*駆け引き上手*




 まだまだ風の冷たい2月上旬。
 青学テニス部は、休日にも関わらず練習を行っていた。


「……っあー! 今日も疲れたっスね〜」
「ん〜、つーか腹減った〜。なんか食っていかない?」


 歩きながら、体を伸ばしつつ話す桃城に、
 同じく歩きながら軽く首の柔軟をしていた菊丸が、ぽろっと漏らす。
 とたんに周りにいた者達の目つきが変わった。


「いいッスね。じゃ、菊丸先輩のおごりで」
「なんでそうなる!!」
「やっぱりこういうのは、言い出しっぺが出すんじゃない?」
「この時間帯にエネルギーを摂取するのはあまり得策ではないが……まぁ少量なら良いだろう」
「へっへー、ゴチになります!」
「っだー!! てめーらいい加減にしろ!!」


 そこにいた越前・不二・乾・桃城に畳みかけるように言われる言葉に、菊丸が軽く切れる。
 半分冗談だというのは解っているが、半分は本気なのは確かだ。
 そのまま流されれば確実におごることとなるのは目に見えているので、反論する声にも力が入った。

 腕で桃城の首をしめる菊丸から離れ、越前は、ふっ、と視線をはずす。
 その先に見知った姿を見つけ、おや、と首を傾げた。


「あれ、先輩じゃないっスか?」
「え? あ、ホントだ」
「おーい、〜! やっほ〜!」


 話がそらせる! と菊丸は桃城に掛けた腕をほどいてぶんぶん振った。
 げほ、と桃城が息を整えている間に、菊丸の大声に振り向いたは少し驚いた顔で近づいてきた。


「なんだ、いつものメンバーが揃いも揃って。何か悪巧みか?」
「酷いなぁ、。悪巧みだなんて人聞きの悪い」


 ちなみにこの面子は、よく簡単な賭け事をして罰ゲームをしているメンバーである。
 の場合は、不二の幼なじみという立場からか、巻き込まれる形ではあるが。
 そして、は乾の密かな思い人だったりもする。


「今から菊丸先輩の奢りで食いに行こうってとこッス」
「おチビ、まだ言うか!」
「俺達は部活帰りだよ。このメンバーなのは偶然。は買い物か?」


 乾の言葉に、ああ、と頷いては手に持った袋を軽く掲げる。
 その袋も背に背負ったナップザックも、かなりの量が入っているようだった。


「うわっ、これ全部チョコじゃないッスか!」
「……あ、バレンタインか! って手作りなんだぁ」


 製菓用の板チョコばかり入っているその袋を見て、桃城が驚きの声を上げた。
 間近のイベントを思い出した菊丸の言葉に、あぁ、と納得の空気が流れる。


「少し意外だな。はこういうイベント事には参加しないと思っていた」
「菓子作りもイベントも嫌いではないよ。ただ、それに付随する攻防が面倒なだけで」
「…………ぷっ」


 小さく漏らされた言葉に桃城達は不思議そうに周りを見渡したが、出所が解らず首を傾げる。
 は心持ち目を細めたが、それを断ち切るように、そうだ、とナップザックをおろした。


「丁度よかった。少し早いが受け取ってくれ」
「へ? …………うわぉ」


 手渡されたのは、手のひら位の大きさの包み。
 綺麗にラッピングされたその中には、更にその中で個別に包まれたチョコが入っていた。
 全員に同じ物が渡され、内心落ち込んでいる乾の横で、
 早速に礼を言って一つ口に含んだ桃城は驚きの声を上げた。


「うわっ! これ、めっちゃくちゃ美味いッスね!!」
「へえ、どれどれ……。うん、マジ美味い! これ店で売ってんのに負けないよ!?」
「喜んでもらえて嬉しいよ。お返しを楽しみにしている」


 淡々と言われたの台詞に一瞬場の空気が止まるが、
 一拍おかれて言われた 「冗談だ」 という言葉に盛大な安堵の溜息がこぼれた。


「越前、それ少しオレによこせ」
「冗談。これは俺がもらった分ッス」
〜、これもうちょいもらえない?」
「すまないが今は個数ギリギリなんだ。次に作る分が上手く確保できたら分けても良いが」
「ホント? んじゃオレ予約ね!」
「あ、ズルいッスよ! オレももっと欲しいッス!」
「俺も予約、いいッスか」
「俺も是非分けて欲しいな」


 次々申し込まれる予約に、は期待しないで待っててくれ、と肩をすくめた。
 桃城と菊丸が、どちらが一番予約かを決めるため、かなりの真剣顔でジャンケンを始める。
 決まった順番をノートに取った後で、そんな中一人予約の声が挙がらなかった不二を不思議に思い、乾が振り向く。
 するとそこには肩をふるわせて笑いをこらえている不二の姿。


