*ありがとう*「……あーちぃ……」 じりじりと肌が焼けていくのがわかる。 今日も元気に朝からテニス。 でもなー。さすがにこの暑さはどうかと思うワケよ。うん。 「菊丸先輩、お疲れさまです」 「んー、サンキュ」 ちゃんに渡されたタオルとドリンク。 洗い晒しのタオルが汗を吸ってくれて気持ちいい。 ドリンクも適度に冷えててすーっとする。 そこでやっと人心地ついて顔を上げた。 「今日も暑いですね」 「暑いっていうかもう殺人的?」 タオルを頭にかけてちゃんに笑顔を向ける。かなり力無いものだったけど。 ちゃんの前ではちょっとカッコつけ。でも内心はこの暑さの前にダウンだ。 他の奴らも ―レギュラーはまだマシだけど― 暑さにかなりバテてる。 ちゃんも苦笑して回りを見渡してる。 「! ちょっと良いかい?」 「はい。それじゃ先輩、失礼します」 ちゃんが竜崎センセーに呼ばれて行く。 何となくその後ろ姿を見てたら姿が揺らいだ。うわ、陽炎立ってるよ。 センセーとちゃんとあと手塚が一緒になって話してる。 何かな、次の練習メニュー? 次なんだっけ……基礎練終わったから個人メニューか……オレ何だっけ…… 「みんな、来とくれ!」 あぁ、ダブルス練習かな? なら大石に声掛けなきゃ。 そう考えて顔を上げたら、何かみんなが集合してる。……あれ? 「菊丸、何をしている!!」 「へっ?」 あ、集合か。やべ、ぼーっとしてた。 タオルを置いてから急いで並び、手塚に片手をあげて謝る。 この暑さの中グラウンド走らされるのはゴメンだし。 手塚はため息一つついて許してくれた。ふぅ、セーフ。 全員を見回してから手塚はゆっくりと話し出す。 「突然ではあるが、竜崎先生との相談の結果、これからの気温の上昇と部員の体力を考慮し、 本日の練習はここまでとすることにした」 ……ここまで? えーっと、つまりはどゆこと? 「今日は全員ゆっくりと休むように。なお、明日も朝練はあるので各自忘れないように。以上、解散!」 『っした!!』 つまりは……今日は練習終わりってこと! 指を鳴らして口笛一つ。休みくれーって言ってた成果が出たって所かな。 そうとなればやることはもちろん一つ! 「ちゃん、一緒に帰ろ?」 「はい」 本当は遊びに行こうっていいたかったけど、今言って聞こえたりしたら手塚に睨まれるだろうし。 着替え終わった後の待ち合わせの約束をして、オレは急いで部室に行った。 ■■■■■ 「ダメですよ、ちゃんと休まなきゃ」 帰り道でちゃんを遊びに誘って開口一番。うーん、想像通りとは言えちょびっと悲しい。 でも午後からとはいえせっかくの休み、ちゃんと遊びに行きたいし。 「オレとしてはちゃんと二人で過ごすのが一番休まるんだけど」 「疲れ、たまってると思いますよ? 私はゆっくりと休んでほしいです」 ん〜、と考えて一つ提案。 「んじゃ、一緒に休もう」 「え?」 あれ。何か違うか? ま、いいや。 「涼んで行きなよ、オレんちでさ。こっから近いし〜」 「英二先輩の、ですか?」 「そ。今ならしゃりしゃりかき氷ついてくるよん」 人差し指をぴっと立ててまじめな顔で言うと、 少し首を傾げて考えた後で、ちゃんは小さく笑って頷いてくれた。 ちゃんが! オレの家に! ……グッジョブ、オレ。 通り道のコンビニでジュースとか買い込んで、二人で並んで歩く。 ……なんか良いな、こーいうの。 「あれ?」 「ん? どったの?」 ふっと立ち止まって空を見上げたちゃん。 きょろきょろしながら目をぱちぱちさせてる。 「今、鳴りませんでした?」 「え?」 何が? って聞く前に空の向こう側に黒い雲を見つける。 あぁ、雷か。 ……ってちょっと待て。 「嘘だろー!?」 青空から一粒鼻の頭に雨が落ちてきて、 遠くに見つけたはずの黒い雲はそれこそあっと言う間に空一面に広がる。 周りは住宅街で雨宿りする場所なんて無し。 やばい、と思った瞬間、オレはちゃんの手を掴んで思いっきりダッシュした。 ■■■■■ 「たっだいま〜! 母さんタオルタオル〜!!」 「……お邪魔します」 家までかなり近いところまで来てたけど、 バケツひっくり返したような雨でオレもちゃんもかなり濡れてしまっていた。 ……関係ないことかもだけど、制服の夏服ってのは防水性に関しちゃほとんどゼロだ。 いやその、家に入ってからハンカチでオレの身体を拭いてくれてるちゃんがね。 オレのタオルは汗吸って全滅状態だし、 お礼を言いたいとこだけど、ちゃんの方を向くことが出来なくて。 なんというか目のやり場に困るというか。オレも健康な男子中学生なんですというか。 母さん取り敢えず早急にタオルプリーズ。 「英二おかえり。早かったね。……お客さん?」 「げ」 たらーり冷や汗一つ。神様これは試練ですか。 何でちぃ姉ちゃんが家にいるの。 よりによって一番オレのことをからかいそうな!! 「大変、ずぶ濡れじゃない。早く上がって、着替え貸すから!」 「いえ、そんな」 「制服は乾燥機に入れなきゃダメね。あぁもう、こんなに身体冷えてるじゃない」 オレのことはきれいにスルーしたお言葉。まぁいいけど。 ちぃ姉ちゃんの言葉に、そうしてもらいなよってちゃんの背中を押す。 とりあえずこの状態をどうにかした方が良い。 ……いや、濡れたまんまだと風邪ひくって意味だぞ? 「英二も部屋行って着替えてきなさい」 「ほいほ〜い」 対応に差がある気がするけどそこらへんは無視の方向で。 確かにオレもこのまんまじゃ気持ち悪いし。 連れられていくちゃんの背中を一瞬見送った後、超特急で部屋に向かう。 部屋に置いてあるタオルでぱぱっと体を拭いて、服も着替えて。ついでに部屋も、さっと片づけたり。 この間のテスト勉強の時、部屋掃除しといて良かった。うん。 その後すぐにリビングにとって返す。 ちぃ姉ちゃんとちゃんの二人きり。この組み合わせに不安を感じないオレではありません。 頼むからちゃんに変なこと吹き込むのだけは止めてほしいと切実に願う。 まさか悪口を言ったりはしないだろうけど、昔の恥をバラされたりするのはかなりやばい。 「ちゃん、おまたせ!」 リビングに駆け込むと、そこには楽しそうに紅茶の準備をしてるちぃ姉ちゃん。……あれ? 「あぁ、英二。ちゃんと身体拭いた?」 「え、うん。……ちゃんは?」 「シャワー浴びてもらってるわ」 リビングをきょろきょろ見渡すオレの耳をちぃ姉ちゃんの言葉が素通りする。 シャワー? 誰が? ちゃん? どこ? オレんちの? 今? 「はぁ!?」 理解したとたん思ったよりもでっかい声が出た。 いやだって、え、ちょ、シャワー? 「かなり身体冷えてたみたいだから、温まってもらおうと思って。いけない?」 「いけなくはない……けど」 むしろ嬉し…………いやいやいや!! 頭をぶんぶん振ってるオレをちぃ姉ちゃんが見てる。 ちぃ姉ちゃんの笑顔の後ろに羽根が見えた気がした。黒いやつ。とがったしっぽもオプションで。 さっきのことと言い、ちぃ姉ちゃんには全部見透かされてるっぽい。 あったかい紅茶の入ったカップを渡される。 一口飲んだら、結構身体が冷えてるって解らされた。 そのまま俺の前に座ったちぃ姉ちゃんの眼がものすごく楽しそうにきらきら輝いている。 「えっと、今日は図書館で勉強とか言ってなかったっけ」 「暑いからやめた」 いいのか、そんなんで。 「他のみんなは?」 「母さんはさっき買い物行くからって私に留守番頼んで行ったけど」 わー、バットタイミング。 「えーっとそれから」 「さっきの子、英二の彼女?」 カップが少し揺れる。 ダメだぞ、オレ。動揺するな。平常心平常心。 「うん」 カップから目を上げて、短く答える。 ちぃ姉ちゃんの顔がふっと優しくなった。 「そう」 ……およ、絶対からかわれると思ったのに。 しばらくしてから、ちゃんが上がってきて。 さっきはドタバタして出来なかった挨拶をして。 ちぃ姉ちゃんが 「英二をよろしくね」 なんて言い出してちゃんを固めて。 オレは急いでちゃんを部屋に案内した。 「明るいお姉さんですね」 「んー、明るいは明るいな。時々うるさく感じちゃうけど」 「笑顔が英二先輩にそっくりでした」 「え、そう?」 部屋に移ってちゃんとお茶会。 もちろん紅茶のセットはちゃんと持ってきてます。 