優しさは人それぞれで。
君はとても優しい人だと思うけど?



*君は優しい人だから*






「しっかしさぁ、もなんだかんだ言って、行動力あるよねー」
「…そ? 朋ちゃん程じゃないと思うけど」
ちゃん」



 放課後の教室は、女の子のおしゃべりの場。
 本日の使用者は小坂田朋香、、竜崎桜乃の3名。
 3人で囲んでいる机の上にはお菓子が山盛り状態。
 …既に大半が空の状態のようである。



「何、私程って」
「…さすがに私、『える・おー・ぶい・いー』は言えないもん」

 手に持ったポッキーをぴこぴこと振りつつ、
 引きつった笑みでに詰め寄る朋香に、
 桜乃が慌てて口を挟む。



「で、でもこの前はびっくりしたよ。ちゃん、いきなり飛び出してっちゃうんだもん」
「いきなり、『玉砕してくる!』だもんねー」

 桜乃が握り拳で力説している横で、朋香はあきれ半分、感心半分、といった風だ。
 は半笑いの状態である。



「で、なんで急にリョーマ様に告白しよう何て思ったわけ?」

 笑ってはいるが、目は真剣な朋香に、
 しばらく目を泳がせていたは観念したかのように朋香に目を合わせた。



「いきなり、って訳でもないよ。
やっぱさ、伝えなきゃわかんないだろうな、と思ったし。
朋ちゃんと一緒に見ていて、気持ち伝えたいなって思ったから」

 その顔は、以前朋香に『私も越前くん、好きだと思う』と言った時と同じ顔で。
 …真っ直ぐなんだよねぇ、と朋香は内心ため息を付く。



「…あの、ね。ちゃん。それでその…あの後…」

 もじもじと顔を赤くしてうつむく桜乃に、
 「?」の顔を向けただったが、
 朋香が先に桜乃の問いに気付いた。



「そーそー、いっつもはぐらかされるけど、今日こそ答えてもらいましょーか。
一体どうやってリョーマ様をおとしたワケ?」

 ぎく、と身体をすくませるに、にっこりと微笑む朋香。
 隣で桜乃は目をきらきらさせている。



「えー、いやー、だから、そのー、
…ふ、普通、よ? 何度も言ってるじゃない。
屋上で越前くん見つけて、付き合ってください、って告白して。
…いいよ、って言ってもらったって」



 椅子ごと後ずさるに、しかし朋香は追及の手をゆるめない。

「普通普通って、だから内容を詳しく教えてって言ってんじゃない。
それとも何? 言えないようなことでもしたわけ?」

 ぶんぶん横に首を振るだったが、口は堅い。
 桜乃は何を考えたのか顔を真っ赤にさせている。
 今日こそは口を割らせる、と意気込んだ朋香だったが、
 一瞬の隙をつかれ、にすり抜けられた。



「あ゛ー! また逃げるかー!?」
「そ、そろそろテニス部終わりの時間だし! ありがとね、また明日!!」

 言うが早いが走り去るに、桜乃が小さく手を振る。
 憤慨して腕組みをする朋香に桜乃が苦笑した。



「もー、今日こそは、って思ったのにぃ!」
「朋ちゃん、あんまりしつこく聞いちゃ迷惑だよ?」
「何言ってんの。桜乃こそ興味津々のクセに」
「そ、それはその、やっぱり気になるって言うか…あ。」
「なに?」

 の走り去った方向を見て固まった桜乃に、再びお菓子に手を伸ばした朋香が聞き返す。

「部活終わってるとは思うけど、…ちゃん大丈夫、かな?」
「………ヤバ」

 1、2秒固まっていた朋香は、椅子を蹴立てると教室を飛び出した。

「ま、待ってよ朋ちゃん!」

 桜乃は倒れた椅子や机の上のお菓子を大急ぎでかたづけると、
 朋香と自分の鞄をもって駆けだした。







■■■■■



 部活も終了間近なテニス部。
 そんな中、ある一角でちょっとした騒ぎが起こっていた。



「おっちびー、今日は逃がさないぞ〜?」
「…別に逃げたりしないッスよ」

 後からのし掛かられ、リョーマは菊丸を睨み付ける。
 その顔には多少の焦りが見えた。

「エージ、放してあげなよ。越前君には大事な彼女が待ってるんだから」
「そーそー、愛しの彼女が待ってるんだよなー?」

 とてつもなく楽しそうな顔でからかうのは不二と桃城。
 言葉とは裏腹に、双方助ける気はないらしい。

「越前のここ数日の行動を見ていると、部活終了から部室へ行くまでの平均時間が1分48秒。
着替えにかかる時間が1分20秒で校舎にはいるまでが1分フラット。
2週間前と比べて約5分の1の速さだな」
「…計ってたのかい、乾?」

