温度「……で、話って何だ、」 「あの……マムシ……って、そんな、嫌ですか……?」 「………は………?」 「好きなのに………」 意味深な言葉で区切られ、海堂はそこにありもしない(であろう)意味を想像してしまい、ドギマギした。 しかしはそんな海堂には気付かず、話し始めた。 「クサリヘビ科。前牙類。全体、枯葉色をしている。 身体には銭形模様といわれる綺麗な模様を持ち 他のヘビに比べて太く短く、ずんぐりした印象を受ける。 頭は三角形をしていると言われるが、それほど三角形ではない。 日本に広く生息しているのはニホンマムシ。 全体に赤みがかった個体はアカマムシと呼ばれる。 また、対馬に生息するマムシはツシママムシと呼ばれ別種とされる。」 はまるでどこかのデータテニスプレイヤーの如くそこまでスラスラと喋った。 「………」 海堂はがマムシのトリビアを説明している間中呆気にとられていたが、 心の中のへぇボタンをひとしきり押し終わったあと重い口を開いた。 「………………随分詳しいな」 「はい、レッドデータブックにも載るくらいの動物ですから」 「……………………………そうか」 「……なんですか?」 「いや、なんというか」 レッドデータブックって何。 その一言が、言えなかった。 そうこうしている内に、数秒の沈黙が部室を支配する。 「……………………………………」 重苦しい空気が二人の間を流れた。 『お話があるんです』 と言われ部室に残った時、色恋沙汰には疎い海堂も、 いやまさかと思いつつも心のどこかで期待していたようだ。だが、話された内容は。 「そんなことを、話したかったのか…?」 「そんなこと…?」 瞬間、あの海堂もビビる程のメンチを切ったは 一昔前の少女漫画の如く瞳を潤ませ 脱兎のように部室を飛び出した。 「海堂先輩はマムシの何を知っているっていうんですかーーー!!!」 「(オ、オレが悪いのかーーー?!!)」 海堂の内なる悲痛な叫びは、なんとなく部室中に響き渡った。 ■■■■■ 。 1年生ながらも竜崎顧問・手塚部長の厳しい審査に合格した、 数少ない男子テニス部マネージャーである。 ミーハーな女子の立候補が多かったマネージャーの 見かけに反した地味でキツイ業務を、日々黙々とこなしている。 知識も(一部偏っている感はあるが)それなりにあり、体力も合格点。 何よりも、レギュラーであるなしに関わらず、 公私混同をせずにマネージャー業にいそしむ姿が部員に好印象を与えている。 惜しむらくは表情に喜怒哀楽が表れにくい点であろうか、 というのは3年レギュラーの某スキンシップ大好き少年の談。 それ故に、時折見せる貴重な笑顔を見たものは、心和ませることが多い。 そしてそれは、海堂にも言えることであった。のだが。 「おはようございます、海堂先輩」 「…あぁ」 次の日。 何となく気まずい思いを抱えたまま朝練にでてきた海堂を迎えたのは、 いつもとまるで変わらない練習風景であった。 昨日、二人で残ったことを知っている同学年のうるさい男や 何故か開眼して探りを入れてくる先輩の追及を何とかかわし、 相変わらず無表情に近い顔で仕事をするを気にしながら、 海堂は自分の練習メニューを消化していた。 胸にわだかまりを抱えながら。 「女子って、あんなモンなんスか……」 「……なにがだ?」 1日の練習が終わった後。 いつも通りに「それではお先に失礼します」と挨拶をして帰ったを、 何とはなしに呆然とした感じで見ていた海堂は、 夕暮れ染まる部室で、いつも通りなにやらノートに書き込んでいる乾に 思いあまって相談を持ちかけてみた。 「実は、昨日と話をして……」 一部始終聞き終わると、乾は感心したように言った。 「なるほど………それはなかなか大したマムシに関する知識だな」 「いや………そうなんスけど、今言ってるのはそういう事じゃなくて」 「じゃあ、あと、マムシが漢方薬に使われているのは知っているよな?」 「え、あ、はい」 「マムシの粉末は、必要な各種ビタミン、必須アミノ酸を多く含んでいる。 