「あれー迷っちゃったかな〜?」 プールへ向かう道。呑気な声をあげたのは千石だった。 今日はテニス部みんなで夏休み。 たまにはプールにでも行こうと言いだしたのは千石で それに乗ったのが新渡戸に喜多、次にマネージャーの壇、だった。 部長である南とその相棒・東方はまぁたまには、ということでOKをだし 室町は言葉少なに、錦織はいつのまにか承諾した。 残るは亜久津というところで言い出しっぺの千石が 「それはまかせて♪」 となにやら二人きりで話をしだし、 翌日渋々とながらも亜久津がプール遊びに興じることを受け入れたことに 彼らは驚愕したのだった。 そこで何が取り交わされたのかは謎のままである。 *方向オンチ*しかして冒頭の台詞を吐いたのはまぎれもなく事のはじまりを作った千石清純である。 夏らしい日であった。 なにをしなくとも、ひたいから背中からありとあらゆる体中から汗がふきだしてくる。 南は頭を抱え、室町は何か言いたそうにし、 そしてそこにいた全員が思ったとおり音速でキレたのが亜久津だった。 「あんだとコラ」 「いや、だからねあっくん。どうやらプールへの道がわかんなくなっちゃったかもしんないなぁ〜っと」 「テメェどの口で言ってやがる。いっぺん沈むかコラ」 「やだなー潜水はあんまり得意じゃないんだよね〜。いやほら、本当に困ってるんだって」 「困ってるのはコッチだ!!」 亜久津の言うこともまあまあもっともであった。 おすすめのプールへの行き方を 「だいじょーぶだいじょーぶ、それもまかせてちょーだい♪」 と言ったのは千石である。 そしてその結果がコレだ。 付いていった者はそれはたいそう困るだろう。 「千石、地図は持ってきてないのか?」 冷静に手を挙げて聞いたのは南。やはり常識人であった。 「地図? うん、オレってばうっかり」 うっかりではない。 「あれ、ちょっと待って。千石先輩が言ってたのって最近できたあのプールでしょ?」 が言った。 「うんそうそう。あそこってば流れるプールもスライダーも面白いんだよねぇっ」 「それだったら私、行き方わかるかも」 そこにいた全員が求めた助け船であった。 「センパイ、行ったことあるんですか?」 壇が聞く。 「うん、何度かね。家族と一緒になんだけど」 「本当にわかるのか? 無理して変に迷うとマズイだろう」 これは南。東方が横でうなずいた。 「大丈夫、大丈夫。何度も行きましたもん」 「それでここからどっちに行けばいいのさ? 僕もうクタクタだよ〜」 これは喜多。 頬のぐるぐるも心なしかへろへろとしている。 「えっとね、この道をあっちに行ってずーっと行ったところ。 角に大きな看板があったからわかりやすいはず」 「じゃ、行こうか。他にあてもなさそうだし行ってみるのもいいんじゃな〜い? あ、それから向こうにコンビニがあるから水分補給したいなぁ」 これは新渡戸だった。 数分後。 「ねぇ……本当にこっちでいいのかい?」 恐る恐る錦織が切り出した。 すでに全員が同じ気持ちであった。 「う、うん……あ、あれ? あそこでショートカットした方が早いはず! と思って曲がったんだけど」 「それってば方向オンチの常套手段」 「だよね」 新渡戸と喜多がステレオ戦術で責めた。 「うッ……た、たしかにたまに迷ったりもしますけど」 「たまに?」 しつこく新渡戸。 「たまに……初めて行くところとか、初めて歩くところとか、 初めてじゃないけど一人で通ったことがないところとか」 「それってこの状況じゃん」 喜多がトドメをさした。 「う……どうせ私は方向オンチですよー!!」 が瞳をうるうるさせはじめたところで室町が肩をぽんぽん叩き言った。 「泣くなようっとおしい。 とりあえず万策尽きた、ってところですかね千石さん?」 