12月のご案内(B.E. Buddhist era 仏暦2550)
自我意識
充実した人生を生きるためには、自我意識と仏教の智慧(ちえ)との関係が大事になります。
仏教の教えを良き師・友を通してお聞きして、智慧の圧倒的な大きな視点を細やかに知らされてみると、「自我意識」の問題点、課題に気付かされてきます。
自我とは意識する主体であり、自分の体の主です。眠っている時は自我は把握のしようがないのですが、目覚めている時は「私は今、ここにいる」という認識の主体です。自我(エゴ)の執着心から解放されるところに救いがあると、仏教は教えています。
私は小学校低学年の頃(自我意識の未発達なころ)、近くの4、5歳上のいわゆる悪がき大将に、同年代の従兄弟たちと一緒についていって、遊んでいたことを思い出す。今思い出すと引きずり回されていたのである。仏教用語で言うと畜生、傍生(ぼうしょう、主人の傍らで家来や家畜のごとく生きていた)である。一人で主体的には遊ぶことができず、ガキ大将にくっついてみんなと一緒に遊んでいたのです。
小学3年頃(自我意識がすこし発達した頃)の夏、パンツとシャツ一枚で遊びほうけていたころ、自転車に乗って人出の多い商店街のある地区に遊びに行ったとき、パンツ一枚でいる自分に恥ずかしいという意識が起こったことを記憶しています。あれが自我意識というもの現れの一部であろうと思っています。自我意識が発達するまでは、無心に、無我に近い状況(本能のおもむくままにか、犬や猫に近い状態だろう)で生きていたように思う。考えることのほとんどせず、他人と比較してどうだという意識があったという記憶がない。小学高学年、中学や高校までも学校に行かなければならないとすると苦痛だな、という思いがあった記憶があります。当然学業成績は5段階でいう「3」ばっかりであった。
自我意識が発達するようになり、他人から見られる自分を意識して、いつの間に比較をするようになっていた。そうすると、ほめられたい、いい子だと言われたい、人より上の知力、体力を持ちたいと思うようになっていたのでした。自我の競争する意識は意欲となり、条件がそろうと成績なども上がっていくのでした。その当時の私は要領よく、ずる賢い少年になって行ったように思います。心の状態はどうだったろうか。いつも途中という感覚でした。中学は高校のため、高校は大学に入るため、大学入学以上のことは全く考えようがなかった。大学とは名前では聞いているがどんなところで、何をするところか田舎のためか周囲にそういう情報が全く不足していたため全く知らなかった。しかし、いつも人生の途中という中途半端な不安の意識があったように思います。
中学になって英語に接する事は新鮮でした。英語の授業が始まってしばらくして教師が、英語の授業では手を上げる時は“Let me try” ,と言って手を上げると教えていただいた。その授業の中で手を上げる場面があり、素直にそう言って、手を上げたのは、私一人であった。だれもそういわないことにびっくりし、恥ずかしかったが先生が私を指名してくれた。その後、そんな手の上げ方をする者は一人もいなかった。素直さと小賢しいさとが、混在していたようである。
高校時代,思春期、青年期特有の心の激動の時代であった。他人や異性を意識すると同時に成績がすべてで、成績で人格までが評価されるような受け取りであった。途中の努力がいかに良かっても、結果が悪ければ、全く意味がないというようなひねくれた意識を持っていた。(世間ではそういう厳しい一面は確かにあるが)
自分では本音で頑張らなければという思いがあった。一方、頑張ってやってみるけどすぐに結果に反映しないことも多い。自分の怠け心を自分なりに叱咤激励しながら努力しているのであるが、成績にその結果が現われなければ、他からは評価されない、いや最終評価は大学に合格できるかどうかにすべてがかかっている。うまくいかなければその原因は周囲の状況が整ってない、いやこんな能力の子どもに産んだ親が悪い、と愚痴をいう。そんな不安を抱えながら心は内部で(種々の自我意識が)葛藤をしていたのです。
自我意識はその内容の多様性ははっきりした区別はつきにくいのですが人として成長するとともに分化、多元化してくるといわれています。
自分の心の中でこうした方がいいというふうに直接感じている自分、ちょっと距離をおいて自分を眺めるような視点でああした方がいいというふうに考える自分と、そういう二つの自分(自我意識)が対話をして生きていくことが続いてきたのです。対話する二つの自我を調整し、自分はいったい何を欲しているのか、どう生きたいのか、という課題を問題にする自我も生まれて来ていたのです。それらの自我の内面の三者が心の安定を求めて揺れ動きながら、自分ながらの落しどころに落ち着きを見出そうと努力していくのです。
発達心理学という分野で自我の発達を研究されている人の報告(北畠知量著、「浄土往生」)を読むことで自分の過去を振り返るとなるほどと思える過程が多くあります。自分に気づく、すなわち鏡に映った自分の顔を自分の顔だと気付く反応は人間では普通、1歳半を過ぎるころ、言葉を話し始めるころに鏡の中に映っている像が自分だと気付き始めるそうです。初期の自我意識は、他人の立場になって自分を見る、視点を他人の立場に移すというようなことはできないようです。
自分の姿を自分だと認識できる能力はチンパンジーなどにはあることが確認されています。しかし、同じチンパンジーでも、生後すぐに隔離し1匹で育てたものでは、自分の鏡に写ったものを自分と認知ができないそうです。自我意識の発達は生まれつきに持っている能力だけではなく後天的に共同生活の中で発達したり、しなかったりという発達限界はあるそうです。
ヒトでも生直後から動物に育てられると、いわゆる人間になれないという記録があります。1920年インドの森で、オオカミに育てられた推定で8歳と1歳半ぐらいの2人の子どもが発見されました。発見時の子どもの行動は、まるでオオカミそのものでした。犬のように食べ、暗い場所を好み、部屋の隅にじっとしていて、夜にはオオカミのように遠吠えをする。笑わず、言葉は話さず、四つ足で歩き、直立歩行はできない。その後、牧師夫妻に献身的な養育を受け、年長の子だけが約9年間生き続けました。けれども、「はい」「いいえ」を身振りで意思表示するのに三年、「アーム(私)」などの幼児語を話すのに六年、「ご飯」「牛乳」など単語を話すのに9年かかったということです。
自我意識の未発達の犬や猫は、人間のように持ち越し苦労、取り越し苦労で悩むということはなさそうです。自我の発達で、他人の立場、仏の視点からの見える自分の姿に目覚める展開は心の内面の深さ、広がりに関係して、豊かな人生への進展の縁となるようです。
仏教はヒトから人間へ、そして人間から成熟した人間(仏)への方向性でお育てをいただく道です。(続く) |