*飛ばない鳥*屋上への扉を開けたら、金属製のそれはキィ、と結構大きな音をたてた。 目の前に広がるのは一面の青。 授業中の今は当然の事ながら人は誰もいない。……でも。 扉は勝手に閉まるのに任せて裏に回り込み、給水塔へのはしごを登る。 そこには想像通り、クラスメートのさんが仰向けになっている姿があった。 「何してるの? さん」 「…………あれー、不二くん。どうしたの?」 僕が聞いてるんだよ、と軽く笑いながらはしごを登りきる。 そのまま隣に足を伸ばして座った。 「生活指導の先生だと思ったのに」 「その方が良かった?」 「んー……」 声を掛けたときはこちらを向いていた顔は、既にまた空を見つめている。 瞳に映るのは雲一つない空。それだけ。 「こんなにいい天気の日はひなたぼっこが一番だよね」 「サボりの口実?」 「不二くんこそ何でここに?」 「うーん、今日はいい天気だなぁって」 「ははっ、仲間?」 「うん、仲間」 そっか、仲間か。と呟いてさんは瞳を閉じた。 そのまま眠ってしまうのかと思ったら、ぱちっと眼を開けて勢いよく立ち上がった。 「仲間ならさ、不二くん。秘密の話、しようか」 「秘密の話?」 「そう。誰にも言わない、ここだけの話」 口元に人差し指を一本立ててさんが笑う。 ―― うん、いいよ 「楽しそうだね。どんな話?」 「んー、やっぱりここは定番の恋バナかな!」 さんが声をひそめて顔を近づけてくる。 その笑顔と後ろの青が哀しいくらいに眩しい。 「不二くんは好きな人っている?」 「……うん、いるよ」 ―― 今、ここに 「そっか、いるのか。知ったら悲しむ子、かなりいるよね」 「内緒の話でしょ、これ」 「わかってる、言わないよ。で、やっぱり毎日がドキドキワクワク?」 「そうだね。そしてキツくて苦しい」 「あ、わかるわかる〜」 くすくす笑いながら背中を向けるさんが愛しくて 思わず抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。 「私もいるんだけどね、好きな人」 「へぇ、そうなんだ。知ったら悲しむ人、かなりいそう」 ―― 知ってたけど、ね 「あはは、秘密だよ〜?」 「うん、わかってる」 「なんていうかさ、毎日がフワフワ〜とギューっとの繰り返しだね」 「なんとなく、伝わるね」 ―― 甘くて、切ない 「相手が幸せならいいなーって思うのに、振り向いてほしいって考えちゃって」 「両方とも、ホントの気持ちだよね」 ―― だから、振り向いて? 「ホントに……キツくて苦しいよね……」 背中を向けたまま空を見上げるさんが、そのまま空に溶けてしまいそうで 僕はゆっくりと立ち上がった。 「さん?」 「あーなんだかようやく恥ずかしくなってきた。ホントに内緒だよ、不二くん」 こちらを向いたさんは微笑みを浮かべたまま。 それは自然で。自然すぎて。 少し強めの風が吹いて、瞬間目を閉じそうになったけど、 彼女が消えてしまいそうで出来なかった。 「っぷ、すごい風……って、不二くんどうしたの!?」 「え? ……あぁ、目に砂が入ったみたいだ」 「大変じゃん! えっとこれ、使って!」 手渡されたハンカチを目元に当てる。 ありがとう、とお礼を言って、大丈夫だから、と軽く笑う。 水と共に全てが外に流れ出ればと思う。 僕の中で蹲っている、思いも全て。 「さんは、大丈夫?」 「うん、風は後ろからだったし。あ、それそのまんま持ってっちゃっていいよ」 違和感の無くなった瞳で彼女を見つめる。 その背に見えるのは、青に映える白い翼。 ……傷付いてしまった、白い翼。 例え背中を押されても、飛び立つ勇気は僕にはなくて。 君の笑顔が眩しい僕は、君を見てるだけで幸せなんだ。 ―― 僕を置いていかないで *あとがき* 何が書きたかったんでしょうか?(聞くな) 確か最初は失恋した子を慰める不二先輩の話だったはず。 そうか、どっちにしろ暗い話だったか。 不二先輩は書きやすいです。私の中では、何でも有りっぽいので。 2005.01.14 伊織 <<戻る |