「うーん…………そういうこと……」 「ちょっと待った」 おごそかに新渡戸が千石の言葉をさえぎった。 その時の彼はなにやらオーラをまとっていた。 (遠巻きに見ていた亜久津いわく 「汗とかの蒸気じゃねぇの?」 ) そしてその目をキラリと光らせると (亜久津いわくの 「光の反射だ」 ) ある所作をしはじめた。 「新渡戸センパイ、何するですか?」 「あれっもしかしてアレが見られるの?」 「え、アレってなんだ?」 「何?」 「何だ?」 「何ですか?」 「知るか」 新渡戸のその手はゆっくりと自らの頭頂部へ弧を描いた。 刹那、 『それ』 は手に取られた。 『摘まれたのではない。それは手に取られたのである』 「センパイッその芽ってッ」 「着脱式だったのーーーッ?!」 後輩たちの叫びがこだました。 「静かに。プール……水のある場所。…………そう。…………この方角だね」 再び新渡戸の目が光った。 確かにその双葉……に見える物体……はそちらの方角を示していた。 には一瞬、ひょこりと動いた、ように思えた。 「地図かしてよ喜多」 「はいっどうぞ」 そしてそれは手渡されたのだった。 「地図あったのかよ!」 すかさず亜久津が叫んだ。 「え、はい、さっきのコンビニで」 「そ……そうだった…………!」 「南、落ち込むな。コンビニに地図があることくらい忘れることは誰だってある」 「え、あるかな?」 「錦織は少し黙っててくれ」 すうっと紙に目を通して一言。 「ここならこの道をそこで曲がれば早い。 日が暮れちゃうまえに、さ、ほらみんな行くよ〜」 異論を唱える者は誰一人いなかった。 否、唱えることすらできなかったのである。 とりあえず今はプールに着くことができればなんでもよかったので。 そして、彼らはようやく炎天下の中プールにたどり着くことができたのである。 彼、新渡戸稲吉の力は偉大であった。 地図を読むことができたのだから。 「ねえねえねえってば。室町、やっぱりそのサングラスはずすの?」 「? いや、泳ぐんだろ? 邪魔になっちまうだろ」 「じゃ、はずすんだ? 逆パンダでもっ?」 室町が涙を流してしまったあの日。もその光景を目の当たりにしていた。 謎は謎でなくなった。……それならば大いにからかってやろう。 はそう思っていた。 「バーカ、練習量がハンパない証だろ。 いまさら気にしないぜそんなこと。むしろ誇らしいくらいだな。 それにクラスの奴等には見られ慣れてるし」 …………そうだ。そういえば彼のクラスメイトは何故あんなことを言っていたのだろう? の思惑はからぶりし、新たな謎を残した。 「ほら行くぞ。みんなが待ってる」 着替え終わった室町十次の素顔がの目の前にあった。 「…………うん」 この夏に新調したばかりの水着を着て、は彼の後ろを歩く。 思いのほか足の速い室町に対抗意識を燃やしては室町のところまで追いついた。 「室町、はやい」 「お前が遅いんだろ。ほら手、貸せよ」 ちらっと横目で視線をかわした。 「ねえ」 「なんだよ」 「室町ってさあ……さっきあんな事言っちゃったからじゃないけど、なんていうか」 「なんだ、はっきりしろよ」 「その、室町の目、つぶらで可愛くって好きかも」 室町からその手が離された。 「今、なんて言った?」 「え? その、目が、だからね、わりと」 「その後だ」 「…………つぶらで、可愛い?」 「これ以降その話題は禁止」 を置いてすたすたと行ってしまう室町。 向こうで 「おーい」 と手を振る仲間たち。 「えーっ、ちょっと、なんで? 誉めてるのにっ」 「うるせー禁止だって言ってるだろ! もう二度と言うな!」 「ちょ、ちょっと待ってよー!」 わからないことって、わからない。 一方通行や行き止まり。そんな複雑怪奇がぼくらを待つ。 迷路はまだまだ抜け出せない。 ** 2007.10.31 石蕗柚子 <<戻る |