2021年共通テスト・国語・第一問出題文(香川雅信〈江戸の妖怪革命〉の序章の一部)の検証
はじめに
今年から、大学入学のためのテストシステムがセンター試験から共通テストに代わり、今まで続けてきた第一問(論文形式文)の検証は、もう行わずにすむかなと期待していたが、あいにく指摘しとかなければならない要件が「段落9」と「段落14」にあった。そこで検証に必要な箇所のみピックアップして、あるいは要約して、検証していくことにする。
ちなみに、出題文は「江戸の妖怪革命」の一部だとしても、受験生に課される論文形式文である以上、全体に首尾一貫性が求められることは指摘されるまでもない。
段落1
フィクションとしての妖怪、とりわけ娯楽の対象としての妖怪は、いかなる歴史的背景のもとで生まれてきたのか。
娯楽としての妖怪が生まれてきた歴史的背景を解明すると述べているので、読み手はその解明を期待して読み進める。
段落9の一部
@本書では、このアルケオロジーという方法を踏まえて、日本の妖怪観の変容について記述することにしたい。Aそれは妖怪観の変容を「物」「言葉」「記号」「人間」の布置の再編成として記述する試みである。……後の2文は省略……。
A文が意味不明。何が意味不明にさせているかといえば「再編成」という言葉である。再編成という言葉の意味は「もういちど編成しなおす」である。であるならば、最初の編成(組織し形成すること)が、この文に至るまでに、予めなされていなければならないが、なされているわけではない。よって、「再編成」ではなく「編成」が適切である。
それはそれとして、読み手としては、「段落10」以後、「物」「言葉」「記号」「人間」の布置の再編成(?)が、どういうかたちか分からないが、とりあえず記述されるであろうと期待する。では、読み進めていこう。ちなみに妖怪観の変容が出題文の主題であるから、ついでに、要点を妖怪に絞り、赤文字で記す。
段落10の要約
前段落の@文と同様の内容。
段落11の要約
中世における妖怪の出現は、多くの場合「凶兆」、つまり神仏/神秘的存在からの警告として捉えられ、「妖怪」は神霊からの「言葉」つまり「記号」だった。妖怪にかぎらず、あらゆる(自然)物は意味をもつ「記号」として存在していた。人間にできることは、「記号」の読みとりと神霊への働きかけだけだった。
*中世における妖怪は意味をもつ「物=記号」であった。
段落12の要約
中世における「物=記号」という認識は、近世において変容し、「物=物そのもの」となり、西洋の博物学に相当する本草学の成立の影響をうけて、妖怪も博物学的な思考あるいは嗜好の対象になった。
*近世における妖怪は博物的な嗜好の対象、つまり意味をもたない「物」になった。
段落13
この結果、「記号」の位置づけも変わってくる。かつて「記号」は所与のものとして存在し、人間はそれを「読み取る」ことしかできなかった。しかし、近世においては、「記号」は人間が約束事のなかで作りだすことができるものとなった。これは、「記号」が神霊の支配を逃れて、人間の完全なコントロール下に入ったことを意味する。こうした「記号」を、本書では「表象」と呼んでいる。人工的な記号、人間の支配下にあることがはっきりと刻印された記号、それが「表象」である。
段落13の要約
近世における「記号」は、中世の意味をもつ「記号」から、人間が作った意味をもたない「記号」つまり「表象」へと変容した。
*この段落には「妖怪」という言葉は記されていない。
段落14
@「表象」は、意味を伝えるものであるよりも、むしろその形象性、視覚的側面が重要な役割を果たす「記号」である。A妖怪は、伝承や説話といった「言葉」の世界、意味の世界から切り離され、名前や視覚的形象によって弁別される「表象」となっていった。Bそれはまさに、現代で言うところの「キャラクター」であった。Cそしてキャラクターになった妖怪は完全にリアリティを喪失し、フィクショナルな存在として人間の娯楽の題材へと化していった。D妖怪は「表象」という人工物へと作り変えられたことによって、人間の手で自由自在にコントロールされるものとなったのである。Eこうした妖怪の「表象」化は、人間の支配力が世界のあらゆる局面、あらゆる「物」に及ぶようになったことの帰結である。Fかつて神霊が占めていたその位置を、いまや人間が占めるようになったのである。
「<妖怪>は、…中略…<表象>になっていった」と、A文は唐突に述べている。唐突だと、読み手の読解作業は停止する。そこで、A文を読まされた読み手の唐突感の理由を探ることにする。
その前に、一つの言語学的原則を述べておくと、概念は言語に表現されてはじめて存在するということである。読めば推察できるだろうと言う、書き手の言い分は、概念用語満載の論文形式文においては通用しない。
「妖怪」「物」「言葉」「記号」「表象」はすべて概念である。そして、段落1で明記されている出題文の主題「娯楽的妖怪誕生の歴史的背景の解明」自体も概念である。概念で概念が説明されるためには、概念を示す言葉のすべてが言及の段階でつながっていなければならない。つながっていないから唐突なのである。ということで、つながっていないのなら、A文を添削して、つなげるしかない。
A文の添削文
伝承や説話といった「言葉」の世界、意味の世界からすでに切り離されていた「妖怪」もまた、名前や視覚的形象によって弁別される「表象」となっていった。
さて、もう一つ、この段落14で、言及しておきたい箇所がある。結論を先に言うと、E文とF文との順番を交替させることである。説明まで行う必要はないであろう。
了