3月のご案内(B.E. Buddhist era 仏暦2546)

 ある患者さんの思い出:(2)

 Nさんは私の受け持ちの患者さんではないのですが、病院での仏教講座に参加されるMさんの同級生です。Nさんはミカン農家でミカン作りでは頂点を極めた人らしく、大分県を代表して皇室にも献上されたと言っていました。ミカンの木を見ると「何を欲しがっているかわかる」、「ミカンの木と対話する」と言うようなこともいう人でした。家庭的には問題をかかえているためか、子供さんの独立された後一人暮しでした。酒を飲むのが過度になるようで、アルコール性の肝臓障害の診断で我々の病院の内科に通院されていました。
 ある時、Mさんが私の講演録「力強く、生きる道」(現在、法蔵館から「老・病・死の現場から」として出版)を持っていって読むことを勧めたらしく、Mさんから、「先生に会いたい」とNさんが言っているということを聞きました。
 都合をつけて夕方、院長室に来ていただきました。 私の小冊子を読まれ、「世間的な善悪、損得、勝ち負けにとらわれるのではなく「いかに生きるか」が大事であると言うことに共感して田畑先生のファンになりました」と言うのです。
 その後、病院での私が当番の仏教講座にも積極的に参加され、時々夕方私を尋ねて来られることもあり、いろいろとたまった話を院長室でされるのでした。時には雨が降って仕事が出来ないのでお酒を飲んで寂しさを紛らわせていると電話をしてくることもありました。自分の気持ちに素直な方だという印象を受けました。
 仏教の本を貸してあげると大事にして何回も読まれるようになりました。「少しわかるような気がする」とうれしそうに報告してくれるようになりました。
 田畑先生の話しを聞いて、仏教の本を読むようになってから、地域の仕事の仲間と酒を飲みながら話しをすると「おまえは変わった」と言われるというのです。
 「ミカン作りを極めてみて、世間的ことに振り回されるのではなく自分なりに精一杯生きて『私は私で良かった』といえる生き方が本当だと思う」、「俺は、広域病院の仏教講座で院長先生の話しを聞いているのだ」と皆に話しをしていますと報告してくれました。
 世間的には決してしっかりしていると言えないかも知れないが、与えられた境遇の中で精一杯生きようとされ、仏教の教えに触れて、少しづつ教えを受け取ってくれるようになってきました。人生経験の中で家庭、仕事、友人関係のことなどでいろいろな現実に出合い、何か満たされないモノを感じながら、友の勧めで仏教の教を聞くという方向性を見出し、お話を聞いたり本を読んだりして心に共鳴するものがあって、なにか癒されるものを感じるようになられたのでしょう。
 ある時、Nさんはみかんを作る面積を少なくして空いた土地があるので「先生、何かみんなの役に立つことに利用してもらえませんか、町長さんにも話をしています」、と言われ「土地を見て下さい」といって自宅の裏山のかって、みかん畑であったところを案内してくれるようにまでなったのでした。
 ある年の冬、体調が悪いと言って内科の病棟に入院して肝臓の治療を受けて、小康状態を得て、退院して自宅で療養されていました。しかし、一人暮らしのためか十分な療養が出来なかったのか、自宅で体調をこわし状態の急変があり救急車で病院に来られましたが治療の甲斐なくなくなられました。
 仏教講座への参加者の中から、数は多くないのですが確実に仏道を求めて立ち上がり、仏教に触れてこころを動かされ、イキイキと生きる人が誕生してくるのです。
 どうして病院で仏教講座かというと、医療の現場というのは患者さんの多くは予定外の病気で入院しているために、「どうして私がこんな病気に」という具合に生老病死に原因する苦しみ悩み(四苦)を抱えている人が多いのです。そういう現場に仏教との接点の場を作りたいというのが私の願でありました。仏教への門戸は公開し、後は参加者の自主性に任せるということにしています。医療と仏教は「生老病死(四苦)」の課題を共有しているのです。是非とも協力して取り組みたいものです。
 国東半島は官民を上げて観光での売り出しのキャッチフレーズが「仏の里、国東」です。それに乗っかってではないけれど公立の病院ではありますが地域の多くの宗教者のご協力で平成2年4月より病院での仏教講座(毎週金曜日夕方)が始まりました。講義(法話)をしていただく宗教関係者には全てボランテイアでご協力をお願いしています。仏教講座を縁に仏教に関心を持つ人がすこしづつ誕生しています。
 高齢化社会を迎えている東国東郡では病院で接する多くは高齢者ですが、求道を始める若い人もすこしづつではありますが誕生しています、うれしいことです。聞法者の誕生を願った仏道の仕事は決して効率のよい仕事ではありません。しかし、願いを持って「念願は人格を決定する、継続は力なり」(住岡夜晃)と取り組んでいます。

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