*あなたらしさ わたしらしさ*




 過ごしやすい温もりの昼休み。
 暖かな日差しのあたる芝生の上に、
 手塚は幼なじみのの寝そべる姿を見つけ、顔をしかめた


「…何をしている」
「うわっ……なんだ、手塚じゃん」

 びくっ、と体を起こしかけただったが、
 脅かさないでよー、と再び横になる。

 いつもよりも少し鈍い反応に違和感を覚えた手塚は、
 の横にあるビニール袋から覗く物をみて眉根を寄せた。

 それは、某栄養調整食品と牛乳パックの空き箱。

「何だこれは」
「えー? 私のお昼ご飯」
「お前、弁当はどうした」
「……寝坊した」

 だから、父さんからコレ分けてもらったの、とは空き箱を振る。
 確かにの父は仕事の忙しさから食事の時間をとれないことが多いので
 それを好んで食べていたが。


「なら、購買で何か買えばいいだろう。身体に障るぞ」
「いやぁ、今月ちょっとお財布がピンチで」
「…仕方のない奴だな。ほら」
「へ?」

 手塚から差し出された包みには思わず目を丸くして体を起こす。
 それはどこからどう見ても弁当箱なわけで。


「え、いや、手塚放課後も部活あるじゃん! 身体持たないよ?」
「それを言ったらお前もだろう。陸上部の練習の厳しさは俺も知っている」
「部活…は、私は大丈夫だから! 食べなきゃいくら手塚でももたないって」
「俺は購買で買う。遠慮するな」

「あー、そうだね。それじゃ私は購買で何か買って食べるから…」
「? 金が足りないんじゃなかったのか」
「えと、いや、そう、友達! 友達に借りるから!」
「何をそんなに嫌がっているんだ?
は母さんの作った料理は好きな方だと思ったが」
「うぐ」


 言葉に詰まったに、
 手塚はいつまで経っても受け取られない弁当の蓋を開け、差し出す。

 そこには見目も整った、確かにの好きな料理。
 だが。


「人間も光合成できたらいいのに…」

「何だと?」

「あれ? 手塚とさんじゃないか」


 顔を背け、芝生を睨みながらこぼすの声。
 不可解な言葉に思わず聞き返した手塚の声に、大石の声が被さった。


「二人でお食事中? ひょっとして邪魔だったかな」
「いや別に…」
「じゃ、私これで!」


 からかい口調の不二の言葉に否定の言葉を続けようとした手塚だったが、
 そちらに意識を向けた途端が逃げ出し、呆然としてしまう。


「なになに〜? 手塚、とケンカしたの?」

 の元いた場所に座り、菊丸は自分の弁当を食べながら手塚をのぞき込む。
 大石と不二も芝生の上に座り食事をはじめるが、手塚はの走り去った方を向いたままだ。


「コラ、英二。口に物を含みながら喋るのは行儀悪いぞ」
「ほーい。あーあ、やっぱこれじゃ足りな〜い。
ねぇ手塚、そのお弁当食べないの?」

「で、結局何があったのさ、手塚?」
「…あ、あぁ」


 ようやく3人に目を向けた手塚は、かいつまんで先ほどの会話を話す。
 かなり混乱した状態の手塚が話すそれは、あまり要領の得ない物だったが。


「ふーん、あのちゃんがねぇ…」
「めっずらしいの。いっつも見てて気持ちいーくらい食べてんのにさ」
「まさか、さん」


 考え深げに声を出す大石に3人が怪訝な目を向けると、
 「無理なダイエットでもしてるんじゃぁ…」 と深刻な声を出した。


「…だいえっと?」
「えー、まっさかあ」
「うん、ありえなくはないね。女の子はいつも綺麗になりたいって思ってるものだし」
「そうなのか? じゃあやっぱり」
「それこそありえねーだろ。あんまそういうこと気にしないタイプじゃん、って」

 卵焼きをつまみながら言う菊丸に大石は 「そんなことないだろう」 と諭す。
 手塚はまたしても動きが止まってしまった。
 不二は小首を傾げて続ける。


「女の子は恋をすれば綺麗になるっていうけど、
片思いで、相手に気付かれないようだったら努力しようとも思うんじゃないかな」
「恋? …え、さんが?」

 同じクラスなのに全然知らなかった…と慌てる大石を横目で見て、
 鶏肉の照り焼きを口に放り込んだ菊丸が手を舐めながらにやっと笑う。


「そっかぁ、そうかもねー。このごろ綺麗になってきた気がするしぃ?」
「そうそう、それにそういう時って歯止めが利かなかったりするからね。誰かが止めないと」
「そうだよな。そんなことしなくたって、さん充分綺麗なんだし」
「あっれー、大石ってのこと好きなのー?」

