*変わらないモノ*




「なんかいい匂いがする」
「え?」


 ふと顔を上げて言うリョーマの言葉に、は周りを見回した。
 だが、特に 「いい匂い」 がするものも見つけられずに小首を傾げる。


「いい匂い、って……どんなカンジの?」
「ん……よくわかんないな。……シトラスっぽい匂いがしたと思ったんだけど……」


 微かなモノだったのだろう、既にほとんど解らなくなっているソレを、リョーマは瞳を閉じて探している。
 どうやらリョーマの記憶に引っかかってしまったらしいそれを、
 も見つけようと手持ちの荷物などを探ってみる。
 だが、下を向いていたが背後に気配を感じて振り返ると、リョーマの顔がすぐ横にあった。


「え、あの、リョーマ、く、ん?」
「見つけた」


 の声にリョーマはそれまで閉じていた瞳を開く。
 近い距離に目をぱちぱちとさせたが、真っ赤になって止まっているがおかしくて思わず小さく吹き出す。
 そのリョーマの反応に、からかわれたと思ったはぷいっ、と横を向いた。


「別にからかったワケじゃないよ。……、なんか付けてる?」


 軽く笑ったままの髪を手でいじるリョーマに、ふくれていたは、あ、と声を上げた。


「付けてるわけじゃないけど、この頃アロマテラピーやってるから。その香りが残ってたのかな?」
「アロマテラピー? そんなのやってたんだ?」
「うん、ここ最近ハマってて。でも匂いがそんな残ってるなんて、オイル多すぎたかな……」


 自分では全然解らない香りに、それでも言われて気になったのか、は服や肌を顔に近づけて匂いをかいでいる。
 そんなを少し訝しげな表情で見ていたリョーマは、指からこぼれ落ちたの髪に視線を向け、目を瞬いた。


「……ひょっとして、髪切った?」
「え? あ、うん。この前少しそろえたの」
「ふ〜ん」
「……へ、変、かな?」
「別に。いいんじゃない」


 素っ気ない声にがリョーマの顔をのぞき込むと、そこにはなんだかふてくされたような表情のリョーマ。
 今まで普通に話をしていたと思った所への突然の反応に、は軽い混乱に陥る。
 何か悪いことを言ってしまったかとぐるぐる考え込んでしまったに気付かず、
 リョーマは一つ息を付いて、いきなりの髪をぐしゃ、とかき混ぜる。


「うわっ!?」
「女の子ってズルいよね」
「は?」
「ある日いきなり変わっちゃってたりするから。こっち驚きっぱなし」


 口調も口元も笑っていたが、リョーマの瞳には拗ねた色が残っていた。
 は髪をなおしながらも、その言葉に瞳をぱちぱちとさせ。

「それ言ったら、リョーマくんも変わりすぎだと思うけど」

 小さくつぶやいて少し口を尖らせる。
 ちろ、と横目でリョーマを伺う視線は少し斜め上。
 出会った頃は確かに真横だったはずなのに。




「なんか言った?」
「んー、お互い様かなって」
「なにソレ」




 リョーマはリョーマで。で。
 変わっていないようでも、少しずつ何かが変わってる。


「この香り、気に入ったならリョーマくんも少し試してみる?」


 見慣れた笑顔のに、リョーマは毒気を抜かれたようにぽかんとした後で、いつもの表情で小さく頷いた。




 変わったことと、変わっていないこと。
 まずは現状確認をしっかりと。
 真ん中の大事なところは変わってないはずだから。





*あとがき*

中学生くらいの頃の変化ってめまぐるしすぎます。


2005.03.02 伊織




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