不二家 妹 小学2年生 −わたしのおにいちゃん− 『「わたしのおにいちゃんについて」 2年5組 不二 わたしの一番上のお兄ちゃんは、変人です。 あじオンチだし、なにをするにしても ふつうならもっと手間がかかることを すぐにやりとげてしまうからです。 でも変人というとゴヘーがあるので、 みんなお兄ちゃんのことを天才といいます。』 そこまで書き上げて、私はふうっ、とため息をついた。 私は小学生だ。 「家族について作文を書いてきてください」 そんな宿題がでたとき、おもうぞんぶんブルーになることができた。 うちの家族を、作文に?! 私は頭がくらくらするのがわかった。 これはいじめだ。日本の教育制度の悪習だ。 私は、自分の家族のことを、 世間がいうほど評価していない。 世の中のテニス雑誌は やれ天才だ、天才の弟だ、ともちあげるが そんなものくそくらえだ、と思っている。 天才なんて、たんに人よりその技能を覚えるのが早いだけじゃないか! 「」 ドアをノックする音が聞こえて、私は身構えた。 諸悪の根元の声だ。 「入っていいかな?」 「入ってこな……!」 ガチャ。 「返事を聞きおわるまえにドア開けないで」 「あれ? なにか書いてたの?」 「関係ないでしょ! 勝手に入らないでよ、でてって!」 「あ。ボクのこと書いてるの?」 「やだ、みないでよ!」 「………。」 兄、周助はその作文用紙を見て、固まった。 まあ、当たり前だ。あんなにボロクソに書かれて、 気分のいい人間などいない。 いたらマゾヒストだ。 (しまった、周助兄ちゃんソッチのケもあるかも…!) そんな心配をしてしまったが、 それは無用だった。 周助兄ちゃんはすこし哀しげに眉を下げると、 「ごめんね、勝手に作文みちゃって」 と言って、部屋を出た。 「べつに、私が悪いわけじゃないもの…… そりゃ、あんなに書いちゃったのはやりすぎだったけどさ。 かってに見たのは、あっちのほうじゃない」 私は小学校の教室で、友人につらつらと語っていた。 きのうの晩のことを、ふらっと話したくなったのだ。 「うん、うん……まあね、それはなんともいえないんだけどさ」 うなづきながら、は何か言いたそうにしている。 「そもそも、なんではそんなにお兄さんのことが嫌いなわけ?」 私は、ぐっと詰まった。 それは話すと長い。 「嫌い、っていうんじゃないの。なんていうのかさ、 ………そもそも、なんでみんなあんな男がいいのかなあ?」 「へっ?」 はすっとんきょうな声を出す。 「あんな男って、、それはちょっとないよ! あんな素晴らしいお兄さん、めったにいないよ?!」 ああ、これだ。 私は昔から、こんな反応をずっと見てきた。 それは、あるいは保育園の保母さん。 「ちゃんのお兄さんは、本当にきれいなコねえ…… あらやだ、男の子にきれいなんていっても嬉しくないわよね」 「ハハハッ、いえ、ありがとうございます」 なにが、ありがとうだ、この兄は。 まんざらでもないような顔をしやがって。 実は、女装の趣味があるんじゃないのか。 その一瞬あと、女装した兄を想像し、 あまりに似合いすぎていたので愕然とした覚えがある。 「いいわねえ、あんな男の子がお兄さんで…… ちゃん、将来ぜったい彼氏なんてつくれないでしょう?」 小学一年生の頃、担任の教師は熱烈な周助兄ちゃんのファンだった。 はあ、と生返事で答える私。 将来など、わからない。彼氏がいようがいまいがどうでもいいが、 なぜそこで周助兄ちゃんのことを考えなければならないのか。 「やっぱりねえ……ああ、でもだめよ?! 日本では、兄妹は結婚できませんからね?!」 せんせえ、どこの国でも兄妹ではけっこんできないとおもいます。 そんな言葉を飲み込んだ遠い思い出。 …世間では、うちの兄、周助は美形という部類に入る、らしい。 そんなものは、よくわからない。 