 ハムのアスパラ巻を手にからかう菊丸に、
 「お、俺はただクラスメイトを心配して!」 と大石は慌てる。


「で、手塚。こういう時幼なじみって相談に乗ってあげたりする物だと思うけど」
「……俺、がか?」

 話を振られ、ようやく手塚は動き出したが、
 あまりに慣れない話題に眉間のしわを深くする。

 しかし、
ちゃんの幼なじみは君でしょ?」
 という不二の言葉にしばし考え込む。
 そして。

「菊丸」
「んー、何、手塚。ご相談?」

 相談料高いよー、とリンゴの蜂蜜付けをくわえながら話す菊丸に顔を向け

「人の弁当を無断で食うな。グラウンド50周」
「んげ」

 手塚は厳かに言い放った。







■■■■■





 その頃、逃げだした
 走ったことで体力を消耗し、校舎の壁にもたれていた。
 息を整え、なんとか立ち上がれるまでしばし。


「私のばかたれー。ただでさえ少ない体力を…!
あーあ、手塚不審に思ったろうなぁ…」

 厳格な性格の幼なじみの顔を思い出し、溜息をつく。
 しかし仕方ないのだ。

 話せない。話してはいけない。絶対話せない。
 話したら、呆れられるか叱られるか笑われるか。


「…3番目はないな、うん」


 自分で考えて虚ろに笑うに、横から声がかかった。


「あれ、さんここにいたんだ」
「…部長」
「今日の練習に変更があってね。教室行ってもいなかったから探したよ」
「あ、すいません。その、実は…」










「…?」


 あの後、片づけを終え購買へ向かった手塚は、
 校舎の角を曲がったところでに気が付いた。

 声をかけようかと思ったが、の前に陸上部の部長の姿を見つけ一瞬躊躇する。


 は顔を赤くしてしきりに頭を下げており、
 部長の方はそんなを見てわずかに笑っていた。


『女の子はいつも綺麗になりたいって思ってるものだし』
『恋? …え、さんが?』
『このごろ綺麗になってきた気がするしぃ?』



 頭の中がわんわんと煩い。
 あれは、誰だ。
 あんな表情のは、知らない!



!」
「え、て、手塚?」
「じゃ、さん。それじゃ」
「あ、部長、よろしくお願いします!」

 わかってる、という言葉と、ほっとしている姿にいらつき、
 手塚はの肩をつかむ。


「あの男なのか」
「え、」
「お前を変えたのはあの男か」
「何、手塚」
「お前が見ているのはアイツなのか!」


 滅多に見ない、感情を高ぶらせた姿の手塚には目を丸くしたが、
 その言葉に目をしばたたかせ、手塚の両肩に手を置いた。


「ちょっとストップ。手塚、まず落ち着いて」
「…俺は落ち着いている」
「いやぁ、まぁ何というか勘違いというか思い違いというか
情報操作の匂いがぷんぷんするからさぁ」
「情報操作?」

 あからさまに怪しい単語に少し息を付いた手塚に、
 は先ほど見た顔触れを思い出し、慎重に質問をする。


「手塚、あの3人に何て言われた?」
「何、とは」
「吹き込まれたでしょ。特に6組の二人」









「私が、片思いをしていて、綺麗になるためにダイエットをしている〜!?」

 口の重い手塚から何とか聞き出した勘違い内容に、は空腹以外の眩暈を覚える。


 ―― 天然は時に手に負えないよ、大石くん…

 ―― あの二人は絶対わざとだ。解ってて言ってる

 ―― おのれ、3−6腹黒メイツ……!


 思わずうつむいてしまい、泣きたい気分になっただが、
 深呼吸して顔を上げる。





「手塚。アンタ何年私の幼なじみやってるの」
「15年だと思うが」
「うん。なら、私の性格も解ってくれてると思ったけど。
私は私だから、恋とかそう言う理由で私を変えたりしないよ」


 そう言う表情は確かに手塚の知るで。
 ほっとした手塚は基本的な疑問をぶつける。


「では、何故食事をとらない」
「んぐっ」
「体調管理の重要性は、もよく知っているだろう」

「……怒んない?」
「…内容による」
「絶対怒んない?」
「…わかった。言ってみろ」







「虫歯?」
「うん、右下。左の方で食べれば少しはマシなんだけど、それでもキツくて…」
「…………」
「絶対怒んないでって言ったよね」
「…呆れているんだ」
「さいですか」


 手塚は力を抜いての肩から手を外す。
 気付いても手を下ろす。
 掴まれた肩に鈍い痛みがあった。

「うわー、手塚握力強いよ。跡残ってんじゃないかな」
「…あぁ、すまん。動揺してしまって」
「ん、まぁ手塚の面白い顔見れたし、いっかぁ」

 上目遣いで笑うに手塚は顔をしかめるが、
 そろそろ昼休みも終わりだと気づき、教室へ戻ることを促す。




「それで結局、彼とは何を話していたんだ」
「…今日歯医者さん行くから部活休ませてくださいって」
「それで、何故笑われるんだ」
「…………」

「…虫歯だってみんなに内緒にしてて下さいって言ったの!
手塚の耳に入ったら絶対怒られると思ったから…!」

 そんなに俺は怒りっぽいと思われているのか、と言う手塚に
 手塚が怒ると迫力あるんだよ、とは返す。
 さらに顔をしかめる手塚に、それに、とは思う。


 ―― 手塚には、私の失敗知られたくなかったんだよ

 ―― 自分らしいままで横に並ぶことが出来るように


 声にならない思いを抱えつつ、
 不二達にはどういう対処をしてやろうか、という考えに
 は密かに没頭していった。






 二人で肩をつかみ合っているのを例の3人に見られ、
 抱き合って見つめ合っていた、と噂を流されるのはその日のうちのこと。













*あとがき*

手塚さんに叱られたら、そりゃ迫力あると思うのですよ。

てなわけで、お相手は手塚さんでした。
呆れられても肩身狭いですが。


某栄養調整食品は私の愛用食です。
ゼリータイプがいちばんのお気に入り。
…実際虫歯の時はお世話になりました。


手塚部長と大石さんは天然だと思います。
コレは絶対。


2004.04.13 伊織




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