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日本医事新報(No.4785,2016.1.9. 医学関係の情報週刊誌)の質問のコーナーに掲載された文。

質問:北欧では寝たきりや胃瘻患者が少ないって本当?その理由は?高負担高福祉国家として知られる北欧諸国では,寝たきりの高齢者や胃瘻患者がほとんどおらず、誤嚥性肺炎治療などもあまり行われないと聞きましたが本当ですか。これは、国家経済的理由,宗教や人生観によるものでしょうか。著書、論文を併せてお教え下さい。

回答者は、某病院認知症総合支援センター長 宮本礼子、北海道中央労災病院院長 宮本顕二です。
【回答】:  (一部、前略)質問者の言う「寝たきりの高齢者」を,人工栄養〔経管栄養(経鼻,胃瘻),静脈栄養〕で延命され,寝たきりになっている高齢者ととらえると,北欧だけでなく米・豪にもそのような人はほとんどいません。質問者はその根拠となる論文を求めていますが,残念ながら私どもが探した範囲では見つかりませんでした。寝たきりを意味する“bedridden”で文献を検索すると論文は見つかりますが,人工栄養で延命されている寝たきりの高齢者ではありません。そのため,本稿では欧・米・豪の高齢者介護施設・病院を見学した私どもの経験をもとに,回答したいと思います。
 2007年に,スウェーデン(ストックホルム)の高齢者介護施設を見学しました。日本のように人工栄養で延命され,寝たきりになっている高齢者はいません。案内してくれた老年科医師は,「スウェーデンでも高齢者が食べられなくなると点滴や経管栄養を行っていましたが,ここ20年のうちに行わなくなりました。今は,点滴や経管栄養を行わず,自然な看取りをします。私の父もそうして亡くなりましたが,亡くなる数日前まで話すことができて,穏やかな最期でした」と話しました。点滴もしないことに驚くと,「ベッドの上で,点滴で生きている人生なんて,何の意味があるのですか」と,逆に質問されました。スウェーデンで終末期高齢者に濃厚医療を行わない最も大きな理由は,このようなQOLを重視した人生観が形成されているためだと思います。また,終末期高齢者に人工栄養を行うのは,非倫理的(老人虐待、註1)という考えもあります。宗教との関係について同医師は,「昔は人工栄養をしていたことから,宗教は関係ないはずです」と言っていました。
 2番目の理由は、高齢者で食べられなくなった人に人工栄養を行うことは医学的に勧められていないためです。今から15年前の The New England of medicine のレビユ―に、進行した認知症患者には経管栄養を勧めないとあります。米国静脈経腸栄養学会や欧州臨床栄養代謝学会も、認知症の高齢者に胃瘻は適応されない(適切な治療でない)としています。日本では経管栄養を行い、寝たきりになっている高齢者の多くは認知症です。
 3番目の理由として、高齢者ケア関連予算の削減があります。スウェーデンでは、高齢化と金融危機により社会保険財政が逼迫(ひっぱく)し、1992年に医療・保健福祉改革が行われました。約540の長期療養病棟が介護施設に変わり、入所者はそこで看取られるようになりました。日本のように病状に応じて、施設や病院を転々とすることはありません。たとえ入院しても、短期間で施設に戻ってきます。無理な食事介助を行わず、食べられなくなっても人工栄養を行わないのでで、短期間で亡くなり、寝たきりになりません。そのため、誤嚥性肺炎の発症も少ないのです。たとえ肺炎になっても入院することはなく、訪問診療の医師から内服薬が処方されるのみです。静脈注射は行われないため、日本にいれば助かる人も、この国では亡くなっている可能性があります。人工栄養で延命されたくないという国民の要望と、高齢者にかかる医療費を抑制したいという政府の方針が一致し、スウェーデンの現在の状況が生まれたのだと思います。
 この記事を読んで、私はどう考えて行くかである。自分の身に引き当てて「この記事は私においてどういう意味があるのか」と考えるのが仏教的思考です。自分が医療者として患者へ医療を行っていく上で、「何を大事にして考えてゆくか」の視点を一ついただいた。第二は、おそらく自分自身が医療を受ける立に転じることは近い将来にあるだろう。その時、どういう医療を受けたいかの意思表示をしておくこと。第3に、自分の「命」、自分の人生を、どう受け止めてゆくかの意思決断、家族への表明をしておくことの大切さである。

註1.虐待の参考文献 収容所における集団ハンストと強制的経管栄養
 米国が,某海軍基地に,イラク等から強制連行したテロリスト被疑者用の収容所を開設した(2002年)。同収容所に拘留される被疑者は,犯罪者に適用される米国内法および戦争捕虜に適用されるジュネーブ条約の保護を受けない存在として処遇されてきた。 しかし,「テロリストである」という確たる証拠があって連行された被疑者は少なく,多くは,混乱の下でただ「怪しい」と目されたがために拘留・連行された人々だった。(中略)
 08年に「グアンタナモ収容所閉鎖」を公約したオバマが大統領に当選した。就任2日目,公約通り,オバマは「1年以内に収容所を閉鎖せよ」とする大統領令を発令した。しかし,連邦議会は,軍予算関連法案に「収容者移送に政府予算を使ってはならない」とする条項を書き加え、収容者の釈放を阻み,大統領令を死文化させてしまった。
 釈放の目途が立たないまま,将来への希望が断ち切られた状況の被疑者たちには「人間としての尊厳を認めよ」と訴える手段はハンガーストライキ以外になかった。
 同収容所の「非人道性・違法性」は,これまで国際社会からも強く非難されてきた。管理者としては,ハンガーストライキで収容者を死亡させてさらなる非難を招くわけにはいかなかった。死亡者が出ることを防止するために,強制的経管栄養がルーティーンに実施されてきたのである。
 強制的経管栄養の実際の手技の特徴は,経管栄養の際に「拘束椅子」を使用することにある。臥位ではなく座位とすることで「意図的」嘔吐を困難にする目的からである。ハンストはしばしば集団で行われるために,同収容所には大量の拘束椅子が用意されているという。さらに,集団発生に対応するために24時間体制が敷かれ,収容者が真夜中に起こされて拘束椅子にくくりつけられた上で経鼻チューブを入れられることも珍しくないという。 医療倫理の大家ボストン大学教授ジョージ・アナスが怒りの論説を発表した。それは,「強制的経管栄養は,世界医師会マルタ宣言でも明瞭に述べられているように,医療倫理の根本に違反する」からに他ならなかった。医療行為は患者の同意の下に実施されるのが原則であり,判断能力が備わっている成人に対して「強制的」に行われる行為は,「強制的」となった時点で医療ではなく「傷害」となるからである。
 さらに,アナスは,「軍の医師も一般の医師も同一の倫理規範に従わなければならず,軍医は医療倫理にもとる強制経管栄養の命令を受けたら拒否しなければならない。拒否したことが軍による処罰の対象となる場合,医療界を上げて支援しなければならない」として,収容所が「医療倫理(が適用されない)フリー・ゾーン」化しつつある現状を改めるべく,医療界が立ち上がることを呼びかけた。実は,米国医師会は,すでに4月の時点で米国防省に対し「強制経管栄養は医療倫理違反だから即刻中止せよ」とする意見書を送付していた。後略
(医学界新聞 第3035号 2013年7月 李 啓充 医師/作家)

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