テニスの練習は途中で終了。
 せっかく休日に逢えたのに、もう帰るっていうのははっきり言ってイヤだったけど。
 それでも疲れた体を無理してまで、と思ったから。
 ……なのに


*寄り道*




「そこのお嬢さん、ちょっとお茶してかない?」

 そんな声が後ろからかかったのは、とリョーマが練習場所の公園から歩き出して少し立った頃。
 聞こえたと同時にリョーマはの手を取り、すたすたと歩き始めた。


「あらら、無視〜? ね、ほんのちょこっとでいいからお話ししようよ」

 なかなかしつこい相手には文句を言いたくなるが、
 反応すればそれだけ相手を喜ばせると一応解っているので口を閉ざす。
 リョーマは更に歩調を速めようとした。だが。


「おいおい、つれねーな。返事位したっていいだろう、リョーマ」

「……えっ」



 聞こえた名前には思わず声を上げ歩調を緩める。
 リョーマは明らかに舌打ちをしてから足を止め、振り返った。
 そこには作務衣姿の一人の男性。



「……ねぇ、なんで、ここにいんの」
「ん〜、散歩?」

 一言一言噛みしめるように言うリョーマに、飄々と答える相手。
 知り合いと思える会話にが小首を傾げていると、
 その視線に気付いたリョーマが、睨み付けていた瞳を和らげてに向き直る。


「えっと……お知り合い?」
「いや、赤の他人」
「リョーマ、さすがのオレでもちょこっと泣いちゃうよ?」

 すぱっと言い切られ、本気で泣き真似まで始めるのを見て、
 リョーマは痛む頭を押さえ溜め息をついた。


「泣けば勝手に。ほら、行こう」
さんって言うのか。名前は?」
「……いい加減にしろよ」
「ん〜、可愛くないなぁ。おとーさまにその口の利き方はどーよ?」


 ・ ・ ・



「……お父さん?」


 会話を頭の中で整理してようやく声が出る。
 の言葉にリョーマは小声で散々悪態をついた後、苦虫をつぶした顔で頷いた。


「不肖の息子がお世話になってるね。コレの父親で越前南次郎。 『南次郎さん』 って呼んでね♪」
「……コレの相手はしなくてイイからホントに」
「ウチ近いから、ホントにお茶でも飲んで行きなよ、な」
は疲れてんだから、今日はもう帰るんだよ」
「ウチで休んでもらってもイイだろ。なんたって大事なオトモダチ、なんだしよ」


 微妙なアクセントでいわれた言葉に、リョーマが瞬間詰まる。
 その間に、南次郎は二人の会話で呆然となっていたの手を引き、家に向かい始めた。



■■■■■




「あの、本当に良かったんですか?」


 あの後。
 リョーマがなんとかを南次郎から離そうとしたが果たせず、
 は越前家でお茶をご馳走になっていた。
 突然の訪問で迷惑だったのでは、と聞くと、南次郎は笑顔でいーのいーの、と返す。
 だが、不機嫌顔のリョーマを見ればその言葉も簡単には受け入れられずには小さくなってしまう。


「そんなに気ぃ張らなくていいから。リョーマも少しは機嫌直せ」
「親父が不機嫌にさせたんだろ」
「ったく、こんな無愛想なヤツでゴメンなー?」


 話を振られては首を急いで横に振り、気付いて顔を真っ赤にする。
 そんなを見て南次郎は満足そうに笑う。
 リョーマは未だ不機嫌顔で、そんな南次郎を睨み付けていた。
 そんな視線をものともせず、そういやぁ、と声を上げる。


「フォームだったらオレも見てあげようか。練習途中で終わって物足りないだろ」
「……なんでそんなこと知ってんだよ」


 南次郎の口から出た言葉の内容に、リョーマは不機嫌顔をそのまま南次郎に向ける。
 笑顔が瞬間しまった、という顔になり、南次郎は目をそらした。


「さて、なんのことだか……」

 傍目に見ても 「何か隠してます」 と言わんばかりの態度に、
 も不審に思い疑問の目を向ける。
 リョーマは思いついた内容にまさかと思いつつも疑いの目を反らさない。

 そんな二人の視線を受けて、南次郎はそれより! と話を強引に反らした。


「そもそもウチの裏使えばよかったじゃねーか。あんな近くのトコ行くくらいなら」
「裏?」


 冗談じゃない、とリョーマが思ったのと同時に、の不思議そうな声が上がった。
 止める間もなく南次郎が裏のコートのことを話し、が感嘆の声を出す。
 その瞳が楽しそうに輝くのを見て南次郎は立ち上がる。


「よしリョーマ、ちょっとつきあえ」
「は?」
「打ち合い見るだけでも勉強になんだろ、ほら準備準備」


 いきなりの言葉にリョーマはまばたき、イヤな顔をする。
 そんな二人を見ては驚いて止めに入った。


「そんな、越前くんも疲れてるし、越前くんのお父さんにそこまで迷惑」
「ぜーんぜん迷惑なんかじゃないって。それより南次郎でイイっていってんのに」
「アホらし」


 横を向いてぼそっと呟いたリョーマの言葉に、南次郎はにやっと笑ってリョーマの耳元へ小声で何事か話す。
 途端にリョーマは立ち上がり、南次郎を睨み付ける。

「っうるさい!」
「ほらほら、ちゃんと準備しろって。少しは手加減してやっから」
「いらない。全力でブッ倒してやる」
「イイトコ見せようとして力むなよ〜」


 ラケットを取り出し先に行くリョーマに手を振り、南次郎が笑顔で振り向く。
 は訳の分からぬまま進んだ話に目をぱちぱちさせていたが、
 南次郎に促され急いで後について行った。




■■■■■



 いっそのこと泊まっていけば、との南次郎の言葉を辞退し。
 あっという間に夕闇に落ちた道を、はリョーマと二人歩いていた。
 はリョーマに今日の礼を言うが、返事は素っ気ない。

 送る際に南次郎に何事か色々と言われたリョーマは言葉少なで、不機嫌に見えた。

「和風のおうちなんだね」
「うん?」
「洋風の家かな、と思ってたから、ちょっと意外だった」


 の突然の言葉に、リョーマは目を丸くする。
 なんで? と聞けばなんとなく、との返事。

「イメージ……かな。ゴメンね勝手に。イヤだった?」
「別に」
「テニスコートはすごく越前くんらしいよね。あ、らしいってヘンかな?」
「いや……そう?」
「二人の打ち合いも凄かった。いつもお父さんと練習してるの?」
「……っ」



『なんだリョーマ。オレはお父さんって呼ばれた方がいいか?』



 何気ないの言葉に南次郎の声が蘇り、頭を一つ振って南次郎の顔を追い出す。
 そんなリョーマを見ては小首を傾げたが、
 何でもない、という言葉にそう? と返し、言葉を続ける。
 打ち合いを見たときの興奮が続いているは、
 薄闇の中赤くなったリョーマの耳には気付かなかった。






*あとがき*

お題 「うたたね」 を先に読んだ方がわかりやすいです。
あとがきに書くな、と言われそうです。はい、すいません。

リョーマくんドリです。南次郎さんドリではありません。
途中南次郎さんとリョーマくんの会話で脱線すること数回。
書いててすごく楽しかったです。がんばれ青少年。
ヒロインセリフ少ない……!
疲れと眠気から言葉が少なくなってるってことで(殴)

この話は私にしては奇跡的な速さで書けました。
書き上がってまず自分がビックリしたほどです。
そんなわけで(?)このリョーマくんはいつもお世話になってるEさんに (勝手に) 捧げます(迷惑)



2004.06.01 伊織




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