*お弁当会談*




 チャイムと共に授業終了の挨拶がなされる。
 昼休みに入った教室内に緩んだ空気が流れた。

 そんな中、は一冊のノートを広げて一人唸っていた。


「んー……むー……ぬー……」
「あの、さん」
「うー……ん? 大石君、何?」


 寄せていた眉間のしわをぱっと消して振り向くと、そこにはクラスメートの大石の姿。
 とりあえずノートを閉じ、向かい合う。


「えっと……今、ちょっといいかな?」
「うん、構わないけど。何?」
「えーっとその……あ、今何やってたの?」
「え? あー……ちょっと次のテストのためにヤマ張りを」
「ヤマ?」


 覗き込んでみれば、机の上に置かれているのは、
 が不得意とする ――はっきり言ってしまえば苦手な―― 教科のノート。


「そっか、大変そうだね」
「あっはっは、ここまで来るともう何というか……あ、それで何?」
「え、あ、うん。実は頼みたいことがあるんだけど……」
「頼み?」
「大石!」


 歯切れの悪い大石の言葉にが首を傾げていると、廊下の方から声が響いた。
 聞き覚えのある声に二人が振り向けば、そこには手塚の姿。
 呼ばれた大石はに断りを入れてから手塚に近づいていく。
 そんな二人の姿をぼーっと見ていたは、ぽん、と手をあわせると、
 机の上を大急ぎで片づけ、カバンの中をあさりだした。


「悪いな手塚、遅れて。待ち合わせ場所に先に行っててくれて構わないよ」
「いや、そのことなんだが、実は弁当を忘れてしまってな。すまないが…」
「ほい、手塚」


 手塚と大石が話している横から差し出されたのは、手塚には見覚えのある弁当箱。
 思わず差し出しているの顔を凝視してしまう。


?」
「今朝手塚のおばさんに頼まれたの、渡してくれって。すぐ持ってこうと思ってたんだけど、遅れてゴメンね」
「いや、助かった。しかたないから学食に行こうと思っていたんだ」
「丁度良かった。さん、一緒に食べないか? 手塚、いいよな?」
「え? 何か部活の話とかあるんじゃないの?」
「……構わないが」



 突然の話に目を瞬かせただったが、
 手塚の返事と大石の笑顔に少し考えたあとで頷き、机から弁当箱を持ってきた。

 すでに手塚と大石はどこで食べるかは決まっていたらしく、は二人の行く先について行く。
 ついた先は屋上だった。


「二人とも、こっち」
「そんな隅っこで食べるの?」
「……あんまり人に聞かれたくないんだ」


 少し苦笑気味に言う大石の言葉には首を傾げるが、
 手塚も眉間にしわを寄せるだけで何も言わないので、おとなしく示された場所に座る。
 幸い風はあまりないので、肌寒さを感じる心配はない。
 弁当を広げると、話の内容は決まっていたのか、早速手塚が大石に話しかけた。



「週末のことだが……」
「うん。レギュラー陣は全員参加の約束を取り付けたよ」
「時間は」
「朝9時集合で……間に入れる休憩や食事の時間なんかも考えて、5時くらいまで」
「休憩時間を抜いたら正味6時間、といったところか。少し短くはないか?」
「苦手分野中心にすれば何とかなるんじゃないかな、と思うけど」


 交わされていく会話を聞いて、は首を傾げる。
 部活が違うのに、その活動内容を聞いていても少し肩身が狭い。
 思わずそーっと片手を上げ、二人をのぞき込んでしまった。


「あのー、大石くん。私ここにいていいのかな?」
「あっ、ゴメン。説明まだだったね」


 苦笑してに向き合うと、大石は頬を掻いて考え込む。
 手塚もに何を話すのかは知らないらしく、少し首を傾げている。


「えっとつまり…今週末手塚の家で、テニス部のみんなで今度のテスト勉強をするんだ」
「……テスト勉強?」
「そう。お互い得意分野の教科を教え合おうと思ってね」
「テニス部ってそういうとこ結構仲良いよね〜」


「それでその、さっきも言ってたけど、結構長い時間やるから、途中でみんなおなかがすくと思うんだ」
「そうだろうねぇ。お昼も挟むみたいだし」
「そこでさんに頼みたいんだけど、その日の食事、つくってくれないかな?」


「……は?」


 考えていなかった言葉に、思わずは気の抜けた言葉が漏れる。
 手塚も少し驚いた顔で大石を見た。


「大石、昼食は河村に頼むんじゃなかったのか」
「最初はそのつもりだったんだけどな。合間の軽食をどうしようかと考えていたら乾が何か作ってくると言い出して……」
「乾、が?」
「それを止めようとしたら、英二や桃が 『おやつはいくらまでか』 とか言いだして……」
「………………………………」
「思わず、レギュラー陣の飲食物の持ち込みは禁止、って言っちゃったんだ」
「……その方がいいだろうな」


