手が届かないと思うのが少し怖い *かぐや姫*「かぐや姫って宇宙人だったのかな」 「は?」 のいきなりの言動には長年のつきあいで慣れている手塚だったが、 全てを即座に理解できるわけではない。 今回はまた何を言いだしたのかと訝しげな声をあげた。 「何だいきなり」 「竹取物語。 『私は月に帰らねばなりません』 って言ってたでしょ? だからそーなのかなーって」 「そんなことが話したかったのか?」 呆れの混じった声には軽く笑って肩をすくめた。 「ううん、連想しただけ。月がね、綺麗だからさ」 「月?」 言葉に視線を動かせば、窓から見える明るい光。 「そうか、今日は満月か」 「……あー、そうかな? 月齢一五日、だっけ」 「気付いてなかったのか」 「うーん、そういうつもりで見てたんじゃないから。手塚とね、一緒に見たいなーって」 楽しそうな声に、手塚は目元をゆるめる。 そのまま窓へ近寄り、空を見上げた。 雲一つない空に浮かぶ満月。 「凄いな」 「あ、見える? ね、厳粛ーって感じだよね」 「そうだな。手の届かない憧れの象徴……と言ったところか」 「え?」 「さっきの話だ」 そういう考え方もアリかー、と呟き、それなら、とは続ける。 「手塚は私のかぐや姫か」 「なんでそうなる」 「ほら、声は聞こえるのに触ることできないからさ」 言いながら月に向かって手を伸ばす。 掴めそうに大きく見える月が、かざした掌で隠れた。 手を透かして届く光に目を細める 「月ほど離れていない」 「ん、そだね」 月の魔力にやられたかなー? と呟いては口を閉ざす。 微かに虫の声が聞こえて、手塚は眉を寄せた。 「おい、今どこにいる」 「え、中庭」 「一人でか」 「うん。誰かと一緒のが良かった?」 からかいではなく、真面目に聞き返してくるに、手塚はそうじゃなく、と答える。 「今何時だと思っている」 「えー、だって月綺麗だし。話すんだったら外の方が」 「いくらなんでも風邪を引くぞ」 「はいはい……そっち、どう?」 草を踏む足音に耳を傾けながら、手塚はどうとは? と聞き返す。 「もう合宿も2日……いや3日目か。変わったこととかない?」 「特にないな」 「つっまんないなー」 「何を期待してるんだ」 んー、と考え込むは、そうだ、と明るい声をだした。 「ね、手塚。おみやげ用意してよ」 「。あのな」 「 『俺は遊びに来てるんじゃない』 って言うんでしょ。そうじゃなくて、合宿の話」 困惑が伝わってきて、は声に出さずに小さく笑う。 「何があったか、とかさ。別に感想文みたいの期待してるわけじゃないから。帰ったら何でも良いから教えて?」 「練習ばかりだぞ」 「でも、手塚の口から直接聞きたい」 苦手分野のことに、それこそ物の方がまだ良かったと手塚はため息を付く。 聞こえて、は疲れてたら無理しなくていいから、と慌てた。 「いや……それでは俺もそれを頼もう」 「それ?」 「の話、楽しみにしているぞ」 「え!? それこそ走り込みとかばっかだよ?」 まさかそんなことを言われると思わなかったは目を丸くする。 「の目で見た物を知りたい」 「うーん。わかった、善処シマス」 「あまり違いのない話になるかもな」 少し笑いを含んだ声で言われ、はそれもいいかも、と思う。 は建物の壁にもたれ時計を一瞥すると、あくびを一つもらした。 「ん。それじゃそろそろ」 「あぁ、そうだな」 おやすみ、と言い合って携帯を切る。 空を見上げれば変わらずたたずむ満月。 明日からの練習の楽しみが少し増え、口元に柔らかい笑みが浮かんだ。 *あとがき* お題に関係がなくなるのになれてきました(ダメだろ) 双方in合宿。携帯での会話。 一緒に月を見上げるのもいーな、とも思ったのですが、 なんとなく離れた場所で同じ月を見てみたかったのです。 最初の会話は思いつきで。 お題を見て最初に考えたのがこのセリフでした。 自分の思考回路への疑問が増えました。わけわからん。 2004.07.16 伊織 <<戻る |