「……不二?」
「あ、ゴメ…………。ちょ、我慢できな……」


 目の端に涙まで浮かべている不二に、乾はノートを取り出すと不二のページに 『笑い上戸』 と書き足した。
 その間に何とか笑いの発作を収めた不二は、不思議そうなチームメイトの視線をさらっと流し、不機嫌な幼なじみに笑みを向けた。


「相変わらず苦労してるみたいだね、
「……周助」
「え、なになに。何のこと?」


 軽く不二を睨むに、菊丸が二人の顔を交互に見る。
 どうする? と目で問う不二に、は顔を背けるが、無理に止めようとしないその態度に不二は了承の意をくみ取った。


はすごく料理が上手なんだ。これはみんな解ったよね?」
「はい、そりゃーもう」 
「で、のお兄さん達って、のこと溺愛してるんだよ」
「うんうん……は?」


 いきなり飛んだ話に菊丸達は首を傾げるが、不二は楽しそうに指を立てたまま説明を続ける。


「だから、お菓子作りなんてした日にはもう争奪戦。が誰かのために作った物だとしても、相手に渡す前に食べられちゃうなんて日常茶飯事だよ」


 、お菓子作り好きなのに、作る端から食べられちゃうんだもんね、という言葉には少し顔をしかめる。
 頬が赤いので、お菓子作りが好きだといわれて照れているのかもしれない。
 語られた内容に、菊丸は知らんかった〜、との顔を見、乾はノートに何かを書き込み、
 越前はもう一つチョコをつまみ、桃城は手の中の包みを凝視した。


「じゃ、このチョコ持ち歩いていたのってひょっとして……」
「家に置いておいたのでは全て食べられてしまうからな」
「……ご苦労様です」


 思わず頭を下げた桃城に、は苦笑を返した。
 家族のことは出来れば自分の口から語りたくはなかったのであろう。
 あまり他言はしないでくれ、と言っては軽く溜息をついた。


「でも、お兄さんの気持ちも解るッスよ。これマジで美味いし」
「それは褒め言葉と受け取って良いのかな、越前」
「勿論」
「しかし、かなりの量を作るんだな。そんなにあってまだ足りないのか?」
「あぁ、途中で材料が足りなくなってな」


 その言葉に再び不二の肩が軽く震えるが、は軽く一瞥するだけでもう表情は変えなかった。
 乾の質問はかなり的を射ている。確かにナップザックに入っているラッピングの数はまだだいぶある。


「そんだけあってまだ作るなんて、先輩どんだけ配る気なんスか?」
「いや、残りは一人分なんだ」
「は?」


 その言葉に思わずが今回買ったであろうチョコを見る。その量はかなりの数だ。とても一人分とは思えない。
 菊丸が、に、といたずらっぽい笑みを浮かべた。


「なになに、本命だから特別製とか〜?」


 その言葉には目を丸くしたが、ふっ、と不敵な笑みを浮かべて告げた。


「あぁ、特別な相手だよ」












、どうせだから一緒に帰ろう。荷物持つよ」
「あぁ、すまないな。それじゃみんな、また学校で」


 すちゃ、とが手を挙げて歩き出し、しばらくたってから桃城と菊丸の大声があがる。
 その驚きの声を背に、不二はおかしそうに肩をふるわせていた。


も言うようになったね」
「別にうそは言ってないだろう」
「まぁね。どうせならそれ、ウチで作ったら?」
「いいのか?」
「うん。が来れば母さんも姉さんも喜ぶし、裕太は当日まで来ないし」
「ならお邪魔しようかな。こればかりはつまみ食いされるのは絶対避けたいし」
「どうぞ。でも裕太も誕生日プレゼントに毎年チョコケーキばっかり頼むんだね」
「まぁ、男子中学生がこの時期に外でチョコを買うのは勇気がいるだろうからな」
「……からっていうのが意味あるんだと思うけどね」


 そう小さくない声で言われた言葉にも、は軽く笑みを浮かべるだけで応えない。
 ホント手強いよね、と不二は内心肩をすくめていた。




 そして。


「……………………………………」
「まだまだだね」


 未だ騒ぎ続ける菊丸と桃城のそばに、
 ノートを持ったまま固まる乾と、それらを横目で見ながらチョコを頬ばる越前の姿があった。




 本日の駆け引き:勝者、





*あとがき*

お久しぶりの乾先輩。というかこれは乾先輩ドリですか?(聞くな)
不二先輩は傍観者。誰の味方もしません。
頑張れ乾先輩(自分で書いておいて)


2005.02.12 伊織




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