栄養面でも優れた生物であると言える。 かの楊貴妃を寵愛した皇帝も服用していたようだ…競争回春だな」 「……カイシュン?」 「精力剤だ」 ……解っていたのに……それくらい解っていたはずなのに…… ……不思議なものだな…… 何故人間は過ちを繰り返してしまうのだろう…… 海堂は思わず落ち行く陽を眺めてしまう。 太陽光が目にしみて少し目が潤んできたようだ。 「そんなわけで折り入って頼みがある」 「は………頼み……ですか」 「ええと……あったこれだ。 極秘裏に入手したマムシエキスを混ぜてみた。 厳しい練習にも耐えられるようにと」 そこまで言って、乾ははた、と気付いた。 「海堂………。 どこに行ったんだ……?」 ■■■■■ 夕暮れの風が身にしみる帰り道。 足取りも重い海堂は、とにかく今日は家に帰って少し休もう、と いつもからは考えられない事を思いつつ、家に向かっていた。 その途中。 「……何やってるんだ、」 「…あ、海堂先輩」 電柱の影の目立たない位置に、先に帰ったはずのを見つけ、思わず顔をしかめてしまう。 気が付いたのはうつむき加減で歩いたため、不自然な影に違和感を覚えたから。 もう少し暗くなっていたら通り過ぎていたかもしれない。 「あの、そこの公園でお話がしたいんですけど……いいでしょうか?」 小さな公園は、夕暮れ時のせいか子供の姿ももうなかった。 小さなベンチの端に座った海堂は、立ったままのに目を向けるが、 は顔を横に振るのみで座ろうとはしなかった。 「すみませんでした、昨日はあんな…」 「いや、謝る事じゃ」 「…部活後の疲れている時に、私ったら海堂先輩のことも考えずに長々と」 いや、謝るのはそこか。 心の内でのツッコミ回数が増えていくのを実感しつつ、海堂は口を開く。 「で、今日は何の話だ」 「はい。私は海堂先輩が好きです」 「………………っ!?」 「昨日から一晩考えた結果、要点のみを伝えた方が海堂先輩もお返事がしやすいと思いまして」 「………………」 「それで…その、……」 「………………」 「……海堂先輩」 「えっ! あ、あぁ」 思わず固まってしまった海堂を見るの顔が哀しそうなのは気のせい……か? 「…驚かせてしまってすみませんでした。明日からも、マネージャーとしてよろしくお願いします」 「…っ待て!」 『マネージャーとして』 つまり、今まで通り。 固まってしまった事を誤解しているの手を思わず掴み、海堂は必死に言葉を探した。 「そうじゃねえ…いやとか、迷惑とかじゃなくて、その、……嬉しくて、驚いただけで」 「え」 「オレも、その……の事が、…気になる、から」 「……ありがとう、ございます」 いつもと変わらない表情だが、声に喜びと安堵の響きを感じ取り、海堂は胸をなで下ろした。 話している間に周りは既に薄暗くなってきている。 大丈夫、と断るの言葉を押し切って、海堂は帰り道を送っていくことにした。 「…くしゅっ」 「風邪か?」 「あ、いえ、少し冷えただけで」 「……あんなところで待ってたりするからだ」 深く考えずに取った の手は、気が付くと驚くほど冷たかった。 「…」 「私、冷え性なんです……海堂先輩の手、暖かいですね」 「なっ……ま、まぁ、カイロ代わりくらいにはなるだろ」 「……ありがとうございます」 ほんの少し、しかし確かに嬉しそうに微笑むに、海堂は耳が熱くなるのを止められなかった。 キミの温度と自分の温度。 今はこんなに差があるけれど、 側にいれば、いつかは同じ体温に。 「あ、そうだ。海堂先輩」 「なんだ」 「実は、一つお願いがあるんですが」 「………なんだ」 「…マムシ先輩ってお呼びしても良いですか?」 「断る」 …きっと、いつか。 *あとがき* 元ネタ提供:マイラバー・柚子っち 最初はギャグのみだったはずのお話。最後に何故か甘くなりました。微甘? そして、今回の作品は柚子のドリーム入門記念でもありまして。 ようこそ、柚子! もっとハマって萌えトークに花を咲かせよう! (私信) 2003.09.25 伊織 <<戻る |