小さな願い? 大きなワガママ?
 カミサマ、この希望は叶いますか?




*願い事・悩み事・xxx*






「眠そうだね、さん」


 練習試合の最終打ち合わせ。
 その真っ最中に小さな欠伸をもらしたは、
 大石に指摘され、赤くなって頭をさげた。


「す、すいません。大事なお話の最中に」
「いや、構わないよ。後はもう確認だけなんだし。怪我だけはしないように気を付けてね。……寝不足なの?」


 大石の最後の言葉に、の顔が耳まで染まった。
 いえその、と口ごもるに、大石は苦笑して肩をすくめる。


「どうせ英二が長電話で引き留めたんだろ? 仕方ないな……。本人は遅刻までしてるし」


 手元の書類をまとめて周りを見渡す大石に、
 どう返事をしたらいいのかわからなくては口をつぐむ。
 それ以外にも理由はあったが、確かに原因の一つではあったので。


「大丈夫だとは思うけど、一応英二抜きのオーダーの方も用意しておいて、さん」
「えっ……でも、」
「一応、だよ。浮かれて試合に間に合わないなんて事になったら大変だし」


 相手校もそろそろ来るはずだし、と困った顔で笑う大石に、は複雑な表情で頷く。
 渡された書類をがもう一度ざっと目を通している最中に、
 大石は、ふ、と顔を上げた。


「……お、噂をすればってね」


 校門の方向―― それは丁度の背後だった ――を向いて大石が微笑む。
 思わず書類をぎゅっと握りしめ、慌てて振り向くと、
 そこにはきょろきょろと周りを見渡しながら、身体を小さくしながら歩く菊丸の姿。


「おーい英二! 早く来ないと遅刻だぞ!!」


 遅刻したのでこそこそと歩いているのだろう、と考えた大石は、
 まだ間に合ったことを報せようと片手を口元に当て、
 手を振りながら大声で菊丸を呼んだ。

 その声で大石に気付いた菊丸は、
 こちらを向いて人差し指を立て、静かに、とジェスチャーで示し、
 はっ、と横を向いて顔をこわばらせると、
 ……全速力でその場から走り去った。


 背後に女生徒の追っかけを引きつれて。



「……えーと、さん」
「……はい」
「……英二抜きのオーダー、他のみんなにも伝えてきてくれるかな」
「……はい」


 一団が走り去った後、しばらくたってから。
 手を挙げたまま硬直していた大石は、とりあえずの問題を解決しようと動き出した。
 それは、逃避にも近い物だったが。


 他の選手の元へと歩きながら、
 は手元の書類以上にぐしゃぐしゃになった思考を
 何とか元に戻そうと考え込んでいた。




■■■■■




「試合出らんないなんてジョーダンじゃないっての!」


 試合前に何とか合流を果たした菊丸は、
 鼻息も荒く、絶対に試合にでる! と主張した。
 今まで走り回っていた事実を知っている大石は難色を示したが、
 本人の強い希望に周りの物も賛成したため、ため息を一つ付いた。


「わかった。それじゃ今日のオーダーはこの前話し合った通りに」
「サンキュ、大石!」
「まぁ、コレもプレゼントの一環かな」


 苦笑しながら言われた言葉に、菊丸は一瞬目を丸くしてから、にっ、と笑った。
 そのまま全員が散開して、軽くストレッチを始める。

 菊丸は、自分の隣で少し俯き加減に考え込んでいるに苦笑し、
 ぽん、と肩を叩いた。
 はっと顔を上げたは、目前の菊丸の顔に思わず一歩飛び退き、
 周りを見回してから、その場に菊丸と二人で残された事に気付いた。


「あ、あれ?」
「ストレッチ、手伝ってくれる? ちゃん」
「あ、はい」


 は持っていた荷物を足下に置き、
 地面に座って前屈運動をする菊丸の背を、適度な力で押す。
 その手に多少の強ばりを感じて、菊丸は内心苦笑した。


「そーいえば、朝の挨拶もしてなかったね。ちゃん、おはよー」
「おっ、おはようございます、菊丸先輩」
「……ちゃん?」
「え、あっ、おは、おはようございます……英二先輩」
「ん。オレ、今日は頑張って活躍するから見ててよね!!」


 ご機嫌で菊丸はストレッチを続けるが、はそんな菊丸の言葉にも動揺してしまう。
 そんな中、周りが耳をそばだてている気配を感じて、の身体が更に強ばった。
 菊丸はそんなに構わずに、べたーっと身体を前に倒すと、
 振り向いてににかっ、と笑いかけ、よっ、と勢いを付けて立ち上がった。

 そのまま腕と肩周りの屈伸を始めた菊丸を
 は少し困ったような表情のまま見ていたが、
 きゅっと表情を引き締めると、側においてあった袋を菊丸に差し出した。


「あの、これ使ってください」
「え、ありがと」
「そ、それじゃ仕事があるんで」
「へ?」


 袋を渡すと同時に駆け足で立ち去るの後ろ姿を、
 それまで笑顔だった菊丸は呆然とした表情で見送っていた。




■■■■■




 ダブルス1を任されたのは不二・菊丸。
 試合は菊丸のイージーミスで若干押され気味だった。
 試合途中の休憩時間、菊丸はベンチに座って汗を拭う。
 使っているのは先程から渡された袋に入っていたタオル。
 隅に小さく菊丸の名前と 「Fight!」 の文字が刺繍されたそれは、
 とても手触りが良く、どこか知っているような良い薫りがした。
 立ったままドリンクを飲んでいた不二は、横で沈む菊丸を見つめたまま低い声で話しかけた。


