってしまったは、
 やがてゆっくりと腕を回し、笑顔を浮かべた。











 青春学園男子テニス部コートでの、毎朝の恒例行事。



ちゃーん、おっはよー!」
「……おはよう、ごさいます、菊丸先輩。
荷物持ってるときはやめてくださいって何度言ったらわかってもらえますか?」
「んー、オレのことエージって呼べるようになったら?」
「なっ! …何、を」
「ほいほーい、止まってるぞー。動け動け〜」
「…わざと止めるのは、やめてください」




 睨み付けるの視線も上機嫌の菊丸にはなんのその。
 内容は微妙に変わりつつ、このことは繰り返される。








*あとがき*

男らしい菊丸先輩が書きたかったんですが…玉砕?

菊丸先輩、末っ子で甘えっ子というイメージありますが、
しっかりしたお兄ちゃんな感じも受けます。

タイトル、「ねじ」でも「らせん」でも読めます。
意味合い的にはどっちもアリかな、と。


2004.04.28 伊織




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