*割れたグラス*銀華中テニス部テニスコート。 がそこに来たときに広がっていた状景。 それは転がるコップに微かに漂う異臭。そして倒れ伏すテニス部員達だった。 「……死体置き場?」 「勝手……に、殺す……な」 一番近くでうつぶせに転がっていた死体……もとい福士がの声に反応してうめき声を上げた。 しゃがみ込んで恐る恐る人差し指でつつくと、手がぴくぴくと動いた。一応生きているらしい。 どうしたものかと思案していると福士が微かな声で「み……ず」と声を絞り出す。 とりあえず手近に転がっていたドリンクボトルを差し出すと、力無く押し返された。 訝しく思いふたを開けてみれば、中には得体の知れない何か。異臭の元はこれらしい。 他のボトルも見てみたが、軒並み同じ物が入っている。 仕方がないのでボトルを2・3本持って水飲み場へ行き、中を洗って新しい水を入れる。 戻って、福士やまだ意識のある者にボトルを渡すと、 はまるっきり意識のない者を日陰にずるずると引きずって移動させ始めた。 が二人目を運び終えたところで、福士は何とか立ち上がれるほどにまで回復したらしい。 フラフラとした足取りながら、と共に部員を移動させていく。 他の水を飲んだ部員ものろのろと起きあがり、他の部員にも水を飲ませるべく新たに水をくみに行った。 意識のある者には水が行き渡り、他の者は全員日陰に移動し終え、は仰向けに寝転がった。 今日は天気がいいのでかなり汗だくになったが、少し吹いてくる風が気持ちいい。 未だ少し顔色が悪いままの福士が、同じく汗だくのままの横に座った。 「うっわしんどかったー」 「サンキュ、マネージャー」 「その呼び方止めてー。マネージャーなった覚え無いー」 実際、がテニス部に遊びに来たり少し手伝いをすることは何度かあったが、 それはテニス部の連中を見ていると楽しいからだ。 何しろどんな馬鹿なことをやらかすか想像つかないので。 「そもそも今度は何やったワケ? あんた達」 「……あー、体力増強の特製ドリンクを作って、な」 「…………まさか、さっきのアレ? 飲んだの?」 上半身を起こして聞くと、福士が力無く頷く。 臭いだけでやばいと思えた代物だ。それを飲んだのだったらこの状況も納得がいく。 「そもそもアレ何」 「だから特製ドリンク。あの青学のをまねて自分たちで作ってみたんだ」 「あのってのがどのか分かんないけど、中身は何」 「オリジナルレシピが分かんなくてなー。みんなで話し合ってそれっぽい野菜を適当に」 「……具体的には」 「えーっとたしかタマネギとピーマンにニンニク・カボチャ……後なんだっけ、堂本?」 「ほうれん草にセロリ……だっけか。あとなんかいろいろ」 は聞いているうちに頭を抱えてしまう。 一つ一つを取れば普通の野菜の名前だというのに。 「やっぱバカだわあんたらは。その野菜を得体の知れない廃棄物にしたの」 「失礼なことを言うな。あの青学の強さは特製ドリンクにあると言うぞ」 「どうせ真似するんだったらそういうんじゃなく練習方法とか真似しなさいっての」 飲んで強くなれるんだったらそういうの飲みたいだろ! と力説する福士を呆れた顔で眺める。 この男はテスト勉強もしないで 「台風が来てテストが中止になるように」 と本気で祈る男だ。 頑張るべき所を間違っているとしか思えない。 「しかも何で全員で飲んでんのよ」 「いや、やっぱり部員全員の強化をしないと」 「で、部員全滅させてたら意味無いでしょ」 ため息一つついて立ち上がり、未だ転がるコップやドリンクボトルを回収する。 ついでにタオルを濡らしてきて、うーうー唸る声がうるさい部員の額に乗せて回る。 とりあえず、食中毒のような深刻な症状の出ている部員はいないようでほっと安堵の息を付く。 「とりあえずこんなもんか。福士、スポーツドリンクの買い置きは?」 「え、あ、確か切れてるはず」 「……買い置き位しておきなっていっつも言ってるでしょー。あと、このコップ福士の私物?」 「ん? いや、部活で使うからって事で昨日部費で買った」 「職権乱用も大概にしときな。しかも早速壊してるし」 「何ぃ!?」 それはコップというよりビールジョッキに近い物で、かなり厚いガラス製だったが、 落としたときの角度が悪かったのか取っ手の部分がぽっきりいっている。 「ああぁ、せっかく買ってきたのにぃぃ」 「何、そんな高い物買ったの?」 「いや、百円ショップ」 コップの本体と取っ手を左右の手に持って悲嘆にくれる福士にチョップを一つお見舞いし、 ポケットから見つけだした飴を一つ手渡す。 「はい、のど飴。口直しくらいにはなるっしょ」 「お、サンキュー」 「んじゃ、部費持って買いだし行くよ。荷物持ちお願いね」 「は?」 「スポーツドリンクと念のため腹痛止めのクスリ。他にも色々足りないっぽいケド取り敢えず」 「あ、このコップまた買いに行っても良いかな?」 「……あぁもう好きにすればー。ほら早く!」 まだ回復していない部員もいるので、堂本達に後を頼み、福士と二人で連れ立って歩く。 「いっつも悪いな。なんだかんだ言って手伝ってもらって」 「暇なときだけだし」 「マジでマネージャーやらねー? だったら部員誰も反対しないぜ?」 「マネージャーなんてポジションについて巻き込まれるのはゴメンだね」 すっぱり言って横を見ると、やっぱダメか〜とため息を付く福士の姿。 いつものことなのでことさらに落ち込んだり食い下がったりはしない。 何故かその手に先程のコップを持っているのを見て、は顔をしかめた。 「福士、なんでそんなモン持ってくんの」 「あ、これ? 壊れたの取っ手のとこだけだし、やっぱ接着剤買って直そうかなーって」 「……店にまで持っていく意味ってあんの?」 「…………ないな」 とたんに邪魔になったのか、コップをどうしようか福士が悩み始める。 付き合っていても意味がないので、すたすたとは校門をぬけた。 「まてまてまて! 金は俺が持ってんだから、お前だけ行ってもしょうがないだろ」 「んじゃそれどうすんの」 「えーっと、ダッシュで部室置いてくるから待っててくれ」 「……先行ってるから、追いかけてきて」 「あー! アイス! 今日の礼も兼ねてアイス買ってやるから!!」 「だから部費でそういう物を買うなっての」 「ちげーよ、俺が買ってやるって言ってんの」 「……早く買いだし行って来なきゃいけないんだから、1分で戻っておいでー」 いーち、にーい、と数え出すの声に、慌てて福士が部室に走っていく。 その背中を見ながら、は独り言つ。 「バカに付ける薬はないってね。やっぱ、テニス部のバカどもって好きだなー」 からかいのタネに百円ショップでお揃いのコップをこっそり買ってみようか、なんて考えながら。 *あとがき* グラスじゃなくてコップ。まぁ苦肉の策です。 いつか他校も書くことあるかな、と思ってましたが、 まさかそれが銀華だとは夢にも思いませんでした。いやぁびっくり。 恋愛要素なしの悪友ノリの話も好きです。 ドリームとしてはどうかという声は却下(おい) 2004.07.20 伊織 <<戻る |