9月のご案内(B.E. Buddhist era 仏暦2561)

 浄土教(融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗)は浄土三部経(仏説無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経)ならびに阿弥陀仏(如来)を主として奉じる大乗仏教の教派と言われます。
 お釈迦さん、世尊と言われるのはゴータマ・ブッダの尊称です。歴史上の仏さんですからその存在を疑う人はいません。しかし、阿弥陀仏という仏さんは私たちの歴史のうえに存在を認められた名前ではありません。
 京都市の東西の本願寺には親鸞さんの御影(木造)を安置する御影堂(みえいどう、ごえいどう)と阿弥陀仏を安置する阿弥陀堂があります。
 阿弥陀堂は古くから中国そして日本において阿弥陀仏を本尊にもつ堂宇の総称で、各地に作られています。私の身近には豊後高田市の富貴寺大堂は12世紀の建築と思われ、天正年間(1573年 - 1592年)、キリシタン大名大友宗麟の時代に、多くの仏教寺院が破壊されたが、富貴寺大堂は難をまぬがれ、平安期の阿弥陀堂の姿を今に伝えていると記されています。
 浄土真宗にとっては一番大事な、なくてはならない存在の阿弥陀仏ですが、仏法にご縁のない人の中には、仏なんていないのだ、人間の想像力が作り上げたのが阿弥陀仏であるという人がいます。
 我々の歴史に名前をとどめてない阿弥陀仏という仏さんが本当におられるかどうかということが問題になると、単に理屈で存在を説明するのは不可能だと言われています。阿弥陀仏という仏は、一部の仏教徒が勝手に作り上げた仏であって、そんな仏さんはいないと主張する人もいます。
 阿弥陀仏という仏は、本当はいないのだと主張する人々の根拠は、私たちの持っている、見る聞くという五官の能力や、ものの考え方を基準としている場合がほとんどです。私たちの持っている能力や考え方を基準にして、阿弥陀仏の存在を判断するということは、我々の思い上がりである可能性はないでしょうか。
 私自身は大学に進学した頃、仏教に対する偏見を持っていました。当時は偏見と思ってなく、自分では一番常識的である思っていました。当時、同じクラブ活動に属していた、仏教の新興宗教に関係する後輩と論争をしたことを覚えています。私の論点は客観的に見たり聞いたり触ったり、形に表せない仏教は、科学が発達しない前時代的な存在で、科学が発達する今日、今後は仏教など不必要だ、科学の発達してない時代の産物で今後は確実に廃れていくだろうと。
 仏教に関しての知識は高校の歴史で学ぶ表面的な内容、そして仏教の学びを全くしてないのに若さゆえの傲慢に陥っていたのです、今から考えると恥ずかしい限りです。
 浄土三部経の一つである仏説無量寿経には法蔵菩薩が発願修行して阿弥陀仏になられたと書かれています。物語の中で法蔵菩薩が発願した原因は何でしょうか。
 我々人間(自分では私はまともだと思っている)をみそなわし、迷いを繰り返す人間の有り様の大元を智慧のなさだと見透かし、我々の有り様を痛み、悲しみ、超える道のあることを教えようと本願を起こされたということです。
 迷いを繰り返すことを仏教用語で「分段生死」と言います。生まれて、生きていく過程で、死ぬまで、次から次にと小分けして問題が起こり(小は個人的課題から、家庭、職場、社会、大は世界で)、頭を悩ませたり、いろいろな取り組みを繰り返すことの連続で、やれやれということがない、「日々是好日」ということがないまま時間だけ経過することを迷いの生死、分段生死と教えてくれるのですい。法蔵菩薩が本願を起こされたのは、私のため、私一人のための仏の願いだったのです。
 法蔵菩薩の48の本願の一番大事な本願は18願で、私に呼びかけ、呼び覚まし、仏の世界へ呼び戻す、ことを願って起こされた本願です。本願とは本来のとか、根本の願いという意味です。
 教行信証の信の巻(信文類)(西聖典注釈版251)に「その名号を聞く」の「聞」について、『経』に「聞」というは、衆生仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞というなり。法蔵菩薩の発願の起こりが「仏願の生起本末」として示されているのです。
 本願(中心が18願)を起こされた理由を信文類(西聖典注釈版231)に、愚悪の衆生の為に阿弥陀如来すでに三心(至心・信楽・欲生)の願を発(おこ)したまへり。(中略)一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪汚染(えあくわぜん)にして清浄の心なし虚仮諂偽(こけてんぎ)にして真実の心なし。ここをもって如来、一切苦悩の衆生海を悲憫して、不可思議兆載永劫において、菩薩の行を行じたまいし時、三業の所修、一念・一刹那も清浄ならざることなし、真心ならざることなし。
 われわれ人間存在には、「清浄の心なし虚仮諂偽にして真実の心なし」ということが法蔵菩薩の本願の起こりであると示されています。「科学技術が進歩して仏教は時代遅れの産物」になるという私の先入観は、全くの偏見であった、無知な人間の傲慢と知らされます。罪悪深重煩悩成就の私がいるからこそ、法蔵菩薩の発願と修行がなされたのでした。
 歎異抄の後序に親鸞聖人のお言葉が「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞聖人一人がためなりけり」と述べておられます。阿弥陀仏を作り上げたのは私ですということができます。
 私の周囲を3人称的に自分と切り離して(科学的合理思考と称して)、分別して自分に功利的なものかどうかを考えてきた。これでは周りのいのちある存在を物や道具として見てしまう。命ある存在を物化してしまい、まわりまわって自分も物化(いのちのない存在)してしまいます。それは人間ではなく、餓鬼・畜生の世界で地獄を作ってしまうことになります。
 しっかりと考えたつもりでも、浅く、狭く、刹那的(短期的)、局所的思考におちいって、全体を見通す視点でない、長期的視点がない、表面的で深さや味わいがない。同時に自己中心的で心が煩悩にどっぷりと汚染されている。そのために物事に対応する判断が自己中心的で清浄な思考(虚心坦懐)になってない。
 我々の迷いの在り方を、「自力のはからい」といいます。仏の智慧に照らされた親鸞さんの迷いの有り様の受け取りは以下に示されています。
 自力といふは、わが身をたのみ、わがこころをたのむ、わが力をはげみ、わがさまざまの善根をたのむひとなり。(一念多念文意、島地聖典19-7、西聖典注釈版688、東聖典541)
 自力のこころをすつというは、ようよう、さまざまの、大小聖人、善悪凡夫の、みずからがみ(身)をよしとおもうこころをすて、みをたのまず、あしきこころをかえりみず、(唯信抄文意、東聖典552、西聖典注釈版707、島地聖典20-6、島地聖典にだけ「また人をよしあしと思う心をすてて」が記載されている)まづ自力と申すことは、行者のおのおのの縁にしたがひて余の仏号を称念し、余の善根を修行してわが身をたのみ、わがはからひのこころをもつて身・口・意のみだれごころをつくろひ、めでたうしなして浄土へ往生せんとおもふを自力と申すなり。(御消息、西聖典注釈版746、島地聖典21-2、東聖典954)
 仏の世界、無量寿・無量光のはたらきを感得する歩み(具体的には聞法)の中で、私の分別の思考の愚かさを知らされ、執われなどの殻(無明性)を照らし破られる。仏の智慧、いのちの世界がその私を大悲され、救いとろうとする仏の心が、法蔵菩薩の物語として、本願が説かれているのでした。そのことを私に伝えんとしての先輩方のご苦労、ご配慮を知らされます。その摂取不捨のはたらきを阿弥陀仏というのです。

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