 怪訝そうな河村に当然と言った顔の乾。
 ちなみに、既に片づけに入っている河村はラケットは持っていないようだ。

「………ふん」
「………………」

 海堂と手塚は我関せず、といった態度である
 手塚の眉間のしわはなかなかに深いが。



「エージ、ホントにそろそろ放してやりなよ………ん?」

 やんわりと、越前の解放を勧めた大石は、
 何かに気付きコートの外へと目を向けた。

「あれ………越前、呼んでるんじゃないか?」

 その言葉に目を向けると、
 そこには越前の名を呼びながら駆け寄ってくる少女。
 未だ背に乗っていた菊丸を振り落とし、リョーマは駆け寄った。

「……は?」
「りょ、リョーマ、様、、来てます?」

 期待した少女ではないことに落胆しながら、リョーマが出した疑問の声に被って、
 朋香は切れ切れの声を発する。
 しかし、互いの質問内容から察した二人は、そのまま校舎へと駆けだした。







■■■■■



 教室を飛び出した後。
 は目的地であるテニスコート…からは見えない、校舎の裏側へ来ていた。
 周りには女生徒が10数人。道すがらつかまったお姉さま方である。



「いい加減にしなさいよね!」
「あんなに言ったのにまだ分かんないわけ!?」
「リョーマ君が優しいからってつけあがって!」
「迷惑かけてるのわかってんでしょう!?」
「あんたなんか全然釣り合ってないんだから!」
「さっさと別れなさいってば!!」



 右から左へ抜けていく言葉たち。
 ステレオ状態で言われるとすでに『言葉』というより『音』に近い。
 は無表情。泣いても笑っても相手の気に障るなら、表情にまで気を遣ってられない。


 テニスコートの近くでないだけ、まだマシかな、と顔に出さずに考える。

 以前は手塚先輩に見つかって「変な騒ぎを起こすな」って迷惑かけて。
 越前くんの練習も邪魔しちゃって大変だったし。
 それからはもっと越前くんのファンの人たちに目つけられちゃったし。
 …逆恨みだと思うんだけど。

 その日以来、テニスコートにはあまり近づいていない。
 寂しくはあるが、騒ぎを起こすのは本意ではないし、
 何よりリョーマに直接言われてしまった。
 「しばらく練習は見に来るな」と。

 朋香と桜乃と共に教室で練習を見る、という妥協案を出してくれた朋香にはひたすら感謝である。



「ちょっと、何ふぬけた顔してんのよ、聞いてるの!?」

 腕を掴まれ、思考の海から引き戻される。
 リーダーらしいこの女生徒は、見覚えがある。
 確か前の騒ぎの時にに最初に声をかけてきた人だったハズ。
 そんな今は関係ないことを考えてみたりする。
 とりあえず、返事をしようとは思うのだが。



「…ですから。私は別れるつもりはありません、とさっきから」



 けんけんごうごうわいわいきゃあきゃあわんわんきゃんきゃん
 ――― 一言言えば百返ってくる状況で、会話が成立するのはなかなかに難しい。



 それでも、聞き逃せない言葉はあるわけで。





「まったく、リョーマ君の気が知れないわ。こんなつまらない子と付き合うなんて」
「案外、断るのがめんどくさかっただけなんじゃないの?」





 静かに、の目に力がこもる。
 少女達は気付かずに言葉を続けようとしたが、
 腕をふりほどき、近づいてくるに言葉を切った。



「先輩達が私をどう悪く言おうが別に構いませんが、越前くんを貶めるのはやめてください。
越前くんは優しい人ですから、めんどくさいなんてそんな理由で人と付き合ったりしません。
私と付き合うのが嫌なら、きちんと言ってくれます」



