ことのはじまりは好きな食べ物の話からだった。

「私はメロンパンが好きかなあ」

 が言うと、クラスの男子が横から口をはさんだ。

「オレも好き」
「おいしいよね。私クリームが入ってるのが好きなんだ」
「なに、クリーム入りのが好きなのか?
邪道だ、オレはクリーム無しのメロンパンが好きだ」
「え、でもクリームが入ってるほうがおいしいもん」
「オレは認めん」

 男子はこうも言った。

「あと、なんといっても菓子パンではチーズ蒸しパンが一番だな」
「あ、それ私も好き!」

 しっとりしてておいしいよね、なんて菓子パン談義に花が咲く。
 ………わたしを置いてけぼりにして。

「不二はどの菓子パンが好きだ?」
「え」
「あ」

 がしまったという顔でこっちを向いた。
 わたしは、こう言うしかなかった。



「チーズ蒸しパンってなに」



  不二家 妹 小学2年生 −チーズ蒸しパン−




 それからわたしはこんこんとその男子に
 チーズ蒸しパンがどれだけ美味しいかを説明された。
 くたくたになったわたしに、帰り道は声をかける。

「あの男子、説明し始めるとキリないね」
「うん」

 はあっ、とためいきをついた。

「ごめんね、ああいう話苦手だよね………」
「ううん、べつに」

 どうってことない、と言おうとしてちょっとためらった。


 どうってことなくはないや。


 いつか、わたしが朝礼で先生に当てられて
 自分の朝ご飯を説明したときのみんなの顔が今もおもいだせる。



「不二は、今朝なにを食べたんだ?」

「カンパーニュです」



 先生は宇宙人語を聞いたような顔をしていた。
 教室中がしんとしていた。

 そのときまでわたしは、
 日本でカンパーニュがそれほどマイナーな食べ物だとは思っていなかった。
 自家製酵母で作るパン。意味は『田舎』というらしい。
 うちのカンパーニュはちょっと固めなのだけど。

 それはいいとしても、教室中がしんとするようなことを言った覚えがなかったわたしは、
 きょとんとするしかなかった。

 その後、先生はおもむろに「朝にはなるべく牛乳を飲んで……」などと話題を切り替えた。





「おかあさん、あのね」

 わたしのおかあさん淑子は、いつも笑顔だ。

「なあに、?」

 キッチンで何かを作っていたおかあさんは、こちらを振り向いた。

「あのね、朝ご飯のことなんだけど……」

 わたしは上着をぎゅっと握りしめて言った。

「チーズ蒸しパンを食べたいな」

 おかあさんは最初何を言われたのかよくわからなかったみたいだけど、
 ちょっと考えて

「ええ、いいわよ」

 と言ってくれた。



 あくる朝。

「おはよう」

 寝ぼけたまま、居間の椅子に座った。
 もう周助兄ちゃん、由美子お姉ちゃんは起きている。
 おかあさんは「そろそろ電話する時間ね」なんて言っていた。

「あら、今日は新しいパンなのね」

 由美子お姉ちゃんがパンを先に口に運ぶ。

「………うん。おいしい!」
「よかった。が言ってたから、ちょっとつくってみたんだけど」

 受話器をもって、おかあさんが言う。

「うん、おいしいや。………、どうしたの?」

 周助兄ちゃんがわたしの方を見て言った。


「………ちがうもん」

「え?」


「わたしが食べたいのは、このパンじゃないもん」





「それで、朝ご飯抜きで来たの?」

 通学路。
 お腹を空かせたままの理由を話したわたしに、は「ばかねー」と言った。

 どうせばかだもん。

「食べてくればよかったのに」
「だって、わたしが食べたいのはおかあさんが作ったパンじゃなくて、
達が食べてるパンだったんだもん」

 小石を蹴った。

のおかあさんが作ってくれたパンだって美味しいじゃない?」

 はそう言うけど、わたしには今朝のパンがそれほど美味しそうには見えなかった。

「贅沢者ぉ」

 冗談めかしてが言った。





「周助兄ちゃんは、今朝のパンが美味しかった?」

 家に帰ってから、周助兄ちゃんにそう訊くと、

「なんで、は今朝のパンが美味しそうに見えなかったんだい?」

 と訊き返されてしまった。

 なんでだろう。
 わたしはチーズ蒸しパンを食べたかったし、
 今朝食卓にあがったのはチーズ蒸しパンだ。
 じゃあなぜ?

「わたしが言ってたチーズ蒸しパンじゃなかったから……かな」
が言ってたチーズ蒸しパンって?」
「ええっと………袋に入ってて………お店で売ってて………」
「お店で売ってるチーズ蒸しパンならよかったのかい?」

 わたしは、周助兄ちゃんが何を言っているのかよくわからなくて、
 「多分、そうだとおもう」と答えた。

「ねえ、うちって、ちょっとヘンなのかな?」
「なんでそう思うの?」
「だって、普通の家ではおかあさんはパンを作らないと思う」

 わたしは屈みこんで言った。

「………変かどうかっていうと、変かもしれないけど」

 やっぱりヘンなんだ!
 わたしは哀しくなった。

「だけど、みんな少しずつ変なんだと思うな」

 どういうことだろう?

 わたしは周助兄ちゃんの顔を見た。

「だって、まるっきり同じ人なんていないでしょ?
だから、みんな少しずつ変なんだと思うよ。
いろんな人がいて、いろんな家族がいて。
そのなかで、ぼくらの家族がちょっととびぬけてるだけじゃないのかな?

………はそのままでいいんだと思うよ」

 わたしはうなづいた。





「ねえ同じパンを食べなくちゃいけないってことないんだよ?」

 学校で、がそう言った。

「一緒に話せることは他にもあるでしょう? だから」
「うん」

 わたしはうなづく。

 みんなが同じでなきゃいけないなんてのはおかしい。
 だけど、一緒に話せないのは辛い。
 少しずつ同じところがあるし、少しずつ別の部分がある。
 全く分かり合えないなんて事はないよね。



「おかあさん、ごめんね」

 わたしはキッチンに立っているおかあさんに謝った。

「あら、どうしたの?」
「チーズ蒸しパン、この前残しちゃったから」
「いいのよ」

 おかあさんは眉を下げて笑っていってくれた。
 それから、これも言わなくちゃね。

「いつも朝ご飯つくってくれて、ありがとう」



 みんながおなじじゃない。
 みんながすこしずつ。



 その日の晩御飯、食卓で、
 周助兄ちゃんが言った。

「だからよくが言ってるけど、
ボクの味覚も別に変じゃないんだよ」

「………………」

 由美子お姉ちゃんと二人で黙ってしまった。

 まあ今日の所は、そういうことにしてあげるね。








*あとがき*


小学生、中学生くらいの年頃で、
特に女の子だと、周りと違うことだとかそういうことが気になりますよね。
はたから見たら恵まれていることも、疎ましく思ったり気が付かなかったり。
そういうものなのかな、と思います。
年をとっても、結構ありますね。

変わっている、とか、変だ、とか。
まわりに迷惑をかけていなければ、特に気にすることでもないぞ! と言います。
私も、よく考えてしまうのですけどね。
周りと自分という括りで行くと、安心はできますから。
でも、安心するかわりに失うモノもあるので、気を付けたいです。

………まじめだ………(雪が降る!!)


2004.05.08 石蕗 柚子




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