タイムリミットはPM6:00


*夜の街*




ちゃん、今度の休みってヒマ?」
「今度の……ですか? 買い物に行こうと思ってた程度で、特に用事は入っていませんが」


 3割り増し笑顔で話しかけたオレは、返事を聞いて5割り増し笑顔になって慌てて顔を戻す。
 いけないいけない、あんまり笑いすぎると警戒される。

「んじゃさ、一緒に遊びに行かない?」
「遊びに……ですか」
「そ。デート行こ」
「デ……」

 おぉ、固まってる固まってる。
 相変わらずの反応だけど、何度見ても可愛いよなー。

 はっ、オレまで固まってどうする。


「あんま難しく考えなくていいからさ。ゲーセンとかカラオケとか。
何だったらちゃんの買い物付き合ってもいいし」

 わざと明るく軽く言う。
 仲良くなりたくて誘ってんのに、ぎくしゃくしちゃったら意味ないし。
 ……女の買い物って時間かかるけどそこはきゅっと目をつむって。


「いえ、その買い物、は特には」

 ようやく動き出したちゃんの返事を聞いてちょっと落ち込み。
 むー、切り出し失敗しちゃったかなー。でもなるべくそういうのは顔に出さない。
 男は引き際も肝心だ。


「そっかー、それじゃ」
「その、私、あまり歌得意じゃないですけど」

 それでも良ければ、の言葉に思わず目がマル。
 良いとも良いですとも、全然オッケー!


「それじゃ10時に青春台駅の改札出たとこでいっかな?」
「はい」


 頬染めてうつむくちゃんは可愛くて、抱きしめたくなるけど、でも我慢。
 でもでも、楽しみだな、なんて呟きを聞いたら
 我慢がぽーんと飛んでって、やっぱり抱きしめてしまった。
 ちゃんがまたまた固まってしまったから、慌てて離れたけど。





■■■■■





 カーテンを開ければ、そこにはぴーかんデート日和。
 やっぱり日頃の行いの差だよな。
 念のため吊しといたてるてる坊主くん達にキスして回りたい気分だ。


 着替えようとしたところで目覚ましが鳴って慌てて止める。
 早起きに関しちゃ、キツイと思ってた朝練にも少し感謝、か?
 目覚ましの鳴る5分前に目が覚めるなんて、
 遠足の日の幼稚園児みたいな気もするケド。


「なんだエージ。今日は休みじゃなかったのか?」

 食事当番の兄ちゃんに聞かれて言葉に詰まる。
 別に言ったって良い。どっちかっていうと自慢したい。
 でも、もしすんげー興味もたれたら後で根ほり葉ほり聞かれそうだし。
 それに万が一付いてこられたりしたら困る。
 そんなことはないと思うけど。思いたいけど。

「んー、」
「あらエージ、ひょっとしてデート?」

 後ろからの姉ちゃんの声にテーブルに顔を突っ伏しそうになる。
 あっぶね、目玉焼きに顔突っ込むとこだった。


「えー、マジマジ!?」
「エージがデートか……、大きくなったねぇ」

 目を輝かせるちい兄ちゃんと、にやにやこっちを見てるちい姉ちゃんの声を無視して、
 急いで食事を食べ終えて片付ける。
 このままココにいるとヤバイと、培ってきたカンが告げている。

「ごちそうさま! ちょっと出かけてくるから!!」
「あんまり遅くなるんじゃないぞー」

 兄ちゃんの声を背に家を飛び出す。
 予定よりちょっと早いけど、遅れるよりずっとマシ。
 ……何度か背後を確認したのは余談。





「おはようございます、菊丸先輩。……あの、待ちましたか?」
「んーん、ぜーんぜん。てか時間、まだ約束前だしね」

 くぅ、いいよなぁこういう会話。
 時間的には確かにまだ余裕があって、
 早めに来てくれようとしたんだなーって嬉しくなる。
 つかオレが早過ぎだしね。

 待ってる時間も結構楽しくて
 ちゃんがこっちに気付いて駆け足になったのとか
 私服が可愛いスカート姿だとか
 もうシチュエーションは最高!


