*俯く*




 放課後の教室に、カリカリとシャープペンの音が響く。
 音の発生源である桃城は、手を止めると上目遣いで顔を上げた。

「なー、。そろそろ切り上げねー? 残りは家でやっから……」
「却下。もうちょいなんだし頑張れー。私も先生に頼まれちゃったしさ」
「……くっそー。ついてねーな、ついてねーよ」
「はいはい。愚痴はいいから、ちゃっちゃと終わらせてねー」


 横向きに座っているは、手に持った本から顔を上げずに、やる気のない声で桃城に声をかける。
 後ろの席でプリントの山と格闘している桃城は机に突っ伏した。

 プリント内容は数学の課題。
 授業中居眠りをしていたことで呼び出され、しこたま説教を食らったあげく、
 今日中に提出しろ、と出された物である。

 ちなみには、教室で読書をしているところを同じ教師に見つかり、桃城のお目付役を仰せつかった。
 いわゆる逃亡防止の監視人である。


「ったく、部活休みの今日狙うなんてヒデーよな」
「え、今日部活ないの?」


 驚いては少し顔を上げるが、桃城は顔を伏せたままで 「あー」 と返事らしき声を出した。
 そういえば放課後にいつもテニスコートの方から響いてくる嬌声が聞こえない。
 なるほど、とひとりごちて再び本に目を落とす。


「部活休ませるわけにもいかないからって、溜まっていた分も本日大放出ってワケだ」
「……そういうことらしい」
「部活出れなくなるより良いんじゃないの? 桃としては」


 早弁・居眠り・宿題忘れ。それらの積み重なりがこのプリントの山らしい。
 の言葉に桃城は頭を上げると、ため息一つ付いて頭をかきつつ、のろのろとプリントに取りかかる。


「くっそー、色々計画立ててたってのに……」
「なに、予定でもあったの?」
「え? あ、いやその……」


 あからさまに目を泳がせる桃城をみて、は本にしおりを挟んで閉じる。
 変に慌てている姿にかえって疑問がわき、桃城の顔を凝視した。


「桃、何隠してんの」
「なんも隠してねーよっ! 新作ゲーム、今日中に攻略してやろうと思ってただけだっ!!」
「ホントにそれだけ〜?」


 疑いのまなざしを向けたままのに、桃城は内心冷や汗をかく。
 部活休みの今日、なんとかと一緒に帰って放課後デートみたいなことを出来ないかと考えていたのだ。
 だが昨日一晩中考えていた計画も、この状況ではどうしようもない。
 心の中でため息一つ付くと、の目をさけるようにプリントを埋めていく。




「あ、わかった!!」


 いきなりのの言葉に、桃城の体が、ぎくっとこわばる。
 そろーっと顔を上げると、そこには我が意を得たり、という表情をしたがいた。


「さては、昨日もそのゲームやっててほとんど寝てないんでしょ。居眠りの原因それだな〜?」
「は?」
「荒井達と早解きの競争やってるのは知ってるけどさ。程々にしときなよ?」


 軽く笑って指さすの人差し指をじーっと眺めたまま、桃城は生返事を返す。
 事実は違うが、寝不足なのは確かだし、訂正することもない。
 しかし。




 ―― わかってんのかねぇ、コイツ。今ココ二人っきりなんだぜぇ?


 再び読書に戻ったを見ながら、桃城はプリントを埋める手を止め、シャープペンを回す。
 つきあってる二人が放課後の教室に二人きり。
 考えてみれば、とてもいいシチュエーションだと思うのだが。
 ……まぁ、その過程が居残りだというのはちょっといただけないが。

 そこまで考え至って、桃城はがここにいる理由を知らないことに気が付いた。


「そういやは何でこんな時間まで居残ってたんだ?」


 内心ぎくっとしただったが、顔には出さないようにして本のページをめくる。


「桃も知ってるじゃん。先生に頼まれた時そこにいたんだから」
「まぁそりゃそうだけど、そうじゃなくてその前だよ」
「……んー、これ読んでてね。どうせなら最後まで読んでから帰ろうと思ったから」


 手にした文庫本を軽く上げて示す。
 話をしてる間も時折ページをめくっていくに、桃城はちょっと考えてから首を傾げた。


「なぁ、それって面白れーの?」
「私は好きだけど」
「へー。どんな話?」
「……4人の個性的な魔女とそのお師匠様がまきおこすドタバタコメディ」
「……それって面白れーの?」
「だから私は好きなんだってば。面白いかどうかは人によるからわかんないよ」


 ふーん、と頷く桃城に、また一枚ページをめくって、プリント、とは一言つぶやく。
 うわっ、と桃城は慌てて止まっていた手を動かす。
 その姿を横目で見て、はもう一枚ページをめくった。

 実のところ、は本を読んでいない。
 既に何度も読んだ本なので、話の内容は覚えてしまっている。
 それなのに学校にまで持ってきた理由は……暇つぶしのためだった。


 ―― ヤだな。いた理由、バレたりしてる?


 テニス部が終わるまでの間、暇つぶしに読もうと持ってきた本。
 ただ単に待っていても良かったのだが、なんだか気後れした。
 帰りを誘うことも、部活が終わるまで待ってるとも言えず、
 遅くまで居残っている口実のために持ってきてしまった。

 本当は友人のと一緒に話でもしながら教室に残っていようと思ったのに、
 用事があるから、とはあっさり帰ってしまった。
 特に理由を話していなかったのに、 「頑張ってね!」 と笑ったの顔を思うと、
 本当に用事があったのかどうかは疑問だが。

 以前にも桃城と帰ったことはある。
 ただ、その時はそれこそと話していて遅くなり、たまたま部活が終わった桃城達と帰りが一緒になったのだ。
 そのまま遊びに行ったことも何度かある。
 でも、 「一緒に帰る」 ために残っていたことはなくて、そうしようと思ったことも今日が始めてで。
 自分の行動がなんだか恥ずかしくて、殊更に本を読んでいる振りをしながらページをめくる。




 桃城がプリントを終わらせるのが早いか、が本のページをめくり終えるのが早いか。
 夕日でお互いに顔が赤く染まる中、二人は相手を誘う機会がつかめていなかったりする。





*あとがき*


結局の所二人とも、一緒に帰りたいね、という話。


2004.12.17 伊織




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