私はまだそんなことにくわしくないし、そもそも 生まれた時からずっととなりにいたような人間を、 きれいだとか、きれいじゃないとかって考えることがあるだろうか? そんなもんなのかなぁ、と思い、 私はいつか周助兄ちゃんに聞いた。 「ねえ、美形ってどういうような人のことをいうの」 周助兄ちゃんはちょっとびっくりしたような顔をして、 それでも次の瞬間にはいつもの微笑みで返した。 「そうだね……うちの家族みたいな人たち、かな」 ああそうですか、と私は心の中でつぶやき、 「ふーん…」 とあたりさわりのない返事をした。 「ところで」 「なに、周助兄ちゃん」 「……は美形の男の人が好きなのかい?」 「そうだな……」 「ん、どしたん?」 教室。私は長い回想をぬけだし、 目の前のに、話の続きをし始めた。 「わかった。さっきの、周助兄ちゃんのどこが嫌かって」 「あれっ、そんなこと言ったっけ?」 「言った」 物忘れしやすい友人に、ため息を殺しながら言った。 「自意識過剰なところが嫌いかな」 「おっ、おかえりー」 裕太兄ちゃんだ。 外履きをそろえて、スリッパをはきおえたころ、 ふろあがりの裕太兄ちゃんがでむかえてくれた。 あれ? いつもは寮に泊まりきりなのに。 「裕太兄ちゃんこそ、おかえり。 今日はどうしたの?」 「……ん、まあ、その。 姉さんのラズベリーパイを食いに」 「……なるほど」 つまり餌付けをされたと。 「か、母さんのカボチャ入りカレーもな!」 「わかったわかった」 「ところでこんな時間におふろ?」 「いや、汗かいちまってさ。 テニスの練習してたんだ。あんまりベトベトで気持ち悪いから」 裕太兄ちゃんは、人一倍練習をする。 (どっかのだれかとは大違いだよ) 「おかえり」 悪魔のごとき周助兄ちゃんの声。 「げっアニキ」 「あれ、裕太帰ってたのかい? 帰ってたなら言ってくれればいいのに」 「おあいにくさま!」 私は二人の話に割ってはいり、キッ、と周助兄ちゃんを睨んで言った。 「周助兄ちゃんみたいな人とは、家でも顔を合わせたくないの! あなたの、妹、弟はね!」 心の中で、なにかがはじけた。 自分の部屋のカギを閉める。 ウサギのぬいぐるみに顔をうずめ、うつぶせた。 なんであんなこと言っちゃったんだろう……? なんだか、がまんならなかったのだ。 いつもにこにこ笑って、すましたようにすべてを上手くやり、 この世の苦労などなにも知らないといったような顔をしている兄が。 「周助兄ちゃんはわからないでしょう?! 私たちみたいな、凡人には、やりたくてもできないこともある! それなのに、周助兄ちゃんはかんたんにそれをやっちゃう! なんだってそう! 私たちががんばって一つ山を登るたびに 周助兄ちゃんはもう見えないほど高い山を登っちゃってる! そうやって、周助兄ちゃんは私たちを見下してるんでしょう?!」 周助兄ちゃんは何も言わない。 ただ黙って、微笑むでもなく私の目をじっと見ているだけだ。 裕太兄ちゃんは、私の横で、私に何か言いたそうにしている。 でもそれは何を言おうとしているのかは分からない。 私はいたたまれなくなって、自分の部屋に駆けだした。 ドアをノックする音が聞こえる。 「だれ?! 周助兄ちゃんなら開けない!」 「裕太だけど」 私はすこし顔がほてるのを感じて、ドアのカギを開けた。 見ると、裕太兄ちゃんはお盆を持っている。 お盆の上には、紅茶セット。 「紅茶、飲むか?」 「………いただきます」 ガラスのテーブルのうえにそれをおいて、 裕太兄ちゃんは向かいに座る。 座布団掛けだから、すこし足を崩す。 「兄貴のことだけど」 「……うん」 紅茶の香りが気分を落ち着かせる。 あ、これ、ダージリンだ。 「は兄貴のこと、嫌いなのか?」 「嫌いっていうか」 「オレは、奴のことが嫌いだ」 そんな、すぱっと。 