白紙提出のままの問題

 答えはまだ、みつからない


*再提出*





ちゃんおはよ〜」
「…おはよう」

 さわやかな朝に似つかわしくなく、の声は低く暗い。
 にこぱ、と笑っていた友人・
 きょとん、とした後、の顔をのぞき込む。


「どうしたの? 顔色悪いよ?」
「……寝不足、と風邪……だと思う」
「えぇ、大丈夫? ダメだよ無理しちゃ」

 保健室行った方が良いんじゃない? というは言いよどむ。


「いや、せっかく来たんだし…」
「風邪を甘く見たら恐いんだよ?
先生には言っとくから、今からでも帰った方が良くない?」


 身体を心配してくれるの言葉を嬉しく思いつつ、はっきりしない
 実力行使で入り口の方への背を押し始めたはなんとか抵抗する。
 そんなは眉を寄せた。

「何でそんなに学校にいたいの? 今日ちゃんの好きな授業でもあったっけ?」
「…いや、その」

「入り口で何やってんだ、?」
「あ、荒井君おはよう。…うわ、重そうだね?」
「あぁ、センセにこのプリント運んでくれって頼まれちまってな。……って?」

 両手に紙の山を抱えてやってきた荒井の邪魔にならないよう、は横にどける。
 ドア付近で脚を踏ん張っていたは、
 荒井に気付いたと同時にの後ろに隠れていた。


「お、おはよ、荒井。……他の、人は?」
「あぁ、はよ。林たち、捕まったオレ見捨てやがってよ」
「……そう」


 廊下を伺うに荒井は教卓の上にプリントを置きながら答える。
 は不思議そうな顔でを見つめていたが、
 後ろに気配を感じ振り返る。

「おーっす、
「あ、桃君オハヨウ」
「あ……はよ、……
「お……おは、よ」

 顔を上げないに桃城も顔を少しゆがめるが、
 そのまま教室の中へと入っていく。
 はそんな二人を代わる代わる見つめると
 の顔をゆっくりとのぞき込む。


ちゃん、後でゆーっくりお話しようね」

 にっこりと微笑まれたは、
 輝かんばかりのから目をそらし、
 いっそ帰るべきだったかと瞬間真剣に悩んだ。




■■■■■




「あの、。私、寝不足と風邪気味で」
「うん、それは聞いた」
「……できれば、少しでも眠りたいなぁと」
「せっかく学校来たんだからお話しようよ」


 昼休み、は日当たりの良い芝生へに拉致されていた。
 お弁当を少し食べただけで閉まったは、
 質問をしてくるに力無い笑みを返すが、追及の手はゆるまない。

 のねばり強さに根負けしたは、
 ぽつぽつと話しはじめた。





「桃君に告白されたぁ!?」

「ちょっ、!」



 思わず叫ぶの口を塞ぎ、は周りを見渡す。
 幸い、近くで聞いていた人は居ないようだ。


 昨日の夜家に来た桃城に告白された、という言葉に、
 は箸を持つ手を止める。


「……それで、桃が帰った後も外に立ってたもんだから身体冷やしちゃって」
「で、家に入った後も寝付けなかった、と」


 そうかそうか、と頷くに、ちろ、と目を向け、はうつむく。
 はお弁当をしまい、に向き直る。

「で?」
「で?」
ちゃんはなんて返事したの?」
「……してない」
「………………は?」

 目を丸くするに、は苦笑らしきモノを浮かべる。

「桃の言葉に私固まっちゃって。返事言う前に、桃帰ったから」


 多分困った顔してたんだろうなぁ、とはつぶやく。
 実際頭の中はぐちゃぐちゃで、困っているなんてモノではなかったのだ。


 彼は返事は待つから、と言ってくれたが……


「スキかキライかって訊かれたらもちろん好きだけどさ。
桃のこと、そういう風に考えたこと無かったから」

「でもほら、友達か親友かそれ以上の気持ちがあるか、とか」
「親友……とそれ以上の線引きってどこだろ」

 心底困った表情で訊ねてくるに、も口を閉ざす。


「わかんないよ。親友って状態じゃダメなの?