 先ほどまでと打って変わり、強い瞳で話すに気圧され、少女達は言葉を失う。
 次に発せられた声はとも少女達とも違うものだった。



「…………その通り、だね」

 少女達の後方から姿を現したリョーマの瞳の光は鋭く冷たい。



「付き合ってんのは俺とだから、二人の事に外野が口出しすんの止めてくれる?
俺、こーゆーの嫌いだから」



 口を開こうとした少女達は、リョーマの瞳と言葉に退散するしかなかった。





ーーーーーーっ!!」

 リョーマに遅れてを見つけた朋香は、押し倒さんばかりの勢いでに抱きついていた。



「殴られてない? 蹴られてない? どっか切られたりしてない!?
んもー、何のために私たちがなるべく一緒にいたのか忘れたんじゃないでしょうね。
がリョーマ様のことで嫌な思いするなんて、私許さないからね!?」

 ホントに痛いところ無いでしょうね、と朋香は全身チェックを始める。
 幸い、掴まれた腕はさほど痛みをおぼえなかったは微笑む。



「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

 その微笑みに一応安心した朋香はそれでも一通りチェックをしてからを解放した。
 その間、不機嫌そうにじっと二人を見ていたリョーマには目を合わせる。



「越前くん」
「…何」
「心配掛けてごめんなさい」
「…別に」
「来てくれてありがとう。嬉しかった」
「……………」

 帽子を引き下げながら、礼を言われる事じゃない、と小さな声で言うリョーマの顔が、
 何とはなしに赤い様に見えたのはの気のせいだろうか。



「…俺、部活戻るから」

 飛び出してきた自覚が一応あるリョーマは、
 グラウンド何周になるか、と考えて少し顔をしかめる。

「あ、じゃぁ私は」
「ねぇねぇ、もう部活終わりだし、コートの近くで待ってようよ!」

 教室で待ってる、と言いかけたの言葉を遮り、朋香がの腕を取り歩き出す。



「と、朋ちゃん、でも、やっぱり私教室で待って」
「いーよ。今日はもう目の届く所にいてくれた方がマシ」
「え」

 リョーマの声に思わず目を丸くして凝視するからリョーマは目をそらす。
 確かにさっきの今で絡んでくる女生徒はいないかもしれないが、



 じゃ、先いってる、と駆けだしたリョーマの後ろ姿をはきょとん、と見ていたが、
 朋香はそんなに構わず、の腕を半ば引きずりながら、
 嬉しそうにコートへ歩き出した。






■■■■■



 罰則(結局グラウンドを30周走らされた)を終え、
 かなり話を聞きたがっていた朋香や桜乃・テニス部レギュラーの一部に別れを告げ。
 二人で歩く帰り道、リョーマはしばらくの間黙っていたが、
 いきなり立ち止まるとに向き直った。



「…さっきの」
「え?」
「めんどくさいなんて理由じゃ、ないから」
「……………」
、ああ言ってくれたから、正直助かって…ああ、いやそうじゃなくて」



 くそっ、と言葉を探すリョーマに、
 思わず目を丸くして立ちつくしていたは、ゆるゆると笑顔を向ける。



「ありがとう」
「え?」
「…不安、ないわけじゃなかったけど。」





 言葉で伝えるだけが優しさじゃなくて





「越前くん、やっぱり優しいね」
「なんでそーなるワケ?」
「私が、そう思うから」
「ヘンなの」





 伝えたいと思う想いこそが優しくて





「やっぱり今度、朋ちゃんたちと練習見に行くね」
「そうそう俺がいけるとは限らないんだけど?」
「越前くんに頼ってばかりじゃダメだしね。今度は一人で切り抜けてみせるよ」
「…上等」





 再び歩き出した二人の笑顔は、力強く、そして柔らかかった。








*あとがき*

ドリーム初作品。書き上がったのは3番目。…おや?
ちなみに書きたかったのは朋ちゃんとの友情。
S&T男主人公では毎回告白するほどに好きでした(違)
閑話休題。
難産でした、ひたすらに。
好きすぎて書けないって本当だなぁとしみじみと感じた作品です。

2004.02.25 伊織



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