不二家 妹 小学2年生 −すなおになれたら− 2月。 毎年、イヤな季節だ。 「この家にいると胃もたれするよ」 私はぐったりしながらもらした。 「どうしたの、? なにか悩みごとでもあるの?」 そんな私をみて、周助兄ちゃんは心配そうにきいてきた。 ああ、この兄はなんにもわかっていないのだな。 「悩みごと……うん、まあ、そんなかんじかなあ」 「なんだい? 言ってごらん」 「あのね………」 「うん」 「周助兄ちゃんの妹にうまれたことをこうかいしてるの」 2月。 いつも、この頃になると、 家の中がチョコ臭い。 それというのも、うちの兄、周助が14日にむけて、 女子生徒からもじどおり山ほどのチョコレートをもらってくるからだ。 最近の女の人は14日になる前からチョコレートをわたす。 おかげで家のなかは、ここ一週間ほど甘ったるいにおいに支配されていた。 空気が甘いから、いるだけでおなかがいっぱいになる気がする。 私はチョコレートがきらいではない。女の子だもん。甘いものは大好きだ。 しかし、想像してみてほしい。 四六時中、チョコレートのにおいにかこまれる生活を。 だんだん鼻はマヒしてくるし、あたまも回らなくなってきてしまう。 これは、ちょっと、かなり、キツい。 ああ。 バレンタインデーのバカ。 日本の製菓業界のバカーー!! 「チョコレートつくりたいなあ」 さらっと禁忌の言葉にふれた友人は、「あ、ごめん」とすぐにあやまった。 友人、はいまの私の家の惨状をしっている。 「でも」と彼女はつづけた。 「ちょっとつくってみたくない? っていっても、溶かしてかためるだけだけどさ」 お菓子づくりというのは私もちょっと興味があるから、うん、とこたえた。 「でも、誰かあげるあてでもあるの?」 私がなんの気なしにいった言葉に、は動揺した。 「な、な、そ、そんなことないよ! だ、あ、あるわけないじゃない!」 そうか、あるのか。 私は、最近の彼女のことをちょっと思い出した。 そういえば彼女は、ひとりほど、気になっているらしい男の子がいたな。 「あ、桃城くん」 「えっ」 はとてもわかりやすい反応をしてくれた。 はねるように私の指した方向をみるしぐさ。 「あ」 は気付いて、みるみる間に赤くなっていく。わあ。 私はうそをついたわけではない。 ちゃんとそちらの方向に桃城くんはいた。 桃城くんというのは、私やと同じクラスの男の子。 桃城くんのお兄さんはたけしお兄ちゃん、つまり桃城武さんだ。 周助兄ちゃんと同じテニス部に入っている。 「あ、不二に。なんだ、、熱でもあるのか?」 桃城くんは私たちに気がつくと、何人かの男の子のグループからちょっとはみだしてこちらに来た。 は桃城くんに話しかけられ、顔の赤を、もっと真っ赤にした。耳まで赤い。 「な、なんでもないよ!」 「そーか? 家帰ったら、熱はかってみろよ。カゼってあなどるとヤベーんだぞ。 あ、それと。カゼじゃなかったら、今日またオマエんちに遊びに行っていーか? ファミコンやりてーし」 の家にはいまどきめずらしく昔のファミコンがある。 おかげではちょっとした昔のゲーム博士だ。 そんなこんなで、今のゲームよりむずかしめのゲームがあるの家は クラスの男子が集まり、その腕をきそう場となっていた。 「う、うん。今度はせめて二面までいってよね」 「おう、ぜってー行ってやる。みてろよ」 おい、今日んち行けるかもしんねーぞ、と桃城くんが後ろの男子たちにさけぶ。 男子たちはうれしそうにそれぞれ奇声をあげ、こちらに合流した。 今日は男子たちと帰ることになるなあ。 は、騒がしい男子をあしらう。 ふっと、そんななかで、桃城くんの顔をときおりみつめるのだった。 近くのデパートで女の人の群にもみくちゃにされながら製菓用のチョコを買ったり。 雑誌から切り取ったレシピの、なれない、湯煎やなんかの言葉にとまどったり。 それでも、すこしづつ熔けていくチョコレートによろこんだり。 チョコレートが固まるまで待つ間に、話すのはやっぱり恋の話。 少女マンガでしか知らなかったソレを、今、体感しているっていうことが新鮮で。 そりゃあ、けっして私たちは、マンガのヒロインみたいにかわいかったりキレイではないけれど。 だけど、キラキラしている。空気中に、光の粒子が舞っているみたい。 