その6/スパイクタンパク質の遺伝子がヒトのDNAに組み込まれるか?(1)
*レトロウイルス(逆転写酵素をもつRNAウイルスの総称)
mRNAを用いたワクチンのほうが、RNAが誤ってヒトのゲノムに組み込まれることがないので安全と主張されているが、正しいかどうかは不明である。「DNA?RNA?タンパク質」という古典的なモデルが間違っていたことが分かったからである。現在では、RNAを相補的なDNA(cDNA)に逆転写する遺伝子をもつレトロウイルスと呼ばれる大規模なクラスのウイルスが存在していることが分かっているからである。レトロウイルスとは核酸としてRNAをもち、生体細胞に感染すると、逆転写酵素が働いてDNAに転写され、宿主の染色体に組み込まれるウイルスの総称。乳腺腫ウイルス、エイズウイルスなどがある。1975年、ハワード・テミン、レナート・ダルベッコ、デビッド・ボルティモアの3人は、逆転写酵素と、レトロウイルス(ヒト免疫不全ウイルスHIVなど)がRNAからDNAを導きだすために合成することを発見して、ノーベル医学・生理学賞を共同受賞した。
*SINEとLINE(逆転写酵素の提供とサポート)、そしてレトロトランスポゾン
その後、逆転写酵素はレトロウイルス特有のものでないと判明した。ヒトゲノムの三分の一以上は、SINEとLINE(それぞれshort and long interspersed nuclear element)と呼ばれる謎の移動性DNA要素に費やされていることが判明した。LINEはRNAをDNAに変換するための逆転写酵素の機能を提供し、SINEはDNAをゲノムに組み込むためのサポートをする。ということは、RNAはDNAに変換されてゲノムに組み込まれ、新しい遺伝子として後世に残されることになる。
換言すると、SINEとLINEはレトロトランスポゾン(retrotransposon)と呼ばれる大規模な遺伝的要素である。トランスポゾン(transposon/可動遺伝因子)の一種であり、多くの真核生物組織のゲノム内に普遍的に存在する。RNAを介してDNAをゲノムの新しい場所にコピー&ペースト(貼り付け)できる。その過程で遺伝子に変化をもたらす可能性がある(Pray,2008)。
レトロトランスポゾンは「ジャンピング・ジーン」とも呼ばれ、50年以上も前にニューヨークのコールド・スプリング・ハーバー研究所の遺伝学者のバーバラ・マクリントックによって初めて発見された。その後、1983年に彼女はこの研究でノーベル賞を受賞している。
LINEとSINEは協力して、DNAをRNAに変換し、さらに新しいDNAに変換して、それがゲノムのATリッチ領域に挿入することで、新しいゲノム部位に侵入できる。特に最近は外来性のRNAを宿主のDNAに取り込む働きがあることが明らかになってきている。マウスのゲノムにみられるレトロウイルス様の繰り返し要素であるIAP(遺伝子の一種)は、ウイルスのRNAをマウスのゲノムに取り込むことができることが分かっている。
*外因性レトロウイルスと内因性レトロウイルス
内因性レトロウイルス(HERV)は、レトロウイルスに酷似したヒトのDNA内の良性のセクションであり、もともと外因性レトロウイルスであったものが統合される過程でヒトゲノム内の恒久的な配列になったと考えられている。内因性レトロウイルスは、すべての脊椎動物に豊富に存在し、ヒトゲノムの5〜8%を占めると推定されている。胎盤と子宮壁との融合や、受精時の精子と卵子の融合ステップに必須であるシンキュティンというタンパク質は内因性レトロウイルスタンパク質の好例である。胎児は別の内因性レトロウイルスであるHERV-Rを高レベルで発現しており、それは母親からの免疫攻撃から胎児を保護しているようである(Luganini & Gribaudo, 2020)。内因性レトロウイルスの要素はレトロトランスポゾンによく似ている。よって、mRNAワクチンからのスパイクタンパク質RNAが、内因性レトロウイルスの力を借りてDNAに変換する懸念は理論的にありえる。
*外因性レトロウイルス遺伝子の永久的なDNA統合
多くの場合、人間は、宿主に害を与えず共生している可能性さえある外因性レトロウイルスの大規模なコレクションによって植民地化されている(Luganini & Gribaudo, 2020)。実験室で、外因性ウイルスは内因性ウイルス(宿主のDNAに永久にとりこまれる)に変えることができた。これは着床前のマウス胚にモロニ―マウス白血病ウイルスを感染させたことで立証された(Rudolf Jaenisch, 1976)。この感染した胚から生まれたマウスは白血病を発症し、ウイルスのDNAが生殖細胞系列に組み込まれて子孫に伝わったということになる。
*LINE-1は広く発現している
LINEだけでもヒトゲノムの20%以上を占めている。最も一般的なLINEはLINE-1で、基本的な生物学的プロセスを制御する逆転写酵素をコードしている。LINE-1は多くの種類の細胞で発現しているが、特に精子では高いレベルで発現している。精子細胞は、外因性DNAおよび外因性RNAのベクター(遺伝子運搬因子)としてLINE-1を使用する。精子は、外因性のRNAを直接cDNAに逆転写し、このcDNAをパッケージ化したプラスミド(細胞質にあって染色体とは独立して自己増殖し、次世代に遺伝される染色体外性遺伝子)を受精卵に送り込むことができる。これらのプラスミドは、胎児の体内で自己増殖し、胎児の多くの組織に存在することができる。これらのプラスミドは転写能力があり、含まれるDNAによってコードされるタンパク質の合成に使用することができる(Pittoggi et al 2006)。逆転写酵素は、がん細胞でも生殖細胞でも、新たな遺伝情報の生成に関与している。多くの潰瘍組織では、高レベルのLINE-1が発現しており、核内に多くのプラスミドが存在することが分かっている。悪性グリオーマは中枢神経系の原発腫瘍である。これらの腫瘍から、DNA、RNA、タンパク質をふくむエクソソームが放出され、それが一般循環に乗ることが実験的に示されている(Vaidya & Sugaya, 2020)。また、LINE-1は全身性エリテマトーデス(炎症性病変)、シェーグレン症候群などのいくつかの自己免疫疾患の免疫細胞で高発現している(Zhang et al, 2020)。
つづく