飯塚的人格の形成環境を考える。
池袋暴走事故を起こした飯塚被告が禁固5年の有罪判決を受けた。いまのところ、老人ゆえに禁固されるかどうかは未定だが、この老人に個人的恨みはないが、数日でもいい、たとえ一日でもいい、刑務所に拘置されるという体験を受けて欲しいと願う。おそらく、この老人には謝罪の意識は一切ないと思うから、せめて、罰を受けるという体験ぐらいしてもらわなければ、世の中の公平さが乱れてしまう。
飯塚罪人と同じような人格は世間にわんさといる。このコロナ禍で多くの国民の生活権と命が失われているときに、東京オリパラを強行し、今は総裁選という内ゲバ(権力争い)にいそしんでいる手合たちも同じような人格であろう。なにせ、彼らの視野に国民は映っていない、いるのは自分たちの利権・権力のみ。本日、菅が辞任の意向を示した。メディアとコメンテーターたちが内ゲバの内情を愉快半分に語っているが、その話のなかには国民は出てこない。つまり、メディア人たちも飯塚罪人と同じような人格だということであろう。
人の生きてきた環境を想像させられた記憶に残るいくつかの目撃談がある。
たとえ見知らぬ人であっても、道ですれ違ったとき、ハローと会釈を交わすという文化を学んだ私は、日本に帰ってきて、見知らぬ人とは挨拶をかわさないのが普通という逆カルチャーショックを受けた。逆に変な人と怪しまれることから、その習慣は消えていったが、当初のことである、近所の道を歩いていたとき、定年退職したふうの六十なかばぐらいの男性とすれちがった。「こんにちは」と頭を下げた私に返された挨拶は、なんと無言かつ頭を上げる所作だったのである。おそらく、これは上役が下役から挨拶を受けたときの、会社勤めか、役所勤めか知らないが、長い間に培われた所作であろう。挨拶は上を向くものと、彼に自然の所作として教えこんだのは、彼の環境であろう。
ある日、かかりつけの医院に行って、診察の順番を待っていた。老夫婦が入ってきて、ソファーに並んで座った。妻がハンドバックの中を見ながら、「保険証がない」と言い、「ああ、車のなかだろう」と夫が言って、ズボンのポケットをごそごそとやっていたが、ようやく車のカギが見つかったのだろう、夫はゆっくりと立ち上がった。そして土間口まで、たどり着くのに、どれくらいかかったか、思わず、駆け寄って、手を貸してやろうかなと思ったぐらい、おぼつかなかった。いつものことなのだろう、妻は知らん顔している。私は、歩くにも靴を履くにもおぼつかないのに運転しているとびっくりし、その老人の運転を私は懸念した。四肢を思うように動かせないということは、単に四肢の問題ではない。脳の衰えでもあり、運動神経の衰えでもある。脳が動けと命令しても、その伝達神経はすぐさま四肢に届かないということだ。
家から家へとチラシを配ってまわるアルバイトがある。杖をついて歩く老人がそのアルバイトをしていた。毎週何曜日かに、通行の邪魔にならない道路の角に赤い車を駐車し、杖をついてチラシを配る。配り終えて、車のところに戻ると、やおらタバコをとりだし一服し、おぼつかないふうにゆっくりと車に乗りこみ、車をバックさせ帰っていく。車もその人のなりも悪くはないから、アルバイトはおそらくリハビリ目的だったかもしれない。赤い自動車は目立つ、道路の上に住んでいた私からよく見えたというだけで、けして見張っていたわけではない。杖なしでは歩けないから自動車は必要という考え方もあるが、杖の老人には、他者をまきこんでしまう事故をおこしてしまうかもという想像力はない。
英語に「Sluggish/スラゲッシュ」という単語がある。「反応が遅い/機能が鈍い」という意味である。まあ、配管の具合が悪くなかなか水がはけてくれないイライラ状態を指す。私も相当の歳だから、何をするにも、スラゲッシュだと、自覚している。若いころは難なくできたことが簡単にはいかない。失敗はいろいろあるが、たとえば、冷蔵庫の扉をあけたままで野菜室から頭をあげてぶつける、なんてことはしばしば。新しいホームページを作ろうと、やったが、うまくいかなくて、トップページのタイトルだけをアップして、そのまま1か月以上もほったらかし。
I am Sluggish は私自身への呪いの言葉であるが、同様に戒めの言葉である。脳と行動との感覚/運動神経の連結が悪いのだから、気をつけよう、慎重に身体を動かそうという自覚。だから、夜はけして運転しなくなってから4年ぐらい経つ。
私のように生まれてから今まで人に命令する立場で生きてこなかった人間はスラゲッシュの自覚はうまくいくが、飯塚罪人のように常に人を見下ろして生きてきた人間には難しいかもしれない。この老人が最後まで固執していた無罪主張は、人格は環境によって作られるということを示している。とはいえ、自身のスラゲッシュを認めなくても、二人の命を殺したという大罪は消えない。