「得体は知れないし、 子供のころは朝ご飯は横取りするし、 鬼ごっこでは自分が鬼だってのにルール無視して逃げやがるし、 海で沖まで泳いだのにおいてったし、 なんでも笑ってごまかしやがるし…… ……なんか腹立ってきた」 「裕太兄ちゃん、おちついて」 「………ま、まあ、それでもだ。 奴も人間だ、たぶん」 「………それは、かばってるの、けなしてるの」 「いんだよ、それは! それでだな、認めたくないことだが、 しかも奴は人並み以上に俺たちのことを考えてくれている」 「……うん」 それは私も認める。 なんだかんだ言って、周助兄ちゃんは、 私たちのことを大切に想ってくれているのだ。 愛情表現が下手なんだよね。言ってしまうと。 「それは時々いやがらせに近いが」 「本当にね」 「わざとやってるんじゃないかと思うが」 「たぶん時々本当にそうだね」 「………それでも、あいつ、だんだん学習してるんだぜ? 本当にいやがったことは、次からしないんだ」 そうなんだ。 私は、考えてもみなかった。たしかに、思い当たることがある。 いつだったか、私が起きると家の中に誰もいなくて、 さみしくてたまらなかった。 どの部屋をさがしても、お母さんも、お父さんも、 由美子お姉ちゃんも、周助兄ちゃんも、裕太兄ちゃんもいない。 私が泣きじゃくってとまらなくなってしまったとき、 クローゼットから周助兄ちゃんがひょっこり現れたのだ。 それは、周助兄ちゃんが考えた、ドッキリのかくれんぼ大会だった。 「をびっくりさせたかっただけなんだよ」 周助兄ちゃんはそう言う。だけど、幼心に、 急に信頼する家族がいなくなってしまう怖さ、そんなものを感じて 私は泣きじゃくり続けた。 困ったような顔をした周助兄ちゃん。ぽかぽか殴る私。 あれから、周助兄ちゃんは、私の側から離れることが少なくなった。 しばらくしてうざくなったが。 「そっか……周助兄ちゃんも、完璧なんかじゃないんだね」 「………そうだな。というか、ほとんど子供だな」 「うん……そうだよね。私、大人げなかったかも。 ………謝ってくる。周助兄ちゃんに」 「ああ。 ……それと、これだけは言っとく」 「ん?」 「努力はムダなんかじゃない。それは信じろ」 「わかった。 ………裕太兄ちゃん」 「なんだ?」 「紅茶、砂糖入れすぎ」 5杯はちょっとね。 耳まで真っ赤にしながら謝った私を、周助兄ちゃんは 何も言わずに、いつもの微笑みでつつんだ。 「大丈夫。ボクは、なにがあろうとも、 キミのことが大好きだよ。。」 『「わたしのおにいちゃんについて」 2年5組 不二 わたしの一番上のお兄ちゃんは、 とてもいいお兄ちゃんです。 でも、ちょっとかわっています。 あじオンチだし、なにをするにしても ふつうならもっと手間がかかることを すぐにやりとげてしまうくせに、 わたしたちがふつうだと思って やってしまえることは苦手なのです。 そんなお兄ちゃんが、わたしは大好きです。』 そんなふうにちょこっと手直しをして書き上げた作文は、 みんなのまえで発表したら、とてもほめられた。 だけど、周助兄ちゃんにはぜったいに見せません。 ぜったい。 *あとがき* コンセプト。 「不二の妹を書こう」。 (今不二の妹を囲うってでた! だめだよ、死ぬよ! ありとあらゆる手段でこの存在を消されるよ!) 妹というのは、こういうもんじゃないかなー、と思うのです。 世にはブラコンスイートな兄妹ドリームが多いですね。 そんなドリームも、いいとは思います。 ただ、よくいる、こんな兄妹だって、いい関係なんじゃないかな、と。 ………ちなみに実体験をいくつかちりばめました。 ………うちもなかなかに明るいです。 というかこれは……ドリームなのでせうか? スペサルサンクス、伊織! 2004.02.07 石蕗 柚子 戻る |