かき氷は……まぁ中止でしょ、この場合。 「あの子が大五郎ですか?」 「え? うん」 やっぱり女の子ってぬいぐるみに興味があるモンなんだろうか。 ホントにおっきい、と大五郎を見てるちゃんの横顔は少しほてって赤い。 ドライヤーで乾かした髪は、軽くまとめてるけどさらさらして落ちてきそう。 ちぃ姉ちゃんが貸した服は、ちぃ姉ちゃんが着てるのを見たことあるはずなのに 初めて見た物みたいに記憶になかった。 ちゃんに話しかけようとしたとき、背中に視線を感じて固まる。 ……いやーな予感。 「……英二先輩?」 「えっ!?」 はっと気が付けばちゃんがじーっとこっちを見てる。 あ、マズい。 「英二先輩、やっぱり疲れてるんじゃ」 「いや、だいじょぶだいじょぶ!! あ、紅茶のおかわり持ってくるね!」 心配顔のちゃんに笑いかけて、空になったポットを持って急いで立ち上がる。 ドアの外に僅かな空気の流れを感じて、予感は確信に変わった。 「何でみんながいんの?」 「急いで帰って来いってメールが来てな」 「とっても大事な用があるからって呼び出されたの」 「でかした英二。あんな可愛い子なら俺は大歓迎だ」 リビングに勢揃いした兄姉たちを見てため息一つ。 ちぃ姉ちゃん、いつそんなメール打ったの。……オレが着替えてる間か。 「こんな重大ニュース、みんなに知らせないわけにはいかないでしょう?」 あー、そうだね。ちぃ姉ちゃんならそうするだろうね。 でも弟の部屋覗くってのはどうかと思うぞ。てかやめてくれ。 「顔見たんだったらもう満足したろ?」 「えー、俺も挨拶とかしたい!」 「そうねぇ、少しお話したいわねぇ」 「私ももう少し話したいけど」 「夕飯はどうする? まだ間に合うぞ?」 まだまともな事言ってくれるのは兄ちゃんだけだ。 雨が上がったら送っていくから、と言ってオレはみんなの顔をしっかりと見る。 「今日は、二人で、ゆっくり、過ごすの! 邪魔しないでくれよ!!」 頼むから家族に悪印象もたれるような真似しないでくれよ? と念をおして オレは新しく紅茶を入れたポットを持って部屋に向かった。 「おっまたへ〜……っと」 ドアを開けた先に見えたのは大五郎に寄っかかって眠るちゃん。 ポットをテーブルに置いてそーっと近づいてみる。 長いまつげ。ぷくっとしたほっぺ。きれいな唇。 すごくドキドキするけど、それ以上に……なんていうんだろう、守りたいって思った。 ちょっと考えた後で、ドアの外に 「静かに!」 って張り紙を貼って少し開けとく。 こういうときは閉めといた方がうるさいことになるしね。 「……風邪ひくよ」 「ん……」 肩に手を置いて声を掛けてみるけど、熟睡してるらしくてちゃんは起きなかった。 薄手のタオルケットを持ってきて、自分も横になって一緒にくるまる。 紅茶は冷めちゃうけど、それよりお姫様の休息が大事。 考えてみれば、炎天下の中オレ達と同じかそれ以上に動き回って一生懸命サポートして。 それなのに疲れた顔一つ見せずに笑顔で頑張ってた。 辛いことがないはずない。オレだって知ってる。 雑用って言ったって、仕事はかなりきついし、 男テニマネージャーってだけで目ぇつけられる事もある。 オレとのことがあってそれはもっと厳しくなったはずだ。 でも、ちゃんはそういうの全然表に出さなくて。 自分がやりたくてやってるんだ、って言って、仕事はちゃんときっちりやる。 オレが出ていった方が良いかと思ったときも、大丈夫って笑ってて。 だから 「ありがとう」 マネージャーの仕事頑張ってくれて 側にいてくれて 笑顔でいてくれて ちゃんの額にキス一つして充電完了。 起きる頃には雨も上がっているはず。 キミも早く元気になって? *あとがき* 菊丸先輩。大家族の家は彼氏彼女を連れて行くの大変だと思います。 末弟はとても愛されているのではないかと。からかいも愛です。 このお題は単純で難しい言葉なので、紆余曲折を経て菊丸先輩に決まりました。 夏のはじめに書き始めたんですが、途中かなり開いて文体変わっちゃいました。げふ。 2004.09.03 伊織 <<戻る |