キミの吐息を感じるくらい
 側にいたいと思っていたんだ


*cool down summer*




 聞き覚えのある声が遠くで聞こえて、リョーマはゆっくりと目を開ける。
 ぼんやりと見えるのは見慣れた自室の天井。
 やけに重く感じる腕をのろのろと持ち上げれば、
 視界にうつるのはいつもと変わらない自分の掌。


「ゆめ……?」

 手を落として顔を覆い、ため息を一つ。
 視界が遮られると、耳に触る蝉の鳴き声ががやけに響いて聞こえてきた。

 本日の練習は午前のみ。
 少しは休みをよこせ! という連日の練習にバテた一部の部員の声により
 急遽午後は自主練、ということになったのだ。
 この炎天下では逆に体力を削ることにもなりかねないとの判断があったらしいが、
 どうせならもっと早くそういうことは言ってほしかった、とリョーマは思う。
 なにしろ、このことを知らされたのは当日だったので。


 帰ってからはやはり暑さが体に響いたのかそのまま倒れるように眠ってしまったらしい。
 横目で時計を見ればそろそろ夕方という時刻。
 だがカーテンの隙間から見える太陽はまだまだ高い位置にあるように見える。

「暑……」


 寝返りを一つうち、そのまままた寝てしまおうかとも思ったが、
 寝汗と蒸し暑さが気になってしまい仕方なしに起きあがる。

 しばらくぼーっとしていたが、だるい体をなんとか動かしのろのろと着替えた。
 汗を吸ったシャツを放り投げ、新しいシャツを適当に着込む。

 とりあえずなにか飲み物でも飲もうと思い、
 リョーマは部屋を出ると、欠伸をしながら居間に向かった。







「おー、起きたかリョーマ」
「……………………」

 寝ぼけ眼のまま開けたドアを、リョーマはそのまま閉める。
 そのまま数秒天井を見上げて首を傾げていると、反対側からドアが開いた。

「うわっ」
「なーにやってやがる」
「……別に」

 ノブをつかんだままだったためドアに引っ張られ、
 そのまま南次郎にぶつかりそうになりそうになったのを踏みとどまる。
 横から居間をのぞき込んでも、先程見たと思った人物はいない。


「ダメだ、まだ眠い」
「あぁ、さんだったら風に当たるって縁側の方行ったぞ」
「!?」
「お前も服ぐらいきちんと着ろってんだ」

 思わぬ名前に思わず南次郎を見上げるが、指摘されて自分の格好を見下ろす。
 特に問題があるとも思わなかったが、とりあえずボタンをいくつか締めてすそをしまう。

 頭の中にもやがかかっているのを半分自覚しながら、台所で水を飲み縁側へ足を向けた。





■■■■■





 縁側に足をおろしては外の風景を見るとはなしに見ていた。
 顔の熱さを自覚して手の甲で顔をこする。

「男の子、だなぁ」

 自分の口から零れた言葉に変な感じがして顔をしかめる。
 頭から離れないのは半眼でこちらを睨むような顔になっていたリョーマ。
 丁度今寝ているから、と聞いたから寝起きだったのだろう。
 元々すぐ帰るつもりだったのに、お茶の一杯でも、と引き込まれてつい断れなかった。

 頭を大きく一つ振って、先程見た姿を追い出した。
 それと同時にリョーマの足音に気付き、慌てて振り返る。
 服をきちんと着ていたことにほっとしつつ、なんとか笑顔を浮かべた。
 それでもその顔は、まだ少し赤かったが。