「んじゃ早速行こうか」
「あ、あの菊丸先輩」
「ん?」

 歩き出そうとしたオレにかかるおずおずとした声。
 ちゃんはちょっと困った顔してる。

「実は私、門限6時で」
「え」
「先に言っておかなきゃいけなかったんですけど言いそびれて」
「6時?」
「はい」
「マジで?」
「……はい」


 ちゃんを責めることじゃない。門限だって大事だ。うん。
 でもまぁ立てていた予定がちょこーっと変更を余儀なくされるのも事実で。


「ま、いいや。時間はたっぷりあるし、今日はいっぱい遊ぼ?」
「はい!」


 頭の中でちょこちょこっと予定組み直して。
 とりあえず、差し出した手をとってもらえたことに今は喜ぼう。





■■■■■





 楽しい時間てのは超特急だ。

 ゲーセンでパンダのパペット取ってあげて
 ( 手につけたちゃんはCMよりも可愛かった )

 カラオケでラブソング歌っても良かったけど、
 今日は無難に得意な曲歌って
 ( ちゃんも普通に上手かった。声がきれいだったし )

 デパートの売り場冷やかしてたら
 ちゃんに似合いのバレッタ見つけて、
 即行GETでプレゼントして
 ( 思いっきり遠慮してたけど、受け取ってくれたときの笑顔はめちゃ可愛かった )


 空はまだ明るいけど、近づいてくるタイムリミット。


「菊丸先輩、今日はありがとうございました。凄く楽しかったです」
「ん、オレも楽しかった」

 セリフが、お別れの時間を自覚させて切ない。
 諦めきれずに、時計を見ようとしたちゃんの手をとる。


「あのさ、もう一ヶ所いいかな」
「え、どこですか?」
「ウチの近くの公園。ちゃんに見せたいものがあるんだ」


 ちゃんは凄く悩んでたけど、わかりました、と言ってくれた。

 時間的にはホントギリギリだけど何とかアレを見せたい。
 バスも使って、ちょっと急ぎ足で向かった先は小高い丘の上の公園。
 目の前には更に上に続く階段。


「この上」
「……結構急ですね、この階段」
「疲れた?」
「いえ、大丈夫です」



 お手をどうぞ、なんて改めて手を差し出して。
 手を繋いで急な階段を一段一段登る。
 そして登った先に見えた風景に、ちゃんは息をのんだ。
 眼下に広がる景観は一面の街。



「う……わぁ」
「本当はここから見える夜景見せたかったんだけどね」
「夜景、ですか?」
「ん。もう宝石箱ひっくり返したようにキラキラしてるからさ」

 でも時間的に夜景は無理で。
 しかたないか、と思っていたけどどうしても諦めきれなかった。
 少し赤みがかってきた街を見ながら、ちゃんは話す。



「でも、きれいです。凄く。連れてきてくれてありがとうございました」
「喜んでもらえて良かった」
「……いつか、夜景も一緒に見たいです」

 え、と見たちゃんの顔は空の色よりも赤くて。
 オレ達はそっと次の約束を交わした。








 急いでちゃんを家まで送り届けて、時間は何とかギリギリセーフ。
 次の日早速つけてきてくれたバレッタを見て、オレの調子は絶好調。
 夜景の約束はもちろんだけど、これから二人でいろんな物を見にいこう。









*あとがき*

夜の街あんまり関係な(以下略)
中学生で夜の街 → 夜景を見よう、と考えました(単純)
で、夜景を見られる時間帯、と考えると
あまり遅くなると駄目なんじゃないかなー、と。
今の中学生って門限って何時くらいなんでしょう。

書いてて楽しかったです。特に菊丸家朝の風景。
5人兄弟だったら食事時は戦争な気がします。
尾行は一人くらい付いてても不思議じゃないかも。
強く生きろ、菊丸英二(おい)


密かに男らしい菊丸先輩に挑戦第2弾。
ふ…ふふふ……(泣)
玉砕して人は強くなるのさ。


2004.06.14 伊織




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