*賞味期限*「………それで結局どうなったの?」 は半眼で聖ルドルフのテニスコートであるはずの場所をにらんだ。 空は午後の陽。コート脇のアスファルトが照り返し、じわじわとした蒸し暑さがある。 少し離れた木陰に人集りがあった。聖ルドルフ学院男子テニス部部員一同だ。 「あなた部長でしょう? 部員に迷惑かけてどうするの」 「迷惑をかけたつもりはない」 ―― ええ、そうでしょうとも。 はそう心の中でひとりごちて目の前で仏頂面をしている赤澤吉朗をみすえた。 コートの真ん中で胡座をかく赤澤の周りにはヨーグルトが三カップある。赤澤は篭城戦のつもりだった。 ことの始まりは赤澤がいつか思いついた 『王国建設』 問題。 最初赤澤が話し出したときには少々乗り気だった他の部員もだんだんとそのことに触れなくなっていった。 そもそも割り当てられた 『国民』 の仕事の残骸が部室の片隅に放りだされたままという現状が物語っているように ほぼ部員全員が過去のこととしてしまっていたのだ。 部員標準の認識としては 「ああそんなこともあったね」 といったものだった。 その中、赤澤が着替えの最中に放った 「それで収穫祭てのはいつだ?」 という言葉は 部内の空気を一瞬止めるに値する充分なザ・ワールドだった。 「とりあえずそのロープをどけないと練習ができないでしょう」 赤澤を囲むようにして ”ソレ” はある。はロープと呼んだ ”ソレ” を取ろうとしたが、ぼそりとつぶやかれ躊躇した。 「さわるな」 「なに?」 「そこから先はオレの領地だ」 つまり、赤澤から半径一メートルほどが今の赤澤の 『王国』 らしかった。 「入るんだったら決めたことをちゃんとやるって約束してからだ」 「わがまま言うんじゃないの」 「おまえらだって最初はなんだかんだ言っても結局楽しんでやってたじゃねーか」 赤澤のその言葉は少し離れた部員達に向かっての言葉だった。 そっぽを向いて言う赤澤はいつになくさみしそうだ。 その言葉を聞いて彼等はそれぞれに 『王国ごっこ』 を思い出した。 と、そのとき 「ところで赤澤」 おもむろに木更津が手を挙げた。 「そのヨーグルト、一週間前のだけど」 「……木更津先輩、なんでそんなことを」 金田が言った。 「いや、それ部室から持っていったヤツでしょ? だったらそのはずだなぁと思って」 「そうじゃなくて知っていたなら何故それをそのままにしてるんです」 これは観月だ。部内の管理体制に不備があったことにショックを受けているらしい。 「ううん、今日家から持ってきたんだけどよくみたら期限がきれてて」 普段の赤澤ならばそんなヨーグルトであろうとなんのことはなく食べてしまう。 しかし今は違った。 心もとなさそうな顔でじっとカップをみつめてそのままだ。 「王様」 「………なんだ」 彼は呼ばれてゆっくりと重そうに頭を持ち上げた。 「ひとまず、おなかすいてない?」 答えるかわりに腹がかわりにぐうと返した。 なんだかんだ言っても、好きな人と一緒にいるのが一番いい。 「でもさ」 「なんですか野村先輩」 「一番最初に忘れたのは赤澤だったと思うんだけど」 「そうでしたね」 「それはそうでしょう」 「わかってたことというか」 「当然だよね」 「まあいつものことだしね」 *あとがき* いつのまにか続いていました。 2005.04.29 石蕗柚子 <<戻る |