「ねえ、これ、どこにやったらいいのかな?」 は、自分でラッピングしたチョコレートを大事そうに抱きかかえ、私にきいた。 13日、放課後。明日は学校がおやすみなので、学校では今日がバレンタインデーみたいだった。 学校にはチョコレートはもってきちゃいけないけど、でも、やっぱりもってきちゃうのだ。 「どこって………やっぱり、手渡しした方がいいんじゃないかな?」 「て、手渡し?! やだ、そんなの恥ずかしくてできないよ!」 「え………うーん。じゃあ、やっぱりアレかなあ………」 アレ、といって私が見たのは、学校の玄関、学校の玄関と言えば下駄箱。 そう、下駄箱にチョコレートという、あの方法を提案したのだった。 「う。うー………でも、手渡しよりはまだいい………かな」 「大丈夫? やっぱり、どうしても恥ずかしいんだったらやめようよ。ソレ、私たちで食べちゃおうか?」 「………………ううん」 は首をふった。その目は、さっきまでとはちがう。 覚悟をきめたみたいだった。 はそれでも手渡しするまではできなかったみたいで、 下駄箱にチョコレートを入れることにした。 が、ぎゅっとめをつぶる。 そして、桃城くんの下駄箱の前ですこし間をおくと、 ふりきったようにこちらを向いた。 「じゃ、行こっか」 校門前。 私たちは、遠目に玄関の方をみられる、校門の影にいた。 お話好きのが、ずっと無口だ。 どれくらい待ったんだろう。 玄関の方が騒がしくなって、そっちの方に顔をむけると、 桃城くんたちがいるのがみえた。 「おい、桃城すげーな!!」 「モテモテだろおい! すっげー! オレはじめてみた!」 「だれ、だれ?!」 ちょっとだけシーンとする。 ラッピングを開ける桃城くん。 メッセージカード。 あそこには、の名前を書いたんだったよね。 は、私の手をぎゅっとにぎっている。 それから、またざわめき。 さっきよりも大きくて、高い。 「おい、?! だってよ!!」 「え、え、どーすんの?!」 「どーすんだよー! なんだよ、桃城オマエとつきあうのかぁ?!」 がたがたと音がする。 玄関の、すのこを走っている音。 「おーい桃城ー?!」 男の子たちの、桃城くんを茶化す声。 私は、とびだして行きそうになった。 が、それをひきとめる。 どうして?! の方をみると、は真っ赤の顔、 真っ赤の目でこちらをみていた。 だめ。 もうすこしだけここにいて。 がそう言った。 学校の隣の公園でをなだめる。 あたし、こんなことならチョコなんてあげなきゃよかった。 小さくつぶやいて、急に幼くなったようには泣く。 ううん、そんなことないよ。 ごめんね、私もこうなるなんて考えてなかった。 そうしてる間に、遠くからまたちょっと高い声のざわめきがやってくる。 桃城くんたち。 私は桃城くんの姿を見た。 桃城くんは、のチョコレートを持ってはいなかった。 私は、学校に戻る。 なんだか嫌な予感がして。 は泣きすぎて頭があまり動かないんだろう、 ちょっとねぼけた声で「どうしたの?」といいながらついてきた。 玄関を過ぎて、 階段の前には、大きなゴミ箱がある。 緑のビニールでできたソレは、そのまま焼却炉まで行く。 あった。 本当は、そんなことあってほしくなかったけれど。 緑のビニール。 ちょっとあふれているゴミの山。 その山の頂上に。 の、チョコレートがあった。 は愕然としていて。 私は、そんなに言葉をかけるよりも先に。 走り出してしまった。 「なに考えてんのよ!!」 私は桃城くんの姿を視認すると、 そのまま走った勢いに乗ってけりを入れた。 桃城くんは、一メートルくらいふっとんだ。 桃城くんの友達の男子たちが、おどろいて声をあげる。 「すーーーっげえーーーーー」 「『すぅっげえー』じゃない!! アンタたちも! なに考えてんのよ!」 私に怒鳴られて、男子たちは沈黙した。 それぞれ、顔を見合わせている。 「あのチョコ! が、どんな気持ちでつくったかしらないでしょ! そんなの、しってたらできないよね! あなたたち、ひとの気持ちって考えてる?!」 私は、どうもかなり頭にきているらしかった。 せきをきったように、言葉が勝手にでてくる。 「で、でも」 「デモもストもない!!」 そんな言葉まで使ってしまう。 男子たちは何を言われたのかわからないので、ぽかんとした。 ああ、だめだ。