「え、越前くん、こんにちは」
「どうしたの今日は」
「あ、そのノートを、借りてた英語の、返そうと思って」
「……あぁ、あれ」

 確かに何日か前にノートを貸した覚えがある。
 だが、特別急ぐこともないのでほとんど忘れかけていた。

 だが、いざ渡そうと思ったノートを見つけられず、はわたわたと辺りを見渡す。
 と、リョーマの頭の上に、ぱすっ、と軽い物が乗せられた。


「ほれ、ノート。あ、これ居間に忘れてってたよ」
「あ、す、すいません!」

 ゆっくり振り返るリョーマの前で、南次郎はパラパラとノートをめくる。

「うっわ、なんじゃこの英文。今時こんなの使わんだろ」
「……そーゆーのはセンセーか教科書に言ってよ」
さん、実践英語手取り足取り教えようか」

 にっこりエセ爽やかに微笑む南次郎に、リョーマは取り上げたノートを振り下ろす。

 すこん! と角をぶつけられた南次郎は声もなく蹲りリョーマを睨み付けたが、
 不機嫌な目で睨み返され、口をとがらせて奥へ戻っていった。

 ぽかん、としていただったが、やがてくすくすと小さく笑い始めた。
 緊張した空気が和らいだのを感じてリョーマも肩の力を抜き、腰を下ろしてノートを横へ置く。


「ゴメンね、いきなり押し掛けて。今日も練習あったんでしょ?」
「ん。今日は午前だけで終わり」
「そうだったの?」

 実際には色々あったが、説明するのも億劫で頷いて返事をする。
 そっか、とは少し嬉しそうに呟く。
 そんなを見て、リョーマはそういえば、と首を傾げた。

「今日は用事あるとか言ってなかった?」
「あ、うん。買い物行こうと思ってたんだけど、一緒に行く予定だったお母さんが夏バテしちゃって」


 軽いものだと思うけど、今日は大事をとって休んでもらってるの、とは笑う。
 それで暇が出来て家で勉強していたら、借りていたノートに気が付いた、というわけだ。

「別に、いつでもいーのに」
「そういうわけにもいかないよ。……それに、ノート見たら会いたくなっちゃって」

 家の前まで来てから、練習でいないと気が付いた。
 ポストに入れていこうか持って帰ろうかと悩んでいるうちに南次郎が顔を出し、
 ほっとして言伝を頼みノートを渡そうとしたら、いると聞かされて思った以上に心臓が騒いだ。
 今も心臓の鼓動は速いまま。


 リョーマはの言った内容に目を丸くして凝視する。
 視線に気付いたははにかんだように笑った。
 瞬間、リョーマは眩暈のような感覚に襲われて目を瞬く。


―― 会いたくなって

 耳の奥で、声が聞こえる。
 それはつい先程の――

「…………」
「え?」
「髪。触っても良い?」

 突然の言葉には驚くが、断る理由もないので軽く頷く。
 リョーマの手が、顔の横の髪を軽く触る。
 手の熱を感じて視線を横にずらすと、いきなり頭を抱きかかえられた。

「きゃっ!?」
「おなじ」
「えっ?」
「……でも、ちがう」

 さっきと同じ声。
 さっきよりもずっと柔らかい感触の髪。
 言葉が重なる。
 薫りが満ちる。

 ふれあった体温が高まり、境界がどんどん曖昧になる。


「あの、えちぜんく」
「リョーマ」

 密着したリョーマの体から声が直接響いてくる。


―― 同じ言葉、同じ声

―― 違う感触、違う香り


「呼んで。名前」

―― 夢と、同じように

―― 












 閃光が走り、リョーマの腕がびくっと震える。
 力が一瞬抜けた隙には立ち上がり、駆け出していった。
 轟音が続き、あっという間に土砂降りの雨が降ってくる。

 呆然との背を見ていたリョーマは、いきなり頭を殴られ蹲った。

「……ってぇ」
「なーにやってんだお前は」
「何って」
「こんな雨じゃ濡れるからって今引き留めてる。さっさと行って来い」
「は?」
「寝ぼけんのも大概にしとけ」
「寝ぼ……け」

 頭に手を当てたまま顔を上げたリョーマから、さーっと血の気が引いていく。
 ばっと立ち上がると、急いで玄関へと走った。


「暑いからねぇ。熱にやられたか?」

 そんなリョーマを見て南次郎はにやにやと笑う。
 夕立で少し風が冷えてきた縁側で涼みながら、
 南次郎はリョーマの必死の声を何とはなしに聞いていた。






*あとがき*

ごめんなさい(土下座)
書き上げて最初に謝りたい気持ちになりました。誰にかはよく解らないんですが。
書き連ねたら謝罪の言葉だけで埋め尽くされそうです。

私は夢に会いたい人とかほとんど出てこないんですが、
その代わりというか、色や感触なんかはあって結構リアルです。
怖い内容の時は目が覚めた後もしばらく動けません。怖さで。
どうせだったら楽しい夢を見ればいいのに、そういうのはあんまり覚えてないんです。悲しい。

リョーマくんに夢でも逢いたいと強く思う今日この頃。
枕の下に何か入れるか(実践済み・効果なし/笑)


2004.07.30 伊織




<<戻る