特別な名前付けなきゃダメ? 好きに順番付けなきゃダメかな?」

ちゃん……」
「わかんないんだよなぁ」


 見上げた空はどこまでも青くて。
 二人の間を吹き抜けていった風は少し冷たかった。





■■■■■





 結局あのあと授業中考え事ばかりしていたは、
 放課後に居残りでプリントをやらされることになった。
 は一緒に残ろうか、と言ってくれたのだが、
 渡されたプリントは現代文。
 幸いの得意科目だったので、大丈夫、とに言った。


 無理に答えを出させようとしないに感謝の気持ちはあったが、
 一人で考えもまとめたかった。
 ふとすると考えに没頭しそうだったが、頭を振ってプリントに集中する。

 漢字の読み書きなんかはすいすい埋めていく。
 そして文章題。

『線Aの時の主人公の気持ちを50文字以内で答えよ』

 の目の前がグラついた。


 ―― 気持ちを50文字以内でって言われても

 ―― 自分の気持ちだってぐちゃぐちゃだってのに


 思考と共に手が止まる。
 そのまま固まって動けなくなってしまうのではないかと思ったが、
 がたん、とドアが開く音でびくっ、と腕が動いた。

 ゆっくりと振り向くと、そこには桃城の姿。


「あ……」
「も……も?」

 走ってきたのであろう桃城の息は少し上がっている。
 こんな時、以前の自分はどんな顔をしていただろう、と
 はぼんやり頭の片隅で考える。
 確か、もっと普通に笑いあって話していたはずなのに――


「悪ぃ……その、忘れ物、取りに」
「……あ、これ?」

 桃城の机の横にかかっているカバンを取り、
 一歩一歩桃城に近づく。

 普通ってなんだっけ。
 少なくても、こんな風に寂しい感じじゃなかったはず。

 口元が震え、目の奥が何故か熱くなる。
 逆に、いろいろなことを考えていた頭の中は
 今は何故か静かだった。


「はい、部活頑張ってね」
「……お、おう」


 ぎこちなくカバンを受け取る桃城をぼんやりと見つめる。
 桃城はうつむいたままを見ないでいる。
 どうしたんだろう? と考えた
 声をかけようとしたところで桃城が口を開いた。


「聞いていいか、昨日の返事」
「…………」
「返事、待つって言ったけどよ。やっぱはっきりしたいっつーか」
「…………」
?」

 顔を上げた桃城の目に映るのは、一筋の涙。


「えっ、あっ、わ、悪い! そんなイヤだったか!?」
「いやじゃない」

 慌てる桃城に、間髪入れずに答える
 その言葉に桃城は動きを止めてを見入る。


「嫌じゃないよ。嫌いじゃない。
でも、桃が私の特別なのかどうか、よくわかんないの」

「……

「もう少し待ってて。ちゃんと考えるから。
桃と今まで通り話せなくなる方が嫌だよ」


 複雑な顔でそうか、と呟く桃城に
 ごめんね、と言いそうになって堪える。
 代わりに、よろしく、と言って手を差し出す。

 面食らった顔をした桃城だったが、
 ふっと笑ってその手を取る。

 その笑顔は、の良く知る笑顔で、
 思わずも口元を緩めた。





 心の問題、整理をつけて

 今度はちゃんと、答えを出そう




*あとがき*


「着信履歴」その後。なんだか続き物らしいです (ひとごとかい)
寸止めの次がこれ……
私は桃ちゃん好きです!
宣言しておかなくてはいけない気持ちに駆られました。
別にいじめたいわけではありません。いや、本当に。

友情と恋愛感情の差。
最高の友情は異性間でも成り立つのか。
はっきり言ってしまえば私はよくわかりません。


負けずにがんばれ、と思います。
桃ちゃんには幸せになってほしい。


2004.6.07 伊織




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