 かすかに遠い目になっている手塚の姿を横目で見ながら、
 はテニス部以外にも噂が広まっている乾のことを考える。
 彼なら 『記憶力を鍛えるため』 などと言って、自作の独特の味の代物を持ってくるような気がした。



「だから、昼食もタカさんに頼むの取りやめになっちゃって。さんなら料理上手だし、頼めないかなって」
「良いの? 私陸上部だけど」
「ああ、そこら辺は構わないよ。さんなら顔なじみだし、得意教科教えてもらえると俺も助かる」
「うん、勉強会はとっても魅力なんだけどね……」
「それにさんの料理の腕なら俺達知ってるから、聞けばみんなやる気も出てくると思うし」
「……まぁ、合宿とかで量作るのはなれてるけど……」


 やはり違う部活の人間が一人紛れ込むのは少し気が引ける。
 そう思って考えこんでいると、大石がにっこり笑った。




「もしよければテスト対策用ノートのコピー、さんにも回すけど」
「是非やらせてください。お願いします」




 思わずは大石の手を取って真剣に答えてしまっていた。
 次の瞬間はっと気がついたが、まぁいいか、と笑みをこぼした。


「良かった。それじゃ頼むよ」
「うん、わかった。えっと、誰か苦手なものとかあるかな?」
「いや、特にないと思うけど……あぁ、今からみんなに聞いてくるよ」
「今から!?」
「うん、さんが参加するって事伝えてくるからそのついでに。その間に二人でメニュー少し考えておいてくれるかい?」


 てきぱきと弁当を片づけて立ち上がった大石に、そうだ、とが声をかける。


「どうせなら、みんなから一つくらいリクエストもらってきてもらえるかな? その方が作りやすいし」
「いいのかい?」
「思いっきりむずかしいのとかは無理だけど。大石くんは何食べたい?」
「うーん、そうだなぁ……何でも良いけど……あ、だし巻き卵とか、良いかな?」
「了解」



 二人に手を振って出ていく大石の姿を見送り、弁当を食べながら大まかなメニューを決めていく。
 とはいえ、大体がが案を出し、手塚がそれで構わない、と答えるくらいだったが。



「えーっとおにぎり系のご飯もの中心で、なるべく手が汚れないようなおやつを2・3種類。あとリクエスト待ちって所かな」
「ああ。よろしく頼む」
「まっかせといて。気合い入れて作るから」
「……、本当に良いのか?」
「ん〜? 週末はどうせテスト勉強しようと思ってたし、構わないよ?」
「陸上部では、何か集まりはしないのか」
「うん。ウチはそこらへん完全個人任せだから。あ、手塚は何かリクエストとかある?」


 特に嫌いなものとかなかったよね、と考えるに、手塚は少し考える。
 嫌いなものはない、が。


「クッキー」
「え?」
「前にが作ってくれた、薄いクッキーがあっただろう? 何という名前なのかは知らないが……」
「……………………」
?」


 困ったような驚いたような複雑な顔で、じっと見てくるに、手塚は目線を逸らす。


「いや、むずかしいものなら無理にとは言わないが」
「えっ、ううん。大丈夫、作れる作れる。レシピ覚えてるし、材料手に入るし」
「そうか。が作るものの中でもかなり食べやすいものだったから」


 また食べてみたい、とかすかに笑って言う手塚に、は思わず下を向いてしまう。
 まさか覚えていてくれたとは思わず、内心は喜びや驚きなどでぐちゃぐちゃだった。
 なにしろ、そのクッキーは手塚に食べてもらいたくて、色々試行錯誤して作ったオリジナルだったので。





「とりあえず、手塚。そういうことあんまり外では言わない方がいいよ」
「そういう……?」
「クッキー、食べたい、とか。食べ物に埋もれて死にたくなければ」
「…………?」




 下を向いたまま食事を続けるの耳はほのかに赤く、
 言葉の意味が分からない手塚は首を傾げたまま、そのことに気付いてはいなかった。





*あとがき*

コンセプトは、手塚部長は天然さん。
するっと嬉しいことを言ってくれるような。しかも言った本人は気付いていない。
実際にテニス部レギュラー陣が好きなものをぽろっとこぼしたら、
次の日には山ほどもらう羽目になるんじゃないかな、と思うんですが。


2004.10.22 伊織




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