「で、一体どうしたの?」
「……どうって、別に」
「あんなに不自然な態度とってて何もないなんて言わないでね。
 ちゃんが人前でエージの名前呼ぶのになれなくて恥ずかしがってるのは分かるけど、
 二人の態度はそれだけじゃ説明つかないから」


 どうやら煮え切らない態度の菊丸に大分怒っているらしい。
 そんな不二に気付いた菊丸は、肩をすくめて小声で話し始めた。


「だってさー、今日は一日一緒にいられると思ってたからさー」
「練習試合なんだからマネージャーが一人に付きっきりになれないのは分かってたでしょ」
「……そりゃそうだけどー」
「ハッキリ聞こうか。昨日の夜、ちゃんに、何を言ったの」


 すっぱりと聞かれて菊丸はコンマ何秒か黙り込む。
 だが、隠すよりも話したい気持ちの強かった菊丸は、そのまま話し始めた。


「ま、つまりは今日一日名前で呼んでーってこと」
「……それから?」
「……今日の試合で活躍したら、そのご褒美も兼ねてー ――」


 菊丸の言葉に不二は不機嫌だった表情を驚きに変える。
 まじまじと見つめられた菊丸は、居心地悪そうに身じろぎした。


「なんだよー」
「エージにしては大胆なこと言ったね」
「オレにしてはってなんだ、オレにしてはって」
「でもそっか。なるほどね。……夜だった上に今日一番におめでとうって言ってもらえて浮かれてたわけだ」
「そ、そんなことは……」
「無いって言い切れる?」
「……………………」


 横目でそろっと伺えば、は忙しそうに動き回っている。
 先程から見ているが、こちらに向くことがないわけではない。
 だが目が合いそうになると、一瞬固まった後で急いで他の仕事へ向かう。
 かと思えば、菊丸達の試合をとても気にしてみていた。
 それはもう、誰が見ても不自然そのもの。


「オレ、無理言っちゃったかな……?」
「エージが自分の言ったこと気にしてプレイに影響与えてるようじゃ無理だろうね」
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
「そこから先は二人の話でしょ。とりあえず、目の前の試合に集中しなよ」
「……おう」
「…………試合で、活躍するんでしょ?」


 楽しそうに言われた言葉に、菊丸は分かってるよ、と返事をすると、
 タオルを横に畳んで置き、ぱん、と顔を叩いて立ち上がる。


「ぃよっし! 集中集中!!」
「その調子。フォローは任せて」


 不二の言葉に、菊丸はラケットを持っていない方の腕をぐるんと一回転させると、
 口元に軽く笑みを浮かべて、コートへ歩き出した。



 その後の試合は、
 動きに冴えの戻った菊丸と、絶妙なアシストの不二によって、
 ほぼ一方的に終わった。





■■■■■




 試合終了後、自分の試合が終わると同時に駆け出すかと思われた菊丸だったが、
 そこは何とか自制したらしく、おとなしくの横で他の試合を見ていた。
 だが、全ての試合が終わり、相手校に挨拶をするやいなや、
 二人の荷物との手を取って飛び出してしまった。


「あ、あの英二先輩。私まだ仕事が」
「だいじょぶだいじょぶ! 後は片づけとかばっかでしょ。今日位みんな大目に見てくれるって」
「でも、急にいなくなったら心配して」
「それもだいじょーぶ。不二が話しといてくれるってさ」


 菊丸の言葉には目を丸くするが、確かに先程から人が探しに来る気配はない。
 だがつまり、その意味するところは。


「英二先輩、ひょっとして不二先輩に話したんですか……?」
「うん。…………あ、ゴメン、イヤだった!?」
「……その、イヤというか」


 不二はこのことを知っているということで。
 ヘタをすると他の全員に知られるかもしれないということで。


「……恥ずかしいです」


 明日からどんな顔で部活に出ればいいか、とは片手で顔を覆う。
 だが、菊丸は、なんだ、と笑った。


「別に気にすること無いじゃん。オレ達ラブラブなんだし〜」
「ラ……」


 あまりの言葉に真っ赤になってしまったに近づいたところで、
 菊丸は、ふわっ、と鼻に届いた薫りに、あぁこれか、と気付く。
 そのまま楽しそうに笑ってぎゅっと抱きしめる菊丸に、
 は言葉と行動の両方で固まってしまった。
 その耳元に、菊丸は心の中で苦笑しながら話しかけた。


ちゃん、オレの活躍、見ててくれた?」
「……は、い」
「昨日のお願い、覚えてる?」
「…………」
「無理にって言わないけど、さ。やっぱりできればお願い叶えて欲しいな〜……なんて」
「……………………あ、の」
「あー! やっぱいいや!」


 急にばっと体が離れて、は目を瞬かせる。
 そのまま菊丸は後ろを向き、手を頭の後ろで組んだ。
 その腕の隙間からは菊丸の表情が伺えず、を不安にさせた。


「ゴメン、ワガママ言った。ホントはずっと笑ってて欲しかったのに、ちゃん困らせちった」


 帰ろ? と腕をほどいて振り返ったところで、菊丸の動きが止まる。
 目の目には、落ちてきた夕日に負けないほどの赤い顔で微笑むの笑顔。
 そして今、唇に触れた、のは。




「誕生日おめでとうございます、英二先輩。試合、観ていてとても楽しかったです」




 誕生日が来たと同時に 「おめでとう」 を言ってくれたキミに、ちょっとした願い事。


 ―― 名前で呼んでほしい
 ―― キミからのキスがほしい



 ささやかでとびっきりの願い事。
 叶えてくれるのは、たった一人のオレだけの勝利の女神。





*あとがき*


私の中で、この二人は甘々カップル認定。
糖度10割増しって感じでしょうか。ひたすら甘い。
まぁとりあえず、誕生日だからって事で。菊ちゃん、Happy birthday!


2004.11.28 伊織




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