深呼吸をして、言い直した。 「ひとの気持ちってのを考えるのを忘れてたでしょ。 今は、の気持ち。それから」 私は桃城くんのほうを見る。 「………ゴメン、大丈夫?」 桃城くんはまだ地面に倒れていた。 勢いよく蹴りすぎたろうか。 ううん、本当は蹴ろうとはおもってなかったんだけど。 その、つい。 「………大丈夫だ、一応」 そう言って桃城くんは立ち上がった。 あ、まだちょっとフラフラしてる。 ………本当にゴメン。 「桃城くん」 私の後ろから、の声がきこえた。 ここまで、ひとりで歩いてきたんだ。 はいう。 「ゴメンね。なんだか、へんなことしちゃって。 あの、あれ、冗談だから。気にしないで。みんなも、だまされたでしょ」 震える声で。 男子たちは、をみたまま、なんにもいえない。 「ゴメン。オレ、ホントは嬉しかったんだけど」 桃城くんは、の顔はみられないまま、いった。 が、え、と返す。 「ホントは、嬉しかったんだけど! オレ、なんにも考えられなくて! なんかもう、頭んなかごっちゃになって!」 桃城くんは真っ赤だ。 「でも、嬉しいのもなんでなのかわかんねーし! あ、あのそれで、兄貴がそういやチョコもらってたの思い出して、そういやあんときも義理チョコの中に」 「桃城くん、桃城くん」 私は桃城くんの肩に手をおいた。どうも彼は混乱している。 「………あのね。とりあえず、ここにすごーく気まずい人たちがいるのね」 私はそう言って、桃城くんの周りで、 真っ赤になるやら呆気にとられるやらそわそわしているやらの彼の友達たちを指さした。 彼らは、はっと息をのむと、 と桃城くんの方をむいて、 いっせいに、いうのだった。 「ごめんなさい」 ………それから、と桃城くんはどうなったかというと。 「ねえ、つきあってるの? 桃城くんと」 私がそう言うと、はこたえるのだ。 「ちがうもん。一緒に遊んでるだけだもん」 うん。そうだね。 そして、私は少し苦かった『おつきあい』のことを思い出すのだ。 「ねえ、周助兄ちゃん」 「なんだい、?」 二月十四日になると、もうこのごろではこの家もチョコのにおいがうすくなる。 今日が本番なんじゃなかったでしたっけ、と誰にでもなく私はつっこむ。 「もしかして、あの、家にあったチョコレート全部食べたの」 「由美子姉さんも、手伝おうかっていってくれたけどね」 で、結局、一人で食べたのか。この兄は。 ………それで、とくに体調が悪くも、ふきでものがでるでも、体重がふえるでもない兄が ちょっとだけ憎い。 「あのね、ちょっと考えたの」 「なにを?」 「どれだけその人のことを思ってても、 ついついやっちゃうことってあるよね。 でも、それじゃよくないなって。 もう、私も子供じゃないんだから。 あんまり意固地になってもね」 どんなにその人が好きでも。 その人を傷つけてしまうことはある。 わざとじゃないんだけど、そうなってしまうことが。 いつもいっしょにいると、そうなっちゃう。 でも。 せめて、できる範囲で気持ちを伝えたい。 「はい。どーぞ」 そう言って手渡す。 ラッピングされたそれに、周助兄ちゃんは少し固まって、 それから感嘆の声を漏らした。 「………嬉しいよ。 ありがとう、」 そう言って周助兄ちゃんはラッピングを開ける。 「おいしく食べてね」 私は、じゃあおやすみなさい、と自分の部屋にむかった。 階段をのぼる途中。 下から周助兄ちゃんの、穏やかな声が聞こえた。 「………ねえ、。 ………なんで、おせんべいなのかな」 しかも浅草の、堅焼き。 「チョコはたべあきちゃったでしょ?」 私はそう言って笑うのだ。 今はこれが精一杯言える気持ちだから。 ね。 *あとがき* バレンタインデードリーム。 バレンタインデー、甘酸っぺえ日ですね。 しかし、チョコはあげるより食べる方がやっぱり好きです。 そんな私は花より団子。 桃城弟をださせていただきました〜。 小学二年の男の子らしいかんじをめざしたのですがいかがでしょう。 前の正輝君があまりにアレだったので………。 いや、ああいう小学生もいる………のか………? あ。 周助兄ちゃんが最初と最後しかでてないですね。 すいませ……… どうもこのごろ出番が少なくなっていく一方の気がします。 気をつけたいです。 がんばれお兄ちゃん。 2004.02.14 石蕗 柚子 戻る |