*君がいれば*



 突き抜けるような青い空を、リョーマは座り込んだまま不機嫌顔で睨み付けていた。
 先ほど休憩の号令がかかり、ドリンクを飲んで一息ついているが、
 タオルで拭いても流れる汗の不快感は拭えない。

「越前、機嫌が悪そうだね」
「連日炎天下で練習してたら機嫌の一つも悪くなるッス」


 汗などかいていないのではないかという空気をまとった不二の声に、
 リョーマは目も向けずに応える。

 そのままドリンクボトルのストローを咬む。ドリンクが無くなった。
 舌打ちを一つしてボトルを置き、リョーマは立ち上がる。


「越前?」
「ドリンク無くなったんで、水飲み場行ってきます」
「あんまり飲んでも体に良くないよ」


 不二の言葉に少し手を挙げて応え、フェンスの外に出る。
 水飲み場の方に目を向けると、コートからは見えなかった位置に菊丸の姿が見えた。
 同じく水を飲みに出てきたのかと思ったが、よく見ると誰かと立ち話でもしているらしい。
 それきり興味を失って通り過ぎようとしたら、こちらに気づき振り向いた菊丸に腕を掴まれた。

「っ何を」
「おっちび〜、お客さん!」
「は?」

 その言葉で顔を横に向けると、そこにはの姿。
 今日見るとは思わなかった姿に、目を丸くする。
 菊丸の言葉とを結びつけ、首を傾げた。来るとは特に聞いていない。
 こんにちは、というの言葉を聞いて微かに眉をひそめ、菊丸の腕をふりほどいた。

「何しに来たの」
「くぉらおちび! せっかく来てくれたコになんて事言うんだっ!」

 いきなり腕で首を絞められ、ぐぇ、という声が出る。
 リョーマの言葉に少しひるんだだったが、
 そんな二人を見て小さく笑い、持っていたカバンに手を入れる。


「いきなりゴメンね。差し入れ、持ってきたの」

 渡されたのはボトルとタッパー。
 カバンの中に保温剤でも入れていたのか両方とも程良く冷えている。
 片手でボトルとタッパーを持ってタッパーを開いてみれば、そこには輪切りのレモン。


「スポーツドリンクとレモンの蜂蜜付け。簡単な物だけど、味見はしたから味は大丈夫……だと思う」
「サンキュ。ちょうどドリンク切れたから助かっ」
「へー、うまそーじゃん!」

 一ついただきっ! と横から伸ばされた菊丸の腕をリョーマはべしっ! と叩く。

「なんだよー、一つくらい良いだろー!」

 手を押さえて口をとがらせる菊丸を、リョーマは横目で冷ややかに睨み付ける。
 その視線に本気を感じ取った菊丸は、少しふくれたままコートに戻っていった。
 そんなやりとりを見てはおろおろしてしまう。

「あ、あの、多めに作ってきたから……」
「これ、オレにでしょ? だったら全部オレが食う」

 みんなで、という言葉を封じられ、はぐっと詰まる。
 そんなに構わず、リョーマはレモンを一つつまむ。
 不安そうに見てくるに、リョーマはおかしくなって吹き出しそうになるが何とかこらえた。


「うまいよ」
「……ホントに?」
「嘘言ってどうすんの」
「そう、だよね。そっか、良かったぁ」
「味見したんじゃなかったの」

 両手を合わせて嬉しそうに笑うを見て、首を傾げながらタッパーのふたを閉める。
 もうそろそろ休憩も終わりの時間だ。

「それはそうだけど、私の味付けが合うかどうか解らなかったから」
「ふーん。じゃ、これ帰りに返すから」
「え?」
「何? あ、洗ってからのが良かった?」
「ううん、別にそのままでも良いけど……練習、見てても良いの?」


 最初のリョーマの言葉で練習を見られたくないんじゃないかと思っていたは、
 リョーマの言葉に軽い驚きを覚える。
 だが、リョーマにとってはの言葉の方が驚きで。

「何で? 別に今更ダメなんて言わないけど。何か他に用事でもある?」
「え、よ、用事? 特にないけど」
「じゃ、帰り送ってくから。コレのお礼もあるし。そこの木陰ででも見てれば」

 近くの木を指差し、コートに向かおうと体の向きを変えたリョーマに、
 は口を開き、一度閉じてから、覚悟を決めたように口を開いた。


「れ、練習頑張って、リョーマ君!」








 フェンス近くまで歩いてきていたリョーマは、
 一瞬足を止めてからくるりと振り返っての元に近づき、
 自分の被っていた帽子をぽすっとの頭にかぶせた。

「うわっ!?」
「……今日暑いから、それ被ってなよ」
「あ、」

 ありがとう、と続けようとした言葉が口の中に消える。
 ぱち、と瞬きをすると、離れていくリョーマの顔が見えた。
 そのままコートに向かうリョーマの背を見て、
 はようやく熱くなる顔とレモンと蜂蜜の味を自覚した。




 今日ももっと暑くなりそうだ、と空を見上げたリョーマの顔は楽しそうで。
 暑さを嫌がっていた気持ちは何処かに飛んで行っていた。











 おまけ

「現金だよにゃ〜、おちび。さっきまであんなに不機嫌だったクセに」
「ホント、ちゃん効果ってすごいね。でもあれ僕たちのことすっかり忘れてるよね」
「うーん、やっぱここは先輩として後輩をしごいてやるべき?」
「くすっ、そうだね。帰りに親睦を深めるのも良いかも」
「あっ、それ良い! 桃達も誘ってみよっと」

 フェンス向こうの会話はリョーマ達に届くことはなく。
 顔を少し赤くしたリョーマが先輩達の練習の的にされるまであと少し。




*あとがき*

最初は名前呼びまでの予定だったんですが。
リョーマ君がとても突っ走ってくれました。暴走とも言う。
まぁ夏ですから(意味不明)


実はおまけが一番書きたかったことだったり